【73】聖女様の結婚式(4)
リガットによるアイラ襲撃事件後。
アイラは一ヶ月余り思い通りに動けないでいた。
ボーっとして言葉もろくに話せなかった。
けれど食事も排泄も自分で出来るし、徐々に回復していった。オルフェルはアイラの持っていた聖女のネックレスの秘密を守る為、彼女を保護すると決めた。
アイラの素性は直ぐに判明した。
誘拐犯達が事前に調べ上げていたようで、拷問で洗いざらい吐いたからだ。
〈本名はアイラ。平民なので名字はない。
保護者は冒険者ギルドで教官をしているガイ。
母はアマンダ。けれどアイラはガイの亡くなった妹の忘れ形見らしい。ガイは新たにノルンという獣亜人を妻に向かえ、一子を授かっている〉
それらは後に人を送って裏を取ったから間違い無い。
まだ引き続き影の者(諜報部員)には周辺を探らせいる。
犯人達はアイラがレアスキル持ちの噂から誘拐したが、オルフェルが魔力鑑定したところ、アイラにはその力は無く魔力値も500前後で平民では多いくらいで、特筆すべき事柄でもない。
オルフェルの魔力値は3万。
王族の中でも飛び抜けて多いが、それと比べてもアイラには魔力持ちとしての価値は無かったのは丸分かりだろう。
少なくとも魔力値が1000を越えなければ、このファルシア王国では[魔力持ち]とは認められない。
オルフェルはそんなアイラを、記憶が戻るまでは手元に置くと決めた。
オルフェルは臣下のバレンシア男爵に養子縁組みを頼み、アイラを貴族の娘として自分の宮殿へ連れ帰った。王族の使用人は貴族家でなければならないから、その為の措置だった。そして名目上はメイドとして起用した。
だが、仕事らしい仕事は出来ない。
そして自分の名前すら分からないアイラの名前を、身元を隠すためにララとした。
だから宮殿に勤める誰もアイラの正体を知らない。
オルフェルが気紛れで保護した平民の少女ということになっている。
本人も今は自分をララだと信じ込んでいる。
ララは日常生活には支障の無いところまで回復した。
けれど回復したと言っても、頭部に重大な損傷を受けた後遺症は拭えず、記憶障害と幼稚化になっていた。
15歳になった今も人畜無害な幼い少女のようだ。
それもあって尚更オルフェルの保護欲を駆り立てた。
オルフェルはララ15歳の時を待って、周囲に警戒させない為に侍女にするという名目で彼女の保護者をバレンシア男爵から、ルシアン伯爵名義にした。
王族の侍女は伯爵以上の上級貴族の成人した令嬢しかなれないのを逆手に取って、電光石火に婚姻まで結びつける気だった。王族の婚姻相手も、上級貴族しかなれない決まりであったから……。
後は王家の承認次第で、直ぐにでもオルフェルとララの婚姻を上げるつもりであった。だが……国王夫妻が結婚式に出席することになり、無理な話となった。
それと……オルフェルがアイラに惹かれたのは本当だ。
初めてその姿を見た時、何故だか運命のようなものを感じた。彼女が愛おしくて堪らなかったからだ。
それに彼女の素顔はとても美しかった。
それはオルフェルの好みにも完全に合致していた。
その素顔を隠すために、また丸眼鏡を掛けさせた。変な虫が付かない為の予防でもあった。
努めていえば、オルフェルは決してまだ幼さが残る少女が趣味ではない。
確かに女性には余り興味を示さず、周りの薦めでも女性と付き合うことは無かった。
思春期の頃は多少の火遊びをしたこともあったが、今は特定の者と懇意にはしていない。義務的に妙齢の御令嬢と会食することも多々あったが、あくまで政治的な案件で色恋ではなかった。
おかげで男色との噂も立ったが、側近達はそれがただの根も葉もない噂と知っていたから、誰も本気にしなかった。
そして初めてオルフェルが本気で女性に気を向けたのが、ただの平民の娘ララだった。けれどバレンシア男爵もルシアン伯爵もさほど反対しなかったのは、聖女のネックレスの件もあるし、一度決めたら後には引かないオルフェルの性格を熟知していたからだろう。
オルフェルは生真面目でいて、愛嬌もある。
誰からも好かれる特性を持ち、王族でも屈指の見目麗しい好青年だ。婚姻の誘いは数をしれず、舞踏会での人気も凄まじい。
そのせいで他の兄弟達から、異様に警戒されていた。
オルフェルは第三王子ではあるが、生まれでいえば王の第一子に当たる。ただ正妻の子では無くて、側室の子供だった。
このファルシア王国の王子の順位は王位継承権が上の者から付けるのが習わし。つまりオルフェルは王子としては一番歳上だが、王位継承権としては王子の中では三番目の順位ということだ。
このファルシア王国は聖女と共にあった王国だ。聖女誕生の神託が下され聖女が発見されれば、有無をいわさず王や後継者の正妻と迎えるのが慣わしだった。
まだ存命の先代王は神託の聖女シァリーアンと縁を結び正妻に迎えた。シァリーアンも平民出身であったが、教会でお祈りしている最中に聖女の力に目覚めた。
髪色や瞳の色も、茶色から青色(実際は紺色)に目覚めと共に変化したという。その魔力値は歴代聖女の中でも最高峰の10万。
特別な宝玉に触れた時、その光が王都中を覆い尽くしたのは有名な話。
その力で魔物の襲撃や、魔物を産み出す瘴気を払ってきた。しかしその能力は確かながら、今は歳を召した事もあり体力の低下により現状維持が精一杯で、新たな瘴気発生源の浄化や結界の構築は遅れ気味になっていた。
瘴気の発生源を浄化する持続可能の結界ホーリーフィールドは、現場で構築しなければならない。
そこへ赴く体力と気力が無いのだ。
国は少しづつ魔物の脅威が増えていった。
そして国民が新たな聖女を望む中、聖女誕生の神託が降りたのだった。それで国中を挙げて捜索をしているが一向に見つからない。もう神託が降りて4年近くが経過しているのにも関わらずだ。
それに二年前に聖女の心を深く痛める出来事があり、それ以来彼女は床に臥す事が多くなった。
だから王家も聖女の代替わりを急ぐべく、役人や兵士を使い戸籍を整備し漏れが無いよう徹底的に家々を調べた。
浮浪者や売春宿など、あらゆる場所や人を探索した。
本来なら聖女は直ぐに見つかる筈だ。
何故なら容姿が綺麗な上に深い海のような紺色の髪と瞳。聖霊並みの強大な魔力。それだけでも探しだすのは容易な筈だった。
王家の者の多くは魔力を見る事が出来る。
強大な魔力は王族程の魔力持ちなら、オーラの揺らぎのように見ることが出来る。
精度はまちまちだが王族は、現聖女を越える力を持つ者なら遠くからでもその魔力を感じる事が出来る筈だ。
しかもおよそ四年前の、神託が降りたその日。
膨大な魔力を感じて、真夜中に飛び起きた王族が殆んどだった。その日は深夜ながら誰彼構わずすぐに神殿へ駆けつけ、王と王妃……そして聖女の到着を待って、神女と呼ばれる特別な巫女が神託を伝えた。
だから王族は誰もが新たな聖女の誕生を信じて疑わなかった。
その神託を受けて国王は
[新たな聖女と番となった者に次期国王を委ねる]と決めた。
だが国民から国王として嘱望されていた第三王子オルフェルは、後継者レースからの脱落に等しい平民との結婚式を挙げる事となった。




