【71】聖女様の結婚式(2)
ララが去った後の応接室。
オルフェル第三王子とルシアン伯爵夫妻。
そしてバレンシア男爵が話し込んでいた
「バレンシア。そしてルシアン。済まない。お前達をこんな形で利用する事になって……」
「何を仰有いますか?こんなこと屁でもありません。お陰で可愛い娘と楽しい時を過ごさせていただきました」
バレンシア男爵が目を細めてララとの思い出に浸る。
ルシアン伯爵も続けて
「殿下。これでわたしも形なりに殿下の義父となれるのです。これ程の誉れは無いでしょう!」
「そう言って貰うと有難い。だが、わたしは後継者争いから随分と遅れをとっているし、これがトドメとなるだろう。わたしの身内となれば貧乏くじを引いたようなものだな?」
「わたくし達と殿下の仲ではありませんか?」
オルフェルの気弱な発言にルシアン伯爵夫人が口を挟む
「わたくしも殿下の義母となれるのは誉れでございます。ただ……殿下とは五歳しか歳が離れて居ないのが難点ですが……。世間様からはずいぶん若い母と思われる事でしょう。
それよりも殿下。真の母上様はなんと?
此度の婚姻に向けて許可をお取りになったのでしょう?」
オルフェルは頷き
「母上はわたしの真意を汲んでいらっしゃる。元々、権力争いから身を引き世捨て人のように生きて来られた方だ。今さら後継者争いなど興味は無いだろう」
オルフェルは空いた隣の椅子を見つめ
「わたしはあの子に責任がある。
あの子がこれからも気兼ねなく幸せに生きていくには、わたしの保護が必要だからね。わたしの養女では有らぬ輩に狙われるやも知れないから……」
「だからと云って正妻とは?
妾……もしくは側室の一人として迎えれば宜しいのではなくて?」
ルシアン伯爵夫人は疑問を投げ掛ける
「わたしは何度も言っている。わたしはこれ以上後継者争いには興味は無い。有らぬ混乱や誤解を招かぬ為にも、わたしは脱落宣言に値する行為をする必要がある」
「それが何の後ろ楯のない平民の娘との結婚……しかも記憶が無く子供のようなララ様ってことですね」
「ああ。わたしの後ろ楯には強力な家門であるルシアン伯爵家は十分過ぎるのだが、ララを見れば一目瞭然。彼女がわたしの勢力拡大に尽力する姿は誰も思い浮かばないだろう?兄弟は皆、聖女を血眼になって探している。そして誰もが正妻の地位は聖女の為に空白のままだ。
わたしがララと婚姻をして彼女を正妻に迎えれば、王家と我が兄弟達への強力なメッセージとなるであろう。
それに正妻ならば、余計な気を使わずわたしが全力で守ることが出来る」
ルシアン夫人はその聡明な琥珀の瞳で殿下をしっかり見据え
「ひとつ聞いて宜しいでしょうか?」
「なんなりと」
「そのような思惑とは別に、何故殿下はあのララ様を選ばれたのですか?今まで女性には目もくれず興味を示さなかった殿下が、出会ってすぐに彼女に貴族の位を与え、さらに偉大なる王族の伴侶に選ばれた。
ただの同情心とは思えないのです」
「笑わないか?」
「ええ。笑いません」
夫人にそう言ったオルフェルはクスッと笑い
「強いて言えば惚れた。
控え目に答えれば……惹かれたと言ったところか?
彼女はあの事件当時13歳で、わたしは20歳。
少し歳が離れているが初対面で惹かれて好意を持ったことは秘密だ。それにわたしは彼女が誰かにあのように傷付けられるのが許せなかった。
そして……回復して初めてわたしの名を呼び笑顔を見せてくれた時に、誰にも渡したくないと思ったのだ。
それだけじゃ……言葉は足りないかな?」
「いいえ。王族にはあるまじき言葉とは思いますが、殿下らしいと思います。
それで……ララ様の素性は分かっていらっしゃるのでしょう?何故家族へお知らせにならないのですか?」
夫人は問いかけた
「もしララの記憶があれば、もちろん家族へ返したさ。
だがララは自分の家族すら誰一人として憶えていない。自分の名前すら分からないのだ。それでは申し訳が立たないではないか?
だがそれは建前で、ただのわたしの我が儘だ。
彼女を手元に置いて見守っていたかった。
わたしとララが婚姻したら、隣国のアーサー殿下の侯爵就任のパーティーへララと共に出席するつもりだ。
その折にご家族と会い、真実を打ち明けよう」
そしてオルフェルは主のいない椅子を撫で
「家族もさぞ驚くであろうな?
行方不明の娘が隣国の王子の正妻となって戻って来たら……」
そして消え入りそうな声で呟いた
「その時から本名で呼べるだろうか……アイラと……」
きっと皆さんには、ララの正体バレバレでしたね……。