【68】聖女様と二つの国(8)
「あー暇だなー」
あれから一週間。レイモンドさんからは何の音沙汰もない。
事情聴取もされないし、名前も聞かれない。
えっと……丸眼鏡も無事みたいで、今は掛けていますよ。
約束通りに、毎日三度の暖かい食事が提供者されて、ベッドの毛布も申し分ない。
食事はメイドのお姉さんが持ってきてくれて、一日の最後には大きなタライにお湯を張ってくれる。
わたしはそれをお風呂代わりに裸になって身体を洗って、清潔な寝間着に着替えるの。一時間後にまたメイドのお姉さんが現れてタライの水を排水口に流しタライを持っていく。その間メイドさんは一言も口をきいてくれない。
兵士は二人終日ドアの前でこの部屋を護衛している。立っているだけで、日に何度か入れ替わっているようだけど、結構辛いと思うよ。
トイレは衝立の向こうにオマルがあって、そこで用を足すの。一日一回、空の容器と交換してくれる。
ちゃんと蓋があるから臭くないよ。
そして朝方……というかまだ日も昇らない暗い早朝……5時前かな?兵士が交代したの。
でも変なの。ゴンッ!
音がして直ぐ、ダンと何かが床に落ちる音がした。
わたしは枕元の丸眼鏡を掛けて様子を伺っていた。
そして……ドアがガチャリと鳴って、誰かが入って来た。
わたしは慌てて毛布を被る
「ヤバいですよ!止めましょうよ!隊長に叱られますよ!」
「うるせぇ!平民風情が気安く声をかけるな!
今からこいつに聞きたいことがある」
わたしは怖くて被っていた毛布を剥ぎ取られた。
ボーッと摩道具の灯りが灯され、顔を覗きこまれる。
そして眼鏡を取られ床に投げつけられた。ガチャ割れる音がした。
きっとわたしの丸眼鏡の寿命も尽きたと思う
「なんだ?ガキにしては中々いい顔してるじゃないか」
その細面の顔は醜く笑った
「おい!お前!なんだ?」
──人間だよ!女の子だよ!
見た目だけはね。12~13歳の少女に見えると思う
「お前!レアスキル持ってんだろ?
誘拐犯がゲロった!どんな能力もってんだ?」
レアスキル?何のこと?
「持ってない。知らない。
突然拐われたの」
バチン!
わたしはいきなり頬を叩かれる。
わたしはベッドに倒れ込み、口の端がキレて血が流れる
──いきなり何なの!
「なんだその目は!平民の分際で!この貴族の俺様に逆らおうっていうのか!」
「いだい!」
いきなり髪をゴソッと捕まれて、男の顔が目の前にくる
「ヤバいっすよ!ヤリすぎですよ!リガットさん!」
どうやらこの貴族を名乗る兵士のクソ野郎は、リガットと言う名前らしい
「うるせぇ!ボフイ!俺様に指図するな!」
横目でボフイを見る。少し小太りの気弱そうな兵士だ。
ボフイは見るからにオロオロしている
「おい!」
グフッ
いきなりリガットは腹パンチを食らわせてきた。
女の子にも容赦ない
ゲホッ
口から、消化されかけた胃の内容物が溢れる
「クソ!汚ねぇなぁあ!」
「キャッ!」
ゴンッ!
いきなり頭を壁に打ち付けられる!
頭がグラグラジンジンする。
目が回っている
「お前!魔力持ちなんだろ?
平民のお前は俺達貴族の役に立つ為に生まれたんだよ!
ああん!歯向かうんじゃねぇよ!早く教えろ!
お前のレ・ア・ス・キ・ル・をよ!」
「……知らない」
髪を放されベッドに落とされる
「アガッ!」
顔に蹴りを入れられて、鼻から盛大に血が吹き出す!
──コレ鼻が折れたかも?!
ここは直ぐに治癒魔法を使いたいけど、それは秘密にした方が良いと思う。バレたらどんな目に合うのかも分からないから……。
そして髪をまた引っ張られる
「あーあ。平民のクセに綺麗な顔してっから、こうなるんだよ!全部お前のせい!
早くレアスキルを教えろ!そしたら俺様の物にしてやろう!」
──訳が分からない!
それに凄く痛い!
貴族は平民と相容れないものだけど、ここまで貴族意識が強い男は稀だと思う。大概こういう男は恵まれない環境に置かれて、自尊心が膨れ上がった者だと思う。
こんな国境警備に回されいるだけ、たかが知れている。
たぶんわたしがレアスキルなるものを持っていると誤解して、わたしを足掛かりに貴族の華やかな世界に返り咲くつもりかも知れない……。
でもコイツ程度な男は何をしても無理!
だから流れ流されここへ飛ばされたのだろう
「たかが一兵士に……そんな重要なお話は……出来ません」
鼻に血が詰まって上手く話せない。
でも通じたみたい。
真っ青な顔をしてブルブル震えている
「貴様ぁあ!平民の分際で尊い血の俺様を侮辱するのか!
たかが一兵士だとぉお!身の程を知れ!!」
ゴンッ!!!
思い切り後頭部を壁に叩き付けられた!わたしの鼻から血が吹き出し、耳からもドローと何か生暖かい物が流れ落ちる。
体が激しく痙攣してる
──ヤバい……これ死ぬかも……
でも死んでもいっか。どうせ生き返るし……
「リガット!何をしている!」
ドアから人が数名雪崩込み、リガットをぶん殴り取り押さえる
──へん!いい気味よ……
「おい!このままじゃ危ない!早く神官を呼んで来い!
大丈夫か?しっかりしろ!アイラ!意識を保て!」
──あら?
レイモンドさん。わたしの名前いつ知ったの?
痛いしヤバいから治癒魔法使おうかな?
蘇生するよりもマシかも?
キュー……
──あれ?思いだせない
『何だか眠くなっちゃった……』
わたしは意識を保とうと努めるも、どうしようもない倦怠感に襲われ、視界が黒々として意識が途切れた。