【66】聖女様と二つの国(6)
ゴトゴトと揺れる幌つきの荷馬車の樽の中。
一人の少女が閉じ込められていた。
眠らされ、体は袋に覆われ更に縄で雁字搦めに縛られている。
泥棒や誘拐を生業とする二人組は、ギルドでアイラのレアスキル持ちの情報を仕入れた当日と次の日にアイラの動向を探り、三日目に一人になる僅かな時間帯を狙って果樹園でアイラを拉致した。
そして秘薬でアイラ眠らせて船で川を下り、途中で隠して用意してあった幌馬車に乗り換えた。幌馬車は商人に偽装しながらの移動手段で、実際道中でも品物の売買をしている。
樽も数樽準備してあり手前は酒が仕込んであり、一番奥のアイラの閉じ込められている樽の上には荷物や商品が乱雑に置かれ、上手く隠してある。
国境を抜ける時には止められ検問された。
これは常習の検問で荷物改めもされたが、手前の酒樽を調べられ
「兵士様。御苦労様です。この酒は一級品です。
お近づきの印に、この瓶に詰めお渡し致しましょう。
その代わりといっちゃ何ですが……」
チラッと馬車の荷台の奥に目をやり、荷物の無造作に置かれた辺りに目をやる
「あちらの方はどうかお見逃しを……片付けが面倒なもので……」
「ああ。分かっている。
今は別に事件もなく平和だからな。
こちらこそ悪いな、こんな上等なもん貰っちまって」
そう兵士は酒瓶を手にニタニタしている。
更に人の良い顔の男は更に人が良く見えるよう相好を崩して
「いえいえ。そうだ!折角ですからコレで酒の肴でも買って下さい」
そして兵士に袖の下の銀貨を渡した。
そして気分を良くした国境警備の兵士は、その誘拐犯の馬車を見逃し国境を通過させてしまった。
その一時間後……アイラの誘拐の情報がもたらされ、更に一品残らず厳重な荷物検査が義務付けられた。
そして犯人の人相書きを見た兵士は、その人相の良い小男の顔を見て
──はて?何処かで見たことあるような?
ふとそう思ったが、何処にでも居そうな無害な顔なので、自分が見逃した事も忘れてしまった。
国境地帯はファルシア王国と十㎞ほどの緩衝地帯がある。
もしこの時その兵士が職務に忠実で、報告が直ぐに上司に上がっていれば、二人組の犯人は国境警備の騎馬部隊に追い付かれアイラは救出されていただろう。
少なくとも職務中、トイレに行く振りをして酒をラッパ飲みしなければ、今回の誘拐事件は解決されていたに違いない。酒の中には記憶が混濁する薬草が混入されていたなんて、兵士は夢にも思っていなかったから……。
☆☆
運命の悪戯か、ボタンの掛け違いのような幸運?でアイラを連れた犯人は、無事ファルシア王国との国境へたどり着いた。
流石に夜は国境の門は閉じてあり、無理な侵入も袖の下も効かないが、今は門の前の広場で大人しく眠った。
寝る前にアイラにもう一度、昏睡の秘薬を嗅がせ道中目覚めて暴れないようにした。
何事もなく朝を迎え、男達は商人の風を装い、何時ものように門番兵に対応する。
手前の酒樽を数樽確認され、国へ入る為の税金を払った
──まあ。疑われてもいねぇな
今まで何度もこの方法で国境を抜けてきた。
人拐いはローレンではリスクが大きいので避けてきたが、宝石が目の間に転がっていたら持ち逃げするしかない。
原石たるアイラを知った時点で、男達にはアイラを拐う算段しか思い浮かばなかった。
このファルシア王国に限らず警備は、朝方は特に警戒が緩い。
早朝で寒く、それでいてこの時間帯に犯罪と結びつけるには爽やかすぎる。
入る時は商人を保証する身分と表示して入国税を払えば、それで済む。品物検問も流れ作業のようなもので、ひとつふたつ確認すればそれで収まる。袖の下を渡すまでもない。
男達がほくそ笑んで国境門を通過しようというその時!
辺りが青白く光輝いた!
特に男達の荷台の輝きが、朝なのに眩しいほどに光っていた。
馬車はたちまちファルシア王国の警備兵達に囲まれた。




