【65】聖女様と二つの国(5)
『ボクのせいだ』
アーサーは着替えを済ませ、応接室へ向かう道中でそう思った。何処からか情報が漏れて、アーサーの想い人だと知られたのかも。
身代金か何かしらないが、何かしら交渉の手札にされたに違いない
──クソッ!
護衛の一人でも付けておけば良かった。
会いに行ったのも家庭訪問に偽装していたから、それで完璧だと思っていた。
後悔だけが溢れ出る。
護衛を引き連れて応接室へ向かうと、豪華なソファーに居心地悪そうにジャンが座っていた。
ジャンはアーサーに会うと、ソファーから転げ落ちたと思うほどに床に踞る
──土下座?
そう分かるまで、数瞬時間を要した。
どうやらジャンの親父さんは、しっかりと役目を果たしたらしい
「御領主様!御願いです!アイラを助けてください!
ボクは何も無いけど!一生を御領主様に捧げます!
だから……」
「君の一生なんていらない」
──アイラの一生なら欲しい
恐らくジャンはアーサーがアイラに求婚したことは、知らない筈。だから知らぬものと思って対応するしかない。
そしてアーサーはソファーにジャンを座り直させた
「ジャン。アイラはわたしの友人だ。
あの家庭訪問で友人になると約束した。
だから君の人生など質に差し出さなくとも、力になる。
詳しく話してくれないか?」
アーサーに促されて、ジャンはあらましを話し始める。
不確定なことが多過ぎるのと、ジャンの語彙力が乏しく上手く話せない。それでも一生懸命に語った。
ともかく犯人は二人組らしくて、帰宅途中の人目が途切れる果樹園でアイラを捕まえ袋に入れて拐った。
大男が大きなずだ袋を担いでいるのをジャンが目撃した。
二人組は流れの者で、その後、行方をくらましている。
ギルドから依頼が出て、ギルド所属の冒険者は今、血眼になってローレンとカムスの町中を探しているという。
行方が分からない昼過ぎから、もう6時間が経過しているが、一向にアイラが見つかる気配すらないこと。
ジャンは藁をもすがる気持ちで、夕方の街を駆けて御領主様のアーサーへ助けに求めに来たという
「で、アイラが拐われた理由の心当たりがあるのか?」
「はい!ギルド長に可愛がって貰っているアイラが!レアスキル持ってると!誤解されて!」
──レアスキル?
特別な力を持つ者はレアスキル持ちと呼ばれる。
アーサーは攻撃をうけたら、魔法の自動防御が展開するレアスキルを持っている。王族は何かしら固有のレアスキルを持っている筈だ。
一般人のアイラがレアスキルなんて持って居ないだろう。
持っていたら何かと煙がたつ筈だ。
いや。煙が立ったから拐われたのか?
ここフリーデン王国は魔力持ちはあまり優遇されないが、魔法の盛んな隣国なら魔力持ちは高値で売買されるという噂もある。レアスキル持ち=魔力持ちと言っても過言ではない。魔力を伴うレアスキルが多いからだ。
もちろん魔力を使わないスキルは多いが、強力なレアスキルほど魔力を必要とする。
アーサーの魔力量は2万。
矢やナイフ等の物理的な攻撃を防ぐ[自動防御]のレアスキルは魔力を一日に1000消費して展開している。
つまり魔力値が1000以上ないとレアスキルそのものが発動しようも無いことになる。
それが疑われたとなると……
「メリアベル!ファルシア王国への国境の検問を強化せよ!特に特徴ある二人組は見逃すな!」
魔力至上主義のファルシア王国へ売買目的で密輸入される可能性が高い。
ファルシア王国の貴族は魔力の高い平民でも高値で買い上げ、側室または妾にする傾向があるという。突発的に魔力量が高い平民が誕生することもあるので、他の貴族家の力とならぬように独占すると聞いた事もある。
そのファルシア王国との国境を閉鎖し、荷物の総点検を行う権限は今のアーサーは持っている。
何としても水際でアイラを発見するしかない!
しかし……このような事態……ギルドからの連絡が無いのは可笑しい
「ギルドからの報告はないのか?」
その言葉に側近が部屋を飛び出す。そして息急き切って側近が戻ってきた
「報告があります。二時間ほど前にギルドから緊急案件としてアイラという少女の誘拐情報がもたらされました!」
「緊急案件?!何故!こちらへ回さなかった!」
「そのギルド案件を受け取った者が『平民の娘の誘拐程度で御領主様を煩わせる必要はない』そう勝手に解釈し、留め置いたそうです」
──馬鹿な!
この情報が早ければ、もっと迅速に対処できたのに!
☆
だが、この遅れが致命的なものとなるとは……今は知るよしも無かった。




