旅人の魂
頂きました、お題「旅」から
早朝の海岸線、ミルクのような白濃い霧が波先から砂浜へと這い上がるように流れ込んでいた。ライは自転車を降り、足元を舐めるようにまとわりつく霧を割いて海岸線を歩いた。一時前まで眼前を占めていたのは薄闇の中で瞬く波と海の姿だった。それが少し進むうちに辺り一面薄曇りに変わり、今や白ばかりの世界に変わり果てている。薄い霧が捌けた後に、海から流れ、やってきたのがこの絹に似た霧だった。
長年バックパック一つで単身旅を続け、様々な国を歩んできたが、こんな景色に出会ったのは初めてだった。足元を撫でる冷たい風が寂しさを募らせる。周りを眺めても誰一人おらず、ライ独りだけ雲上を歩いている、そんな気持ちにさせられる。ライは立ち止まると白い霧がやってくる海岸線を眺めた。目を細めると線の上に何かが蠢いているのが見えた。やがてそれらがこちらに向かって少しずつ、歩を進めているのが解ってくる。全身白の装束を身に付けた人々の姿だった。俯き加減が酷く、足を引きずるようにして誰も彼もが顔を隠し、こちらへと徐々に近づいてくる。
背筋が凍りつき、体の芯が底冷えして震えた。狙いの定まらない両手で頬を張り、落ちそうな意識をどうにか留まらせると、ライはいつの間にか霧が腰の高さまでに達しているのに気がついた。急いで道路上に停めた自転車に跨り、どこが道路かわからないような状態の中、霧を掻き分けて猛スピードで先を目指した。
ライは足を盛んに動かしている間、二度と海岸線に目を向けられなかった。薄目を開けながら必死でペダルを踏んでいる内、ライの頬が暖かさを感じた。霧は溶けるように地面に染み込み、道路が姿を現す。
足を止め、怖々と視線を海岸に向けると波間から太陽が顔を出していた。波のまたたきが波音と混じり合い世界が戻ったことを報せている。ふと、ライは先程まで音が一切消えていた事に気がついた。波音は徐々に静かになり、いつの間にか無音に飲み込まれていたのだ。けれどライは景色に飲み込まれ、その異常に気がつけなかった。
ライは朝日が照らす海岸線で網を手に作業する漁師に今朝の出来事が何だったのかを聞いた。漁師は、それは旅人だと教えてくれた。旅が好きで旅をやめられない人間は、旅の途中で命尽きると終着点のない旅を永遠に続けるのだと。ライは恐ろしいと思いながらも、旅人であることを止めなかった。
旅を止める、そう考えた時、旅先で出会った数々の人々の顔が蘇ったからだ。ライの心はそうした出会いの輝きに満ちていて、更なる出会いを求めていた。
いつか自分も彼らと共に旅する事になるかもしれない、そう思いながらも、ライは今も旅を止められずにいる。




