強協調性時代
当時、私が通っていた高校は進学校として有名な所で、中学生時代に周りを占めていたような個性豊かな人達がいなかった。皆それぞれに設定された進路を元にしたカリキュラムをこなす事に必死で、部活や放課後活動なども勉強の二の次とされていた環境だったので私も友人と時間を忘れて何かを楽しんだという記憶が残っていなかった。
そういった環境下に置かれた影響かストレスの溜まり方が酷く、私達は溜まったストレスを吐き出すために、学校の伝統ともいえるほど続いているストレス解消法を使っていた。それは暗黙のルールみたいなもので、成績最下位の生徒を意図的に無視するといった方法で行われていた。
このルールは先生、つまり教員の人達も知っていて、それについては皆触れようとしない。それに最下位を脱すれば、無視されていた関係も元に戻るのだから、本人の努力次第でどうにでもなる。寧ろ最下位の生徒は自分の立ち位置を恥じる必要性があるのだから、努力や向上心を誘発させるのにも必要な措置だといった認識が教員側にもあったのだと思う。
月に二度の学力テスト、それが終ると先生は最上位と最下位の生徒の名前を告げる、私はいつも中間に存在していたのでそれほど心配はしていなかったけれど、あの名前を告げられる時間、まるで誰かが死刑を宣告される直前のような、凍りつき、張りつめた空気感は今も忘れられない。
そんな特殊なルールが存在する影響か、最下位に連続で位置した生徒は通学を辞めてしまう事も多かった。けれど、行為が表沙汰や大事になる事は無かった。それはきっといじめと教育のギリギリのラインでルールが上手く機能していたからなのだろう。
私がそのルールが平常ではなく、異常だったと意識できたのは卒業して暫らくし、当時を思い出してからだ。あれは変わらない授業の最中の事だった。学力テストの結果、連続で三度最下位を記録してしまった生徒が私の斜め前の席についていた。普段なら気にすることが無いのだけれど、その日は何か彼に違和感を感じた。彼の方向から何か音が聞こえる。かちかちと歯を合わせる音が静かに教室に響いていた。すると間もなく、その彼が頭を掻き毟り、立ち上がって絶叫した。本当に突然の事だった。
それなのに教室の誰もがまるで彼など最初から存在していなかったかのように無反応で、先生すら平然と授業を続けている。彼は当惑したように周りを見回して、がりがりと爪を噛み、やがて教室から走り去ってそのまま戻る事はなかった。
今振り返ると当時の環境がとても恐ろしいものに思える。強固に同調した集団心理、私もあの頃はルールの中に完全に溶け合っていた。何故私はあの時叫ばなかったのだろう、何故私は全く動じずにいられたのだろう。あの歯を合わせる音を聞いた時、私は彼と同じものを確かに見ていたのに。
天井から釣り下がるカーテンと、その先で揺れる膨れた暗青色の顔をした生徒の姿を。




