第8話
「……オスカー様。これは、一体?」
ヴァレンティン領主邸の自室。
届いた箱を開けたところへ、オスカーが訪ねてきた。返事をして招き入れたものの、どう切り出したらよいかわからない。
机の上に広げられた大きな衣装箱を見つめ、私は戸惑いの声を上げた。
中に入っていたのは、深い海のような藍色の生地で仕立てられた、美しいドレスと厚手の外套だった。
ドレスの袖口には、金糸の刺繍が控えめに施されている。外套の裏には柔らかな毛皮が張られ、持ち上げるとずしりと重かった。
オスカーは扉のそばで、少し落ち着かなさそうに腕を組んだ。
「見ればわかるだろう。服だ」
「それはわかりますが……なぜ私に? お給金はすでに十分にいただいておりますし、このような高価なものをいただく理由がありません」
私が慌てて箱の蓋を閉じようとすると、オスカーは大股で近づき、その大きな手で蓋を押さえた。
「理由ならある。……昨日も、帰り道で寒そうにしていただろう」
「え……?」
言われて、自分の着ている平服の袖を見下ろした。
王都を出るときに持ってきた、二着しかない古い普段着。どちらも長く着ているから、袖口は擦れて薄くなっている。持ってきた上着だけでは、海風を防ぎきれない。
だが、破れているわけではない。私にとっては十分すぎる衣服だった。
「これくらい、平気です。まだ着られますし、私は寒さには慣れていますから」
「我慢ができることと、我慢させることは違う」
オスカーの低く力強い声が、私の言い訳を遮った。
古い袖口を摘む私の指に、彼の視線が落ちた。
「俺の領地の書記官が、寒さに震えながら仕事をしていると周囲に思われるのは領主の恥だ。……それに」
オスカーは微かに視線を泳がせ、喉を鳴らした。
「先日、仕立て屋が測った寸法で作らせた。……ドレスも贈りたくなった。気に入らなければ、色を替えさせる」
冬用の仕事着を支給すると家令に言われて、採寸してもらったことを思い出した。あのとき好きな色まで尋ねられたのは、このためだったのか。
藍色が好きだと答えた。
妹には似合わないと、実家では選べなかった色だった。
箱の中の藍色を、もう一度見つめた。
クロムウェル伯爵家にいた頃、自分用に仕立てたドレスさえ、妹が欲しがれば渡さなければならなかった。手元に残るのは、妹が飽きたものや、気に入らなかったものばかりだった。
私が自分の好みの色を選ぶことすら、「妹を優先しなさい」と許されなかったのだ。
「……私などに、このような上等なものをいただいても、お返しできるものがありません」
ぽつりと零すと、オスカーは呆れたように小さく息を吐いた。
そして、衣装箱から厚手の外套を取り出すと、私の肩へふわりと掛けた。
ずっしりとした確かな重みと、吸い付くような温もり。
首元に触れる柔らかな毛皮の感触に、身体の芯の強張りがすうっと解けていく。
「お返しなど求めていない。……ああ、でも、嫌でなければ。それを着て、一緒に出かけてほしい」
オスカーの手が、外套の襟元を整える。
大きな指先が私の頬をかすめ、その微かな熱に、私の心臓が小さく跳ねた。
「似合っている」
彼は外套を整え終えても、なかなか私から目を離さなかった。
「……お色は、このままがいいです」
「そうか」
「それと、串焼きの約束。今度のお休みに、いかがですか?」
オスカーの返事は早かった。
「ああ。空けておく」
私は鏡の前へ歩み寄った。藍色の襟元に顔をうずめると、口元の緩みを隠せた。
今度の休みまで、あと三日だった。




