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私が身を引けば丸く収まるのでしょう?  作者: 九葉(くずは)


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第7話 

「おい、マリアンヌ! この請求書の山はどういうことだ!?」


王都・ローレンス侯爵邸の客間。

セディックは、執事から手渡された分厚い束をテーブルに叩きつけた。


「今月の宝飾店とドレスの仕立て代だけで、金貨五十枚を超えているぞ! 父から私への支給を減らされたと、あれほど言ったはずだ!」


ソファに座っていたマリアンヌは、びくりと肩を跳ね上がらせた。

だが、すぐに潤んだ瞳でセディックを見上げ、胸元を押さえてか細い声を出した。


「そ、そんな……セディック様。私、侯爵家に相応しい妻になろうと、一生懸命準備をしていただけですわ。それに、私の身体には、上質な絹でなければ肌荒れを起こしてしまいますの……」


「そんな言い訳が通用するか! 先週の夜会でもそうだ! お前が『身体が冷える』と我が儘を言って中座したせいで、父から任された商会との顔合わせを台無しにしたんだぞ!」


以前なら「可憐な妹」に見えたその仕草が、今のセディックには苛立ちの種でしかなかった。


エレノアがいた頃、夜会での根回しなどセディックが気にする必要はなかった。

エレノアが事前に各貴族の関心事や弱みを完璧に調べ上げ、挨拶の順番や話題まで教えてくれた。彼が相手の名を忘れたときも、横からそっと補っていたのだ。


だがマリアンヌには、社交の会話すら成立しなかった。

相手の機嫌を損ねては「いじめられた」と泣き出し、セディックに助けを求めるばかり。

周囲の貴族たちからは、「ローレンス侯爵家の新しい婚約者は、ただの我が儘な役立たずか」と露骨に嘲笑の視線を向けられていた。


「だいたい、伯爵家からの返済はどうなっているんだ! エレノアがいなくなってから、銀行への支払いまで滞っているそうじゃないか! 父は、もう追加で貸すなと言っている!」


セディックが怒鳴りつけると、マリアンヌの顔から急速に「か弱さ」が消え、歪んだ悔しさが露わになった。


「な、なんで私を責めるんですの!? 元はと言えば、セディック様がお姉様を追い出す計画に賛成なさったからでしょう!? 『エレノアなど頑強なだけで色気のない女だ、お前と結婚したい』っておっしゃったのは貴方ですわ!」


「なっ……!?」


「お父様だって毎日怒鳴り散らしてばかりで、領地の帳簿一つ合わせられません! お姉様なら、どんなに忙しくても一晩で全部解決してくれたのに! お姉様が全部悪いんです! 引き継ぎもせず逃げ出すなんて、あんな冷酷な悪女、呪われてしまえばいいんだわ!」


マリアンヌはヒステリックに叫び、テーブルの上のティーカップを床に投げつけた。

ガシャン、と陶器が砕け散る。


セディックは呆然と、床に飛び散った紅茶を見つめていた。


(エレノアなら、こんなことには……)


頭を過るのは、いつも感情を乱さず、静かにペンを走らせていたエレノアの横顔だった。

どんなに理不尽な要求を突きつけても、彼女は「承知いたしました」と完璧にこなしてくれた。

一度も不満を漏らさず、一度も当たり散らさず、全てを背負ってくれていた。


なぜ、あのとき引き留めなかったのか。

マリアンヌを妻にしても、エレノアには仕事をさせればよかった。

そこまで考えて、セディックは床の破片を苛立たしげに蹴った。


「……探せ」

セディックは、入口に控えていた執事へ掠れた声を投げた。


「は……?」


「王都だけ探しても仕方がない! 南へ行く馬車に似た女が乗ったと言っていたな。街道沿いの宿を、もう一度当たれ! エレノアを……エレノアを連れ戻すんだ! あいつが戻ってくれば、全て元通りになる……!」


爪を噛み、血走った目で叫ぶセディックの姿に、かつての誇り高き侯爵令息の面影は微塵も残っていなかった。

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