第14話
初夏の爽やかな潮風の中、白亜の教会の鐘が高く鳴り響いていた。
「わあ……綺麗……!」
「なんて美しい花嫁様なんだ!」
教会の扉が開いた瞬間、集まった領民たちから割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
私が身に纏っていたのは、最高級の白絹に繊細な銀糸のレースが施されたウェディングドレス。
オスカーが王都から呼んでくれた仕立て屋と、何度も相談して選んだドレスだ。
袖の形も、裾の長さも、自分で決めた。歩きやすいよう少し短めに、と頼んだとき、仕立て屋は当然のように頷いてくれた。
胸元には、ヴァレンティン家に代々伝わる、深い海の色のサファイアの首飾りが輝いている。
バージンロードの先で待っていたのは、漆黒の正装に身を包んだオスカーだった。
いつも短く刈り揃えている黒髪を綺麗に整え、緊張で少し強張った顔をしている。
けれど、私の姿を視界に捉えた瞬間、その金色の瞳が眩しそうに細められた。
祭壇へ進み出た私の手を、オスカーの大きな手が包み込む。
その指先が、わずかに震えていた。
指を握り返すと、オスカーが小さく息を吐いた。
私ばかりが緊張しているのではないらしい。
「……エレノア」
「はい、オスカー様」
神父の厳かな誓いの言葉が響く。
病めるときも、健やかなるときも。
かつて実家では、私は「病めるとき」を許されなかった。
健やかで、頑丈で、何でもこなすことだけを求められていた。
けれど、この人は違う。
『神の御前において、誓います』
オスカーの低く力強い声が、聖堂に響き渡った。
「エレノア。生涯、お前を大切にする。辛いときに、我慢せず俺を頼ってくれ。……嬉しいことも、一番に聞かせてほしい」
私の番になった。
握った手を少し持ち上げ、彼の顔を見た。
「私も、生涯あなたを大切にします。嬉しいことも、困ったことも、お話しします。だから、オスカー様も……お一人で我慢なさらないでくださいね」
彼が短く頷いた。
その指の震えは、いつの間にか止まっていた。
胸の奥が熱くなり、視界がじんわりと滲んだ。
今度は、悲しい涙ではなかった。
ベールを押し上げられ、オスカーの顔が近づく。
額に、そして唇に、羽毛が触れるような優しい誓いのキスが落とされた。
教会の外へ出ると、青空から色とりどりの花びらが降り注いだ。
港からも船の鐘が鳴り、通りの向こうで手が振られている。
「領主様、奥様、おめでとうございます!」
「奥様、ドレスを踏まないでね! ゆっくりでいいんですよ!」
市場で出会った魚屋の親父さんも、宿屋の女将さんも、みんなが満面の笑顔で手を振ってくれている。
女将さんが目元を拭いながら、何か叫んでいる。よく聞くと、「ちゃんと食べてるかい!」だった。
私は笑って、大きく頷いた。
「エレノア」
隣を歩くオスカーが、私の手をぎゅっと握り直した。
「……幸せか?」
どこか不安そうに、探るように尋ねてくる不器用な旦那様。
私は足を止め、溢れ出しそうな幸福をそのまま乗せて、彼を見上げて微笑んだ。
「はい。世界で一番、幸せです」
オスカーの耳が赤くなった。
「……それは、俺も言いたかったんだが」
「一番は、お一人だけですか?」
尋ねると、彼は少し考えてから首を振った。
「いや。二人でいい」
笑い合った私たちの上へ、もうひと掴み、花びらが降ってきた。




