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私が身を引けば丸く収まるのでしょう?  作者: 九葉(くずは)


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最終話

結婚式から、穏やかに季節が巡った秋の朝。


「オスカー様、見てください! 今年の葡萄、すごく大粒で甘そうですよ」


港町の市場を二人で歩きながら、私は果物屋の店先で足を止めた。

もう、人混みの中で怯えることも、足早に人の後ろを追いかけることもない。

隣を歩く夫の袖を引くと、彼も足を止めてくれた。


「……美味そうだな」

オスカーは果物を見下ろし、それから私を見た。


「買うか?」

「はい! あ、でも……」


昔の癖が、ふと顔を出しそうになる。

『一番いいものは、誰かに譲らなければ』という、長年染み付いた遠慮。


だが、オスカーがじっと私を見つめているのに気づき、私は小さく息を吸い込んだ。

好きなものを選んでいい。

彼に何度も言ってもらって、私もようやく、自分から言えるようになってきた。


私は笑顔を浮かべ、しっかりとオスカーの目を見て言った。


「私、あの木箱の一番上にある、一番甘そうな葡萄が食べたいです」


その瞬間、オスカーの眉間の皺がふわりと解け、誇らしげな笑みが浮かんだ。


「親父。あの箱を――」

「一房でいいです!」


思わず、彼の袖を引っ張った。


「二人で食べるのですから。屋敷の皆さんへの分は、別に選びましょう」

「……そうか」


オスカーは大真面目に頷き、店主に笑われていた。

前にも林檎を箱で買おうとしたのに、少しも懲りていない。


皆に配る分は屋敷へ届けてもらい、私たちは選んだ一房を受け取った。

店先で洗ってもらった葡萄から、水滴がぽたりと落ちた。


二人で海沿いの高台にあるベンチに腰を下ろす。

秋の爽やかな海風が、二人の髪を揺らしていた。


王都へ仕入れに行った商人が、父と妹は小さな借家に移ったと教えてくれた。セディック様は、借金を返すために酒場で働き始めたらしい。

私は「そうですか」と答え、それ以上は尋ねなかった。


葡萄を一粒つまみ、皮を剥いた。

甘い果汁が、口いっぱいに広がる。


「……美味しいです、オスカー様」

「そうか」


彼は私の顔を見ているばかりで、自分では食べようとしない。

私は次の一粒を剥いて、彼の口元へ差し出した。


「オスカー様も」

「お前が食え」

「もう食べました。今度は、あなたの番です」


最初に会った日のことを思い出し、笑ってしまった。

あのときは、スープをひと匙飲むのにさえ、誰かの許しを待っていた。


オスカーが身を屈め、私の指から葡萄を食べた。

唇が指先に触れ、今さら頬が熱くなる。


「……甘いな」

「でしょう?」


彼は頷き、私の肩を抱き寄せた。

ぴたりと寄り添うと、隣からも、小さな笑い声がした。


私が身を引けば丸く収まるのでしょう?


――ええ。私はもう、すっかり。


父たちの暮らしを整えるために、ここを離れるつもりはない。

私には、二人で食べかけた葡萄と、午後から何をしようか相談したい人がいる。


「オスカー様」

「ん?」

「もう少し、ここにいましょう」


彼の肩へ頭を預ける。


「ああ。俺も、そうしたかった」


包みの中には、まだ葡萄が残っていた。

次はどちらが先に食べようか。

そんなことに迷いながら、私たちはしばらく、海を眺めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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