第12話
「エレノア! エレノア、そこにいるんだろう!? 出てこい!!」
ヴァレンティン領主邸の正門前。
静かな港町の空気を切り裂くような、見苦しい怒号が響き渡っていた。
鉄柵で閉ざされた門の外には、かつての栄華の欠片もない、泥に汚れた三人の姿があった。
くたびれた上着の襟を立て、目の下に濃い隈を作ったセディック。
煤けたドレスの裾を握りしめ、髪を振り乱して泣き叫ぶマリアンヌ。
そして、かつての尊大さを失い、腰を曲げて門番にすがりつく、元クロムウェル伯爵。
「エレノア! 頼む、顔を見せてくれ! 私が悪かった、婚約破棄は取り消す! お前が父に取りなしてくれれば、廃嫡だって取り消せる! 侯爵夫人に迎えてやるから、今すぐ戻って借金を何とかしてくれ!!」
セディックが鉄柵を激しく揺らす。
その後ろで、マリアンヌが甲高いヒステリーを起こしていた。
「お姉様! ひどい、ひどいわ! 病気の私をこんな目に遭わせて平気なの!? お姉ちゃんなら、私を助けるのが当然でしょう!? ここでお給金をいただいているんでしょう! 少しぐらい、私たちによこしなさいよ!!」
通りかかった街の住人たちが、遠巻きに冷ややかな視線を向けていた。
「誰だ、あれは」「さっきから、会わないと言われているのに」「子供たちを向こうへ連れていこう」
門番は、すでに二度、面会を断っていた。
「エレノア様からのお返事です。お引き取りください」
「嘘をつくな! あの子が親を門前払いするはずがない!」
元伯爵は聞き入れず、門の隙間へ腕を差し込もうとした。
セディックも呼び続ける。一度顔さえ見せれば、昔のように言い聞かせられる。三人とも、門の向こうへ声を届かせることに必死だった。
ギィ……と、重々しい音を立てて、領主邸の内門が開いた。
「あ、開いたわ! お姉様よ、お姉様が出てきたんだわ!」
マリアンヌが歓喜の声を上げる。
だが、奥から歩み出てきたのは、エレノアではなかった。
数人の護衛を従え、漆黒の騎士服に身を包んだ男――ヴァレンティン領主、オスカーだった。
オスカーは門の内側で足を止めた。
鉄柵にかかったセディックの手を見て、それから、三人の顔を順に見た。
それだけで、セディックは門から半歩退いた。
「ひっ……!」
オスカーは抜刀することすらなく、ただ冷酷な視線だけで三人を射抜いた。
「門から手を離せ。……面会は断ったはずだ」
低い声が、三人の怒鳴り声を止めた。
オスカーは、門を開けるようには命じなかった。




