第11話
あの嵐から二ヶ月近く経ち、港へ通じる並木にも新しい葉が茂り始めた頃。
王都から届いた公的な急使の報せを、オスカーが執務室で広げた。
「……決着がついたぞ、エレノア」
書類を受け取った私の目に飛び込んできたのは、王立裁判所と貴族院の連名で発行された、クロムウェル伯爵とセディック様に関する処分の通知だった。
オスカーは私との婚約を届け出る際、実家で進んでいる調査についても問い合わせていた。新たな借金の保証人に私の名が使われていないか、確かめるためだった。
調査の発端は、私が家を出た後、父が王立銀行へ提出した虚偽の会計報告書だった。
返済のために資産を売ることも、贅沢を減らすことも嫌った父は、セディック様と共謀して収入を水増しし、追加の融資を申請したらしい。
だが、そんな杜撰な誤魔化しが通るはずもなかった。
担保の調査と帳簿の照合から嘘が判明し、銀行は追加融資を拒んだ。返済を待っていた商会も次々に督促を始め、貴族院の調査が入った。
さらに、追い詰められたセディック様は、侯爵家の管理する金を無断で持ち出し、補填に充てようとした。それも家の財務官に発見された。
激怒したローレンス侯爵は、セディック様の廃嫡を正式に決定。継承権を失った彼は、侯爵家から出入りを禁じられた。個人的な借金まで肩代わりしてもらうことはできなかったらしい。
『クロムウェル伯爵家は爵位剥奪および領地没収。負債の清算のため、家財はすべて競売にかけられる』
私はその行を、しばらく見つめていた。
父は領地を手放すくらいなら何でもする、とよく言っていた。その領地を守るための書類には、目を通そうともしなかったのに。
「妹の……マリアンヌはどうなったのですか」
私が尋ねると、オスカーは添えられた報告書へ目を落とした。
「セディックとの婚約は解消された。妹は父親と一緒に屋敷を退去したそうだ。……ほかの親類も、引き取る気はないらしい」
妹がまた泣き出す姿を思い浮かべた。
私は書類へ目を戻し、もう一度、処分の内容を確かめた。
私の署名は、新たな借り入れの書類には使われていなかった。貴族院にはすでに家を離れた届出があり、今回の借金を私が負うこともないという。
「領地の人たちは、どうなるのですか」
「当面は王領として代官が入る。残されていた帳簿のおかげで、税の二重取りも避けられたとある。領民の暮らしまで潰すつもりはないそうだ」
ようやく、肩の力が抜けた。
家を出たことは後悔していない。それでも、あの陳情書を書いた人たちの顔まで忘れられるわけではなかった。
「知らせてくださって、ありがとうございます」
書類を返そうとしたとき、オスカーが手元の別の手紙を示した。
「もう一つある。宿場の役人から知らせが来た。お前の父と妹、それにセディックが、この町への道を尋ねていたそうだ」
「……こちらへ?」
「ああ。残っていた装身具を売って、乗合馬車の賃を作ったらしい」
持っていた書類の端が、指の間でくしゃりと曲がった。
父たちは私の給金を当てにしているのだろう。それとも、オスカーに借金を払わせるつもりなのか。
「来たら、門で断る。……それでいいか」
私は頷いた。今度は、迷わずに。
「会いません。どうか、取り次がないでください」
「わかった」
オスカーが私の手から書類を受け取った。
私はその手に、もう片方の手を重ねた。
「一人で、背負わなくてもいいのですよね」
「ああ。頼まれた」




