第9話 おとまり
「あ、せん君。今日泊まってもいい?」
「うん、俺は大丈夫だけど……篝火さんがひとりになるんじゃないの?」
「モモちゃんも泊まる」
「ええっ!?」
篝火さんは、聞いてないとでも言いたげな顔をしている。
いや、実際聞いてないんだろうけど。
「私と一緒に寝る」
「唐金さん、私も泊まってもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
もはやなにも言うまい。
「あ、でも一華先輩、ホテル……」
「だいじょうぶ。キャンセルしてきた」
「あ、さっきの電話ですか?」
「うん」
いちちゃん、たまにこういう強引なところがある。
俺としては別に断る理由もない。既にそこそこ遅い時間だし、今から酒を飲んだりしたら日を跨いでしまうだろう。ここまで話して篝火さんが良い子なのは十分わかったし。
篝火さんはいちちゃんに振り回されることを喜んでいるみたいだし、いちちゃんもマイペースな人間なので相性が良いのかもしれない。
「それならとりあえずお風呂沸かしてくるから、好きに寛いでてね」
「ありがとうございます!」
「せん君、ありがとね」
「いえいえ~」
いちちゃんと篝火さんが一緒にお風呂へ入った後、なんとなく残り湯に漬かるのは悪い気がしてシャワーで済ませた。
こんばんは、彼女いない歴イコール年齢の唐金千花です。
俺がシャワーをしている間に、ふたりは居間の机の上に買ってきた酒のつまみを広げていた。
ついでに自分が飲む予定の酒を既に手元に確保している。篝火さんは缶チューハイ。いちちゃんは日本酒の瓶を握りしめている。
酒屋のじいさんがくれた日本酒なのだが……ラベルに書いてある文字が読めない。二文字で……瀬?に祭と書いてある。いや、けもの偏か。どうしてこう、日本酒は難読漢字が多いのか。
うーん、せっかくだから俺はこの梅酒を選ぶぜ。
「一華先輩、あんまりお酒飲んでるイメージないです」
「人前で飲む事、ないからね。お酒は好きだよ」
「へー!じゃあ、こうやって一緒にお酒飲めるのはレアってことですか!」
「そうだね、会社の飲み会でも飲まなかったから、モモちゃんだけだよ」
「えへへ……」
いちちゃんが篝火さんをヨシヨシする光景を肴にしてお酒が飲めそうだ。
俺もいちちゃんと飲むのはこれが初めてか。お酒が好きだと言う話は聞いていたが、以前まではいちちゃんは仕事でこっちに帰ってきているだけだったので、一緒に飲む機会もなかった。
まだ少し現実感が薄いけど、これからはパーティーを組む仲間ということになる。こういう機会も増えるだろう。
「じゃあ……パーティー結成を祝って、ってことでいいのかな?乾杯っ」
「かんぱーい」
「乾杯!」
「……えっ、待っていちちゃん、そのまま飲むの?」
「うん、だめ?」
「倒れないならいいけど……大丈夫?」
「いつもこうだから大丈夫」
日本酒の栓を開けたいちちゃんは、そのまま口に付けてラッパ飲みし始めた。
……まぁ、いつもしているのなら問題ないのか?一応いちちゃんの様子がおかしくならないか見守っておこう。
「そういえば、唐金さんと一華先輩は幼馴染って言ってましたけど、何歳からの付き合いなんですか?」
「生まれた時からかなぁ……いちちゃんと俺、誕生日が一緒で生まれた病院も一緒なんだ」
「僅差で私がお姉さん」
「変わらない変わらない」
「わー、憧れます……でも、一華先輩みたいに綺麗な人が幼馴染だと、彼女さんとか嫉妬しちゃいそうですよね」
「……」
「……え?」
「モモちゃん、せん君に彼女出来たことない」
「ええっ、なんか、ごめんなさい」
「いや……大丈夫。逆に謝られる方がしんどい」
昔から何故か女の子が近寄って来なかったのだ。別に容姿は悪いわけじゃない……と思うし、自分で言うのもなんだけど実家は太かったし、優良物件だったと思うんだけど。
やっぱりスキルか?スキルが悪いのか?ちくしょう。これからいっぱい有効活用してやるからな。
「えー、でもモテてそうですけどね」
「……モモちゃん、せん君を狙ってるの?」
「ええっ!?そんな訳ないじゃないですか!やめてくださいよ一華先輩っ」
やめてくださいよ篝火さん。わかっていることでも強めの否定は傷つきます……。
若干しょげていると、いちちゃんが一升瓶片手に俺の隣へ移動してきた。
「大丈夫、私がいるでしょ」
「いちちゃん……」
イケメンにしか許されないセリフ。いちちゃんはイケメンなので許されます。
こうして近くで見てみると、やっぱり顔が整っている。整った細い眉、綺麗な平行二重瞼、長いまつ毛……雰囲気はダウナーではあるけど、こうしてみるとやっぱり可愛いんだよなぁ。
至近距離で顔をじっと見つめていると、頬を赤く染めながら顔を背けられてしまった。
「……冗談」
「あはは。まぁ言っても俺、結婚願望薄いからね。彼女も出来たことないけど、どうしても欲しいって訳じゃないし……というかいちちゃんはどうなの?彼氏とか」
「出来たことないし、いらない」
「一華先輩って、会社の中だと男嫌いで有名だったんですよ。会社も気を利かせたのか、パーティーメンバーは女の子だけでしたもんね?」
「うん。でもみんな彼氏いたし、そういう話で盛り上がるとしんどかった」
確かに、いちちゃんが所属しているパーティーの配信を見た時は女の子しか映ってなかった気もする。
あんまり覚えてないけど。
「そういうモモちゃんはどうなの」
「私ですか?私も今はいらないですね……彼氏作るより、一華先輩と一緒に居たいですっ」
「かわいいね、よしよし」
「えへ……」
……2人の周りに百合の花が咲いているような幻視をしてしまった。
酒が進む。
「そもそも私は、恋愛とかあんまりわかんないんですよね」
「あー。そもそも好きって何?みたいな感じは俺もあるなぁ」
「そうですそうです。でも、別に困ってないからいいかなぁ、みたいな」
「わかるわかる」
「……ふたりとも、結構打ち解けたね」
篝火さんと2人分かち合っていたところで、いちちゃんが空になった一升瓶を転がしながら言う。
「まぁ……一華先輩が仲良くしている幼馴染なだけあって、良い人ですし?」
「邪険になる理由がないかな」
「ふーん……じゃあせん君、ひとつお願いしたいことがあるんだけど」
「なに?」
いちちゃんは少し据わった目で俺を見ながら口を開いた。
「一緒に住んでもいい?」
「いいよ」
「え……ええ!やっぱり同居するんじゃないですか!」
「んふぅ……言えたぁ……」
ぽす、と俺の膝の上に頭を置くいちちゃん。
もしかして、素面じゃ言えないからこんな飲み方をしたのだろうか。
言ってくれてもいいのに。どんな要求でも、いちちゃんのお願いは聞く気でいるんだ。
頭を撫でると、いちちゃんはスゥスゥと寝息を立て始めた。
時計を見れば、もう0時を回っている。
今日は色々あった。情緒がジェットコースターのように乱高下して、かと思えば幼馴染とその後輩と3人でパーティーを組むことになり……今までのスライム狩りの毎日とは考えられないくらい、充実した1日だった。
これから先の毎日は、きっと今まで以上に素敵で、楽しいものになるだろう。
「一華先輩、それなら私どうしたらいいんですか……?」
「……」
「寝ちゃってる……うぅ」
「一緒にここに住んじゃえばいいんじゃない?なーんて」
「いいんですか!?」
「わぁ……いいよ、部屋余ってるし」
そんなにいちちゃんと離れたくないのか。
男の家に住むことのハードルを、いちちゃんとのシェアハウスというメリットが飛び越したと。
「まぁとりあえず、いちちゃん寝ちゃったから今日はお開きにしようか」
「は、はい!」
「部屋は2階なんだけど……いちちゃん?自分で部屋行ける?」
「……すぅ」
「ダメだ、完全に寝てる。布団敷くか……」
肩を揺らしても頬をぷにぷにしても起きない。
座布団をふたつ重ねていちちゃんの頭の下に敷く。うん、起きない。
「部屋なんだけど、和室と洋室どっちがいい?」
「……私も一華先輩と居間で寝ます」
「……じゃあ布団取ってくるから、ちょっと待ってて」
布団を1組持ってきたらそのまま抱き着いて寝そうだな、篝火さん……。
寝起き見られるかも、とかそういう恥ずかしさに勝るくらい、いちちゃんと寝たいのか。




