第10話 焦がれるほどに、憧れる
◇荷物持ち:篝火 桃視点
私は小学生の時、父の仕事の都合で何度も引っ越しをしていた。
その度に友達を作り直す。いつしか私は、短い期間だけ仲良くできればいいと表面を取り繕い、本当の意味で仲の良い友人を作ることが無くなった。
中学生になって、父の転勤が落ち着き、ひとつの中学校に腰を据えることになった。
控えめで、頼みごとを断れなくて、それでいて会話はちゃんとできる良い子。
前に出過ぎれば、より目立ちたい人に嫌われる。後ろに行き過ぎれば、陰湿な子に嫌われる。その絶妙な塩梅を見極めて。
そんな、「誰にでも好かれる人間」の仮面を被り続けた結果……気付けば、私は孤立していた。
切っ掛けは他愛のないことだ。クラス内で誰に付くかなんていう、ドラマやアニメの見過ぎとしか思えない派閥争い。そのどちらもに傾倒しない曖昧な姿勢が、どちらの目にも疎ましく映ったらしい。
別に虐められた訳でもない。ただ、私に話しかける人が居なくなっただけ。
肩の荷が下りた、と思った。もう仮面を被らなくても良いんだ、と。
ただ面倒なことに、中高一貫女子校だった為、私の孤立は高校卒業まで続いた。
ひとりの時間が続いて、私は読書に嵌まった。
特に、ダンジョンが出来るよりも前の時代に書かれた作品。著作権が切れ、ネットを使えば無料で読めるうえ、ダンジョンという今では当たり前の固定観念がないので、数々の独創的な作品が存在する。
異世界だとか、VRMMOだとか、ダンジョンものだとか。
特に、ダンジョンものは面白い。現代の常識とは全く異なる視点から描かれる作品は、見ていて飽きないものだ。特に、ダンジョン配信ものなんてまるで未来でも見ていたのか?と思えるほど。
ダンジョンが出現したとき、日本の被害が他国に比べて少なかったこと、他国よりも国民が落ち着くまで早かったことも、きっとこういった図書のお陰に違いない。きっと、先見の明があったのだ。
本の中では、主人公が仲間と共に笑いあり涙ありの冒険をする。私も、そんな冒険をしてみたい。誰とも話さずひとり本の虫になっていた私がそう思うまで、そう時間がかかることではなかった。
しかし、私の持ったスキルは攻撃性能こそ高いものの、射程が短い。でもきっと、攻略者になりさえすれば仲間と熱い冒険が出来ると考え、必死に勉強して国内有数の大企業へと進んだ。
私の攻撃スキルは極めて珍しいらしい。きっと、こんな大企業に拾われたのは私のスキルのお陰だ。
周囲が大学や専門学校を卒業しているなか、高卒でこの会社に入った私はかなり奇異の目で見られた。
だけど、高校時代のようなしがらみはここにはない。社会人として、不和を生まないようにしよう。
中高とは違って、周りは殆どが私より年上。きっと仲間外れにするようなこともないだろう。
だが、私の周囲に来るのは男の人ばかりだった。ダンジョン関連をメインとする大企業の社員なだけあって、皆明るく話しかけて来てはくれる。だけど、大柄な男たちに囲まれた私は、どうしても萎縮してしまった。
うまく笑えなかったのかもしれない。けど、周りの男の人はそんな私に気付かず、肩を触ったりしてくる。
言い知れない怖さがあった。思えば、父以外の男の人とこんな風に喋ったことがない。
逃げたい。だけど、逃げたらまた孤立してしまう。それは、これから先社会人としてやっていくならやってはいけないこと。
立ち向かわないと。これも、慣れないと。
グルグルと回る視界の中、どうにか言葉を紡ごうとした。
そんな時だった。
運命的な出会いを果たしたのは。
「離れて」
私の肩に置かれた男の人の手を、パシンと強く払いのけた人。
その行動に驚き、顔を見る。
そこには、見たことのないくらい綺麗な女性が立っていた。
スラリと伸びた手足。女性でも見惚れるプロポーション。愛想を知らなさそうな無表情な顔は、どこまでも美しかった。
一目見て理解する。この人は、私とは真逆の人間だ、と。
周囲を伺って八方美人を演じる私とは真逆の、自分というものを強く持つ人間。
「……大丈夫?」
「ひゃ……ひゃい……」
高校の時にも、女子にモテる所謂イケメン女子というのは存在した。だが、この人はそんなの目じゃない。
私の身長は同年代の平均程度だが、この人はそれより15センチは高いだろう。そんな人が、私の目線に合わせて心配の言葉を投げてくる……。正気でいられないのも、仕方がないと思う。
「男連中。可愛い女の子が入ってきたからって、群がったらダメ。デカいんだから怖がるのは当たり前」
「ご、ごめんって咲花さん……」
「謝るなら、私じゃなくてこの子に」
「あー、ごめんね?篝火さん」
「い、いえ……大丈夫です……」
「篝火さん?丁度良かった。ついてきて」
「え?あ……」
咲花さんと呼ばれたその女性は、私の手を握ってその場から連れ出してくれた。
私を探していたのだろうか?なんの用事なんだろ。手、あたたかいな。良い匂いするな。
なんて考えていたら、休憩室に連れ込まれて、椅子に座らされた。
「篝火さん……で、あってるよね」
「は、はい」
「私は咲花一華。篝火さんのメンターをするパーティーのひとり。もうちょっとしたら皆来るから、ちょっと待っててね」
「わ、かりました」
「なにか、先に聞いておきたいこと、ある?」
どうやって、媚びない強い人になれたんですか?とか。ちょっとだけ、聞きたいことはあった。
だけど、ここは会社。この人は先輩で、これから先指導者になる人。そんなことを聞く場面ではない。
入社後にすることは知っている。指導してくれるパーティーに入り、研修期間を過ごした後に各部署に振り分けられる、と。
そのひとりが、この人なのだろう。
「特に、ないです」
「ふぅん。じゃあ私から聞いてもいいかな」
「え?はい……」
「下の名前なに?」
「……桃、です」
「可愛い名前。モモちゃんって呼んでも良い?私のことは一華でいいよ」
「私は、嬉しいですけど……いいんですか?」
「うん」
「……一華先輩?」
「あー、かわいい」
一華先輩は、私の頭を撫でる。
大きな男の人に触られるのはあんなに怖かったのに、一華先輩の手で触られるのはとてもむず痒くて……とても嬉しかった。
「私、女の子の後輩のメンターになるのはじめて」
「そ、そうなんですか?」
「うん。しかもこんなに可愛い。ねぇ、連絡先交換しよ」
「わ……ぜひ……!」
グイグイ来てくれる。私が好かれるための仮面を被らなくても、被る前にこちらに踏み込んでくれる。
パーソナルスペースが近い人なのかもしれない。だけど、私の心はもう一華先輩に奪われていた。
私が研修で入ったパーティーは、皆女性だった。皆良い人だった。
たくさん必要なことを教えてくれて、とてもカッコよかった。
だけど、私の部署が魔物素材の解体担当に決まってからは疎遠になってしまった。仕方がない。彼女らは忙しいのだ。
その中でも、一華先輩はずっと私を気に掛けてくれた。
休日ですらも、私に付き合ってくれるのだ。
いつしか、私の目的はダンジョン攻略から、一華先輩と一緒にいることになっていた。
だから一華先輩が仕事を辞めると聞いた時に、私も一緒に仕事を辞めるのは至極当然のことなのだ。
『用事が出来たから、こっちの住所に集合で』
一度解散した後に、そんなメッセージと共に送られてきた住所を地図アプリで検索しても、ホテルの名前やアパートの名前などは出てこなかった。
頭の上に疑問符を浮かべながら承諾の旨を返信し、必要な買い物を済ませる。
少し遅くなっただろうか?と心配しながら集合場所に向かうと、そこには大きな一軒家が建っていた。
塀の広さから見てもわかる、大きな庭と一軒家。このタイプの日本家屋は、本の中ではよく見たが、実際に見るのは始めてだ。思わず口を開けて見上げてしまうのも、無理はないと思う。
一華先輩はこの中でもう待っているのだろうか?と考えながら、『着きました』とメッセージをしても既読はつかない。
話に夢中になっているのかと思い、ドアホンを鳴らすも反応はない。そもそも、この時間だというのに電灯がついていないので、誰もいないような気がする。
とはいえ、集合場所はここだ。既読がつかないなら、近くをぶらついて入れ違いになるのも一華先輩に申し訳ない。
暫しの待ち時間の後に、一華先輩は現れた。
どこまでも暗く、黒いガラスを嵌め込んだとしか思えないような……目の死んでいる男の人と一緒に。
ストックなくなりました




