第6話 不審者……じゃない?
「だ……誰ですか……?」
「え、俺が悪いの?これ」
振り返りながら天使の笑顔を浴びせてきた銀髪美少女ちゃんは、顔を真っ赤にしながら、いちちゃんの陰に隠れた。
その様子から見るに、いちちゃんの知り合いのようだが。
「モモちゃん、この人はこの家の主で私の幼馴染の唐金千花くん」
「あ、どうも。唐金千花です」
「えっ!一華先輩同棲すモゴモゴ」
「せん君、この子は篝火 桃ちゃん。私の元後輩で、荷物を運んでもらってたの」
モモちゃんと呼ばれた少女……篝火さんは妙なことを言いかけて、いちちゃんに口封じされた。
悪いけど、付き合ってない場合は同棲じゃなくて同居って言うんだよ。違うし。
「ぷはっ……一華先輩、ここに住むんですか?荷物ここに運んでって……」
「あ」
「いちちゃん?」
いちちゃんは手のひらの上に拳を乗せながら、何事かを思い出したかのような声を出した。
「せん君にお願いしようと思ってたの。住むところが見つかるまで、荷物置かせてもらおうかなって」
「あ、ああ、そういうことね。全然問題ないよ。空いてる部屋に好きに置いてもらったら」
「わ……びっくりしましたよ。じゃあ、荷物を置いたらチェックインしに行きましょ?」
「ごめんねモモちゃん、今日はせん君とごはんを食べるから、予定は明日にしよ」
「えー……約束ですよ」
いちちゃんは、むくれる篝火さんを後ろから抱きしめ、その頭をヨシヨシと撫で始める。ウルフカットで高身長のいちちゃんが、純粋な低身長天使系銀髪美少女に構うその姿は妙に様になっていた。
幼馴染の贔屓目なしにもいちちゃんは美人なので、まぁその、眼福です。
「というか、いちちゃん。先に用事があるなら言ってくれれば……」
「んー……あ、せん君。モモちゃんも一緒にご飯食べるとかどう?」
「え?篝火さんがそれでいいなら、俺としては何も問題ないけど」
「いや、私はありがたいですけど……いいんですか?食材の量とか……」
「それなら余るくらい買ってるから大丈夫だよ……とりあえず、家に入ろっか」
冷蔵庫に入れたいものもある。立ち話もなんだから、篝火さんが問題ないのであれば家に上がってもらおう。
普段から片付けているので、人を家へ招くのに抵抗はない。
俺は両手が塞がっているので、片手の空いているいちちゃんに扉を開けてもらった……が、いちちゃんはすぐに扉を閉めてしまった。
「いちちゃん?」
「……せん君、縁側の方は鍵開いてる?」
「……あっ。うん、開いてるからそっち回ろうか」
察した。
そういえば玄関、たぶん血塗れのままだ。何も知らない篝火さんに見せるのは憚られる。
「わー……こんな感じのおうち、初めてです」
「かなり古いタイプの日本家屋だからね。最近じゃ中々見ないと思うよ」
「へえ~。庭もすごく広いし、もしかして……結構お金持ち、とか?」
「あはは!祖父の代から継いでるだけだから、俺自身は全くかな」
縁側で靴を脱いで家に上がっていると、篝火さんが感嘆の声を挙げる。
俺なんかより、いちちゃんが居た会社で働いている篝火さんの方がよっぽど金持ちだと思う。
以前であれば、この話題は俺にとって地雷で、表には出さないが結構傷ついていただろう。
だが、今はスキルも成長し、未来を見ることが出来ている。全く気にならないし、この家に相応しい力を手に入れてみせるのだ。
「せん君。私、冷蔵庫に入れてくるから……」
「ありがとう。じゃあちょっと、玄関片付けてきます……篝火さんは、適当に座って待ってもらえたら」
「わかりました」
いちちゃんも、少しずつ明るくなっていたのに、また暗い顔に戻ってしまった。
汚れた包帯をビニール袋に叩きこみ、雑巾で土間に着いた血を拭っていく。まだ乾ききっていなかったのか、水だけで簡単に落ちた。
血塗れとは言ったものの、壁には付着していなかったし、包帯さえ片付けてしまえば大したものではなかった。
玄関から外に出て、屋外の水場で雑巾を濡らして絞る。
雑巾って、どれくらい握力があれば完全に水気を絞れるんだろう。捻じる力だから握力はそこまで関係ないのか?
そもそも自分の握力がどれくらいかわからない。高校生の時に測った時は平均くらいだった気がする。
身長体重は測る機会があっても、握力はな。
……測る機械がない、なんつって。
「せん君?」
「はいっ、すみません」
「……?」
「なんでもない。どしたの?」
「……いや、これ、どうするかなって」
いちちゃんは持っていた紙袋を示す。病院から持ち帰ったそれには、俺が着ていた防腐服が入っているはず。
少し、気まずい空気が流れた。
「あー、いちちゃん……改めて、嫌なもの見せてごめん」
「……私は、大丈夫だけど」
「なんというか……あんな風に自分で死に掛けになるなんて、おかしいよね」
「……うん」
「これからは、あんなになるのを見せることは無いから……本当にごめん、俺、おかしくなってたみたいだ」
「……ねぇ、せん君」
いちちゃんの手が、俺の手を掴む。
「……痛かった?」
「……まぁ」
「……ごめんね」
いちちゃんの声が震えていた。
俯く、いちちゃんの足元に……俺の手に、水滴が垂れる。
どうして、いちちゃんが謝るのか。
「いちちゃん……?」
「わたしが、わたしのせいで」
「……」
「わたしのスキルが、せんくんをずっと苦しめてた……っ」
「……!」
そうだ。
俺はいちちゃんに何を言った?
いちちゃんのおかげ。長い間耐えて。
こんなことを言われて……いちちゃんが、「自分のおかげ」だと胸を張れるだなんて、俺は思っていたのか?
普通なら。
今のいちちゃんのように、「自分のスキルが何度も、何年も幼馴染を焼いていた」と自責の念に駆られるのではないか?
いちちゃんが陰りの表情を見せていたのは、当然俺への心配もあるだろう。
だが、一番は……自分のスキルで俺が傷ついていることを知ったからじゃないのか。
無神経だ。俺は無神経だ。
そんなことにも気付かず、今度は「すぐ治る」と、いちちゃんの目の前で自傷を繰り返した。
浮かれていた。
「いちちゃん……ごめんね」
「……ううん」
「確かに、痛かった。けど、いちちゃんのスキルで苦しんだなんて思ってないよ」
「……なんで。きょうも、すごくあぶなかったって。いっぱい自分をおいこんだんでしょ?」
「まぁ、確かにそうんなんだけど……けど、いちちゃんのスキルがなかったら、俺もっと早く挫けてたよ」
「……どういう、こと」
力なく俺の胸に縋りつくいちちゃんの、その頭を優しく撫でる。
「大昔に話したけど、最初にいちちゃんからスキルを受けた時のこと、覚えてないんだ」
「……うん、聞いたことある」
幼少に、俺が病院で目覚めた時に、いちちゃんは俺に泣きながら謝っていた。
そこで何が起きたかを聞いて、今と同じようにいちちゃんを撫でながら、覚えてないし、気にする必要はないと話した。
「だけど、いちちゃんから話は聞いたし、俺のスキルでも火傷が出来るから、俺のスキルはいちちゃんのスキルの影響を受けたことはわかるんだ」
「……」
「だからこそ、俺は励みになったんだよ」
「……?」
「だって、それがなかったら……俺はスキルを発動させることすらできなかったんだから」
「……あ」
『過去に受けた攻撃スキルの影響を自身の肉体に再現する』。通常、攻撃スキルは人に向かって使うことは無いし、犯罪だ。頼んだって誰も使ってくれないだろう。
「だから俺は夢を見ることができたし……4年前の事件があっても、前を向けたんだ」
「……うん」
「だからね、いちちゃん。自分を責めないで欲しい。いちちゃんのお陰で、今俺は前を向いて生きようって思えているんだから」
「……うんっ」
「それに」
俺が言葉を付け加えるために一度撫でるのを辞めると、ほぼ俺の胸に抱き着いているいちちゃんは俺の顔を見上げてきた。
「いちちゃん以外のスキルなんか、出来たとしても【再現】してないよ」
「……ぇ」
「いちちゃんのスキル由来だから俺も気にせず使えるよねぇ」
「せ、せん君……それって……」
あわあわと何事か慌てながら、いちちゃんは俺から離れた。
顔が真っ赤になっているが、先ほどまでの自責に駆られたような表情は見られない。
もし仮にいちちゃん以外のスキルを受けたりなんかしていたら、それは命に関わる攻撃スキルの可能性が高いだろう。
だってそもそも、攻撃スキルって魔物を殺すためのものだし。
俺が軽く焼かれたのだって、スキルが発現する時に引き起こされる小さな火の筈。
俺がダンジョンにいる時、事故で攻撃スキルに巻き込まれたりしていたら……まぁ、命は助かっているにしても、死ぬかもしれないレベルの【再現】なんかしたくはないぞ。
もしも、いちちゃんの攻撃スキルが当たってなくて、今まで【再現】が使えなかったら……まぁ、誰かに土下座して「ちょっとでいいから攻撃スキルを手加減して俺に撃ってください!」なんていうとんでもないプレイを要求することになっていたことだろう。
そのことを考えれば、あの時いちちゃんの火を受けたのは幸運なのだ。
「……せん君」
「え、なに?どうしたの?」
「せん君のスキル、これからも使う?」
「……いちちゃんは嫌なんだよね?」
「……ううん、大丈夫。その代わり」
いちちゃんは、改めて俺に抱擁しつつ、耳元で囁く。
「これからも、私の【再現】だけ、してね」




