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第4話 転機

 目を覚ますと、幼馴染のいちちゃんが心ここに在らずといった風体で横に座っている。


「いちちゃん?ここは……?」

「……せん君っ!」


 辺りを見渡すと、ここは病院の一室のようだ。

 いちちゃんはこちらに手を伸ばそうとして、思いとどまるかのようにその動きを止めた。

 そしておずおずと手を退く。


「だ、大丈夫?」

「……あー、ごめん。見苦しい所見せた」


 最悪だ。

 追い詰められていたとはいえ、幼馴染の存在をそっちのけにして、俺は最低なことをしていた。

 もしも逆の立場なら、相当心配する。ここでいちちゃんに殴られたって仕方ないと思う。

 

 なのに、どうしてかいちちゃんは凄く申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ねぇ、せん君、もう……痛くない?」

「うん……大丈夫。回復スキルってすごいね」

「そ、そうだね……」


 左腕は綺麗に治っていた。以前からの火傷の痕も無くなっている。

 回復スキルは使っていれば成長するため、年齢を重ねている回復スキル保持者ほど優秀になりやすいのだとか。

 怪我をしていない人に回復をしても意味が無いらしいので、経験がものを言うのだろう。


「せ、せん君……えっと……」

「……ん」


 何を聞かれるのだろうか。自傷を咎められるのだろうか。

 何を聞かれても、正直に答えよう。

 あんなことをしてしまった罪悪感もあるが……俺はもう、ダンジョンを離れることを決めたんだ。

 未だ色んな感情が自分の中に渦巻いているが、ダンジョンと関わらない生活を過ごして、その感情との上手い付き合い方を探していくしかない。


「……起きたら、看護師さんを呼んでって言われてたんだ」

「そう、そっか。ナースコール押してもいいのかな」

「あっ、私呼んでくる」


 いちちゃんは、俺の返事を待たず逃げるように病室から出て行った。

 今聞かれないことに少しだけ安堵してしまった自分自身に嫌気が差す。

 最初に俺を発見した時、いちちゃんは何を思ったのだろうか。少なくとも、病院から出たら話をしないと。



 そういえば俺の服どうなったんだろう、などと考えながら窓の外を眺めていると、病室の扉がノックされる。


「千花君、起きたかい?」

「松里さん!ご無沙汰してます。松里さんの病院だったんですね」

「あはは。お祖父さんの時以来かな?……ご親戚の件は残念だったね……」


 扉を開けて入ってきたのは、祖父が亡くなる前に担当医だった松里さん。

 10年前の葬式以来会っていなかったが、元気そうでなによりだ。

 親族がダンジョンの発生に巻き込まれた件か。祖父の見舞いのこともあるので、俺の親族は全員が松里さんと面識がある。


「ありがとうございます……あの、治療してくれたのは?」

「ああ、ワシだね」


 納得がいった。松里さんももう70歳を超えるくらいだろうし、かなり経験があるのだろう。

 道理で古傷まで消える訳だ。


「さて……咲花さん、少し席を外してもらえるかな?」

「は、はい」


 入口の傍に立っていたいちちゃんは、松里さんにそう言われ、看護師と共に場を後にする。

 扉が閉まったのを確認した松里さんは、真剣な瞳を向けてきた。


「それで、千花君……あの傷のことなんだけど、自分のスキルによる火傷、ということで間違いないかい?」

「……はい」

「そうかい……」


 直球の質問。気付かれているのも当然か。

 医療機関を受診する時は、場合によってスキル検査を実施することがある。稀なケースではあるが、持っているスキルによって治療の方法が変わるケースも存在するらしい。

 救急搬送されたであろう今回のケースなら、俺のスキルを確認していてもおかしくはないのだ。


「……やっぱり、思い詰めてしまうとか、なのかな?」

「……そう、かもしれないです」

「……境遇を考えたら、仕方ないことなのかもしれないね」


 松里さんが言葉を選んでいるのがよくわかる。なんと言えば俺が傷つかないか……そんなことをさせてしまっているという事実に、尚も自己嫌悪に陥る。

 ……もし祖父や父が生きていたら、拳骨を喰らわされていたと思う。もう、自分にそうしてくれる人はいない。

 こんな感情を、どうやって他の人は処理しているのだろうか。


「ワシも、人の心に関しては専門外だから、あまり深く言う事はできないし……綺麗事を言うのも好きじゃないんだけどね」


 俺が俯いたまま黙って聞いていると松里さんは、でも、と言葉を続ける。


「咲花さんは、すごく悲しそうだったよ」

「……っ」


 わかっている。冷静になった今なら、俺だってそんなことわかる。

 ほとんど生まれた時から一緒にいるような相手だ。俺が死んだら悲しんでくれるだろう。

 だからこそ、俺は最低で、クズで……底辺なのだ。


「少なくとも、咲花さんとはちゃんと話をしてあげて、それからちゃんと適切な病院に通うべきだと思うね」

「……はい」


 ぐうの音も出ない程の正論である。

 今回ほど酷いのは初めてだが、自分を傷付けるしかないスキルにしがみ付いて生きていること自体、まともな精神ではないのだと思う。

 祖父の代から受け継いできた遺産も、高すぎる相続税と俺の収入が少ないせいでもう底が見えているのだ。

 まともになろう。


「うーん……歳をとると、説教臭くなっていけないな。まぁとにかく、思い詰めたら相談相手がいるってことだけ思い出すんだよ」

「はい……わかりました」

「それと、今回の診断結果……ああ、スキルの確認もさせてもらったんだけど、その結果は受付で貰ってね。腕も、違和感があったらまた来て。電話してくれたらすぐ診られるように手配するから」

「はい」


 普段は近所の診療所でスキルレベルが上がっていないか確認しているが、救急で調べた時も結果はもらえるんだな。

 どうせいつも通りの結果が記載されているだけだろう、とため息が出そうになる。

 同時に、それを見ることでスッパリとダンジョンを諦めることが出来そうな気もする。


「それじゃあ、これ……もう着られないけど、着ていた服ね。あ、その服は着て帰って良いやつだし、返しに来なくていいから」

「ありがとうございました」

「はーい、お大事に」


 微笑みを浮かべる松里さんに、深くお辞儀をしてから病室を出る。

 医療ドラマとかでしか見たことなかったけど、救急搬送されたら服を鋏で切られるって本当だったんだ。

 一応ダンジョン仕様のスライム対策ができる防腐服なので、ちょっとだけお高い。これもまたひとつの後悔だな、なんてため息を吐きながら受付に向かうと、待合の椅子にいちちゃんが座っているのが見えた。


「いちちゃん、お待たせ」

「……」

「……いちちゃん?」

「……あっ、せん君。終わったの?」


 座っているいちちゃんに声を掛けても、反応が無く、二度目の声かけでようやく反応した。

 何かを思い詰めているような、そんな表情……。俺の自傷が原因で、何かトラウマを植え付けてしまってはないだろうかと心配になる。

 ……先に心配を掛けた分際で、何様だと言う話ではあるが。


「うん。あと、診断結果を受付で貰うのと、支払いしたら終わりかな」

「そうなんだ」

「夜間窓口の方だから、行こうか」

「うん」


 気まずい。


「……ねぇ、せん君」

「ん?どうしたの?」

「……なんでもない」


 歯切れの悪いいちちゃんの様子を見ると、胸が苦しくなる。

 どうにか、もう大丈夫だって伝えないと。信頼されないかもしれないが、それでもこれからは心配をかけたくないと思ったことを伝えないと。


「いちちゃん、あのさ」

「唐金さ~ん?」


 勇気を出していちちゃんに声を掛けようとしたところに、夜間窓口の方から名前を呼ばれる。

 そちらを見ると、窓口の外に人が立っており、俺の到着を待っていた。

 タイミングの悪さにドギマギしていると、いちちゃんは俺の顔を見上げてくる。


「……呼ばれてるよ?」

「あ、うん……今行きます!」


 慌てて受付の人に駆け寄ると、既に俺に渡すものが用意されていたらしく、すぐに渡してきた。


「はい、これスキルの診断書」

「ありがとうございます……えっと、支払いは」

「あー、松里先生が支払いはいらないってさ」

「え?でも……」

「唐金さんとこのお孫さんから金なんか取れないって言ってたよ」


 この町に住んでいると、こういったことがよくある。

 唐金十造、皆に英雄と呼ばれる俺の祖父が居なければ、この町は存在しなかった。そう皆に言われるほどに、祖父は人々を救った。

 特に年配の経営者なんかは、ほぼ確実にこうやってお金を取らない方向に持っていく。無理にお金を支払おうとすると逆に嫌な顔をしだすので、基本的には甘えているのだが……。


 診療のお金って、払わなくても大丈夫なのだろうか?なんか税金的に払わないと駄目な気がするんだが……まぁ、医者が良いと言っているなら問題ないか。


「……ありがとうございます。って、松里さんに伝えてもらえますか」

「おっけー。じゃ、気を付けてね。お大事~」


 滅茶苦茶フランクな女の人……多分恰好からして看護師なんだと思うが、彼女は手をヒラヒラさせながら窓口横の扉の中へ去っていった。


「知ってる人?」

「いや……多分知らないと思うけど」


 その態度が気になったのか、いちちゃんも思わずと言った調子で聞いてくる。

 やっぱりそう思うか。知り合いじゃないとは思うのだが、年齢は近そうだし地元だからあり得ない話ではない。

 ただ、もしそうだとしたら、いちちゃんの方が分かると思う。女子だし。


 貰った封筒から診断書を取り出しながら出入り口に向かっていると、いちちゃんに話しかけられる。


「せん君。さっき、なんて言おうとしてたの?」

「あ、そうだった。いちちゃんに謝ろうと思って……」

「……なんで?」

「あんな現場見せて……嫌な気持ちになったでしょ?」

「嫌な気持ち……というか……せん君?」


 パサリ。

 俺の手からスキルの診断書が落ち、立ち止まる俺を不思議に思っていちちゃんは振り返ってくる。

 これでもう終わりにしようと思ったんだ。謝って、ダンジョンから離れて……別の仕事見つけて、頑張ろうって。

 

 手が震える。呼吸が早まる。

 気が付けば、俺はいちちゃんを抱きしめていた。


「せっ……せん君!?なに、どうしたのっ!?」

「ありがとう……ありがとう……っ」


 夜、病院から出てすぐ、幼馴染とはいえ女子を抱きしめる蛮行。

 それでも、今だけは許してほしい。


 地面に落ちた診断書には、こう書かれていた。


『特殊スキル【再現】

 スキルレベル:2

 ・過去に受けた攻撃スキルの影響を自身の肉体に再現する

 ・過去に受けた回復スキルの影響を自身の肉体に再現する』

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