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第3話 私の幼馴染はつよいひと。

 ◇幼馴染:咲花(サクハナ) 一華(イチカ)視点

 


 ピン、ポーン。


 押せばピンと鳴り、離せばポンとなる。

 昔ながらの呼び鈴は、子供の時の私たちには格好の玩具でしかなかった。

 何度も鳴らし、彼の母親に叱られていたのをよく覚えている。


「せん君、いる?」


 いる?などと聞いてはいるが、帰ったことを確認してから呼び鈴を鳴らしているのだ。

 自分でも白々しい言葉だと思い、少し笑いが込み上げてくる。


 ピン、ポーン。


 唐金(カラガネ) 千花(センカ)。

 私がいちのはなで、彼はせんのはな。だからせん君。

 最近のせん君は、凄く疲れたような顔をすることが多い。

 原因はわかっている。4年前に起きた、過去に類を見ない唐突なダンジョンの現出。それによって、彼は身寄りを無くしている。

 

 だからこそ、一番近しい私が彼を支えなければならないのだ。

 せん君の家族の次に近い、昔からずっと、ずーっと見てきた私が。


「……せん君?」


 普通はすぐに出てくるはずなのに、物音すら聞こえない。

 一抹の不安に、胸がちくりと痛む。いいや、大丈夫。せん君は、凄くつよいひとなんだ。

 いつだって私のヒーローで、生きる目的で。


 引き戸に力を加えると、いとも容易く開き始める。

 不用心だ。せん君はこんなことしない。いつも出てくるときは鍵を開けている。

 心臓の音がうるさくなる。ああ、嫌だ。私はせん君とは違うから、すぐにネガティブになってしまう。

 空き巣が潜伏していたらどうしよう。せん君は戦えるスキルを持っていないから、何もできずに襲われるかもしれない。

 魔物に襲われた傷が悪化したかもしれない。せん君は近くのダンジョンの1階層でいつもスライムを狩っているけど私が見ていない間に何か事故が起きてしまって、怪我をしているかもしれない。

 

 そんな最悪はいつも起こらない。杞憂という言葉が私程似合う人はいないかもしれない。だけど、空き巣が入っていたらすぐ制圧しないと。思わず右手の先から火花が散った。

 恐る恐る開いていく扉から差し込む光が、私の陰を落としながら玄関を照らすその時まで、私はそう思っていた。

 

「……!せ、せん君!」


 嗅ぎ慣れた、肉が焦げる異臭。

 土間に撒き散らされた黒い液体と、汚れた包帯。

 何が起こったのか、何かがいるのか、そんなこと考えている余裕はなかった。

 虚ろな目で私を見たせん君は、そのまま何も言わずに目を閉じてしまった。

 ……彼の左腕は、直視をするのが難しいくらいに惨たらしく焼け爛れていた。


「き、救急車……」


 すぐに助けてもらわなきゃ。

 せん君が、死んじゃう。










 

 病院のベッドで横になるせん君は、安定した呼吸でゆっくりと眠っている。

 そこで初めて、私自身もちゃんと呼吸出来たような気がした。

 せん君は、命にかかわるような怪我ではなかったらしい。

 せん君の家に行ってよかった。扉を開けようとしてよかった。間に合って、よかった。

 せん君の夢は、ダンジョンで成功することなんだ。その夢がまだ終わりそうになくてよかった。


 安心と同時に、ふと疑問が湧いてくる。じゃあ、誰がこんなことを?

 結局救急車が来るまで、せん君を襲った人間は出てこなかった。家の中が荒らされたような感じもなかった。

 

「唐金さんの付き添いの方ですね?少しよろしいですか?」

「……はい?」


 思案の途中に看護師から声を掛けられたので、仕方なくせん君から離れて診察室に行く。

 前時代的なコンピュータと、何かの本を広げた女性の老医者がそこには待っていた。

 彼がせん君を治してくれた人だ。熟達した回復スキルの使い手らしい。


「あー、咲花一華さんだね。唐金千花君を治療した松里(マツリ)です」

「あ、どうも……私の事、知っているんですか?」

「君は有名人だからね。もちろん、いい意味で」

「あはは……」

 

 有名人。あまりそう言われるのは好きじゃない。

 せん君に相応しい人となりたくて頑張っただけで、有名になりたかったわけじゃない。

 まぁ、言われてしまうのも仕方がない。ひとえに、持っているスキルが恵まれただけではある。


「まぁ、本題なんだけどね……まず、唐金千花君の容体は安定しているし、幸い発見が早かったから後遺症も残らないね」

「それは、よかった……」


 心底の安心。胸を撫でおろす。

 だが、続く言葉は私を揺さぶる。


「ただ、怪我の原因なんだけど……端的に言うと、高温の炎による熱傷なんだよね」

「ねっしょう……?」

「そう。火による火傷。逆に、化学薬品とかスライムによる火傷だと化学熱傷って呼ぶんだけど、千花君は今回の場合明確に火による熱傷だと断言できるんだ」


 彼を、火で焼いた奴がいる?

 そんなの、許せるわけがない。火は彼にとって英雄の象徴だ。英雄であり彼の祖父、唐金十造(じゅうぞう)は、その身から溢れる劫火にて人々を救った。

 そして、私自身も火を操るスキルを持っている。


 それなのに、彼を火で炙り、苦しめて……見つけた時彼は意識があった。

 意識があるままに、焼いて苦しめたというのか。私の、大切な人を。

 絶対に見つけ出して……骨も残さず。


「それで、念のため彼のスキルを確認したんだけどね」


 ドクン。

 心臓の跳ねる音が聞こえた気がした。

 せん君のスキル。彼は話したがらない、そのスキル。

 一度だけ、本当に一度だけ、小さい時に聞いたことがあるそれを、松里先生の言葉で今思い出した。


「彼自身のスキルの効果による熱傷の可能性が一番高い、という結論になったんだ」


 【再現】。

 その身に受けた攻撃を、その身に再現するスキル。

 私のスキルを羨ましそうに見つめながら、彼が珍しく弱気になりながらも教えてくれた。


 事故、だった。彼よりも少し遅くスキルが発現した私は、偶然彼と一緒にいる時に火を噴き出して。

 彼の右腕を少し焼いた。

 火傷は大したことがなかった。それ以上に、驚いて後ろ向きに倒れたせん君は、頭を打って血を流して気を失って。

 偶然通りがかったお姉さんが救急車を呼んでくれたから、大事には至らなかった。


 そんな記憶。


 視界が捻じ曲がる。景色が遠のく。周囲が暗くなる。

 吐き気がする。呼吸が浅い。

 嘘だ。これも杞憂だ。心配し過ぎだ。

 他の、他の誰かのスキルに違いない。


 私の出した炎が、彼をああも追い詰めるだなんて。

 そんなこと、信じたくない。

 だが、続く先生の言葉は、私の心を砕くのに十分であった。


「それに、彼の体に幾つも古い火傷の痕があったんだよね。多分、常習的にしてたんだと思う」




 ◆幼馴染:咲花(サクハナ) 一華(イチカ)視点 終了

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