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第2話 昔話、絶望

 俺の祖父は、なんでもない田舎生まれ田舎育ちのごく一般的な青年だったらしい。

 およそ半世紀前……世界にダンジョンと呼ばれる構造体が出現するまでは。

 

 ダンジョンは、街中だろうと土の中だろうと、空の上にすらも出現するほどに場所を選ばずに顕現する。そして、運悪くその場所と重なってしまった人間は、行方不明として処理されその後見つかることはなかったそうだ。

 だが、ダンジョンの真の脅威はそこではなかった。


 あれは、伏魔殿である。


 当時の首相が言い放ったその言葉は、今でも歴史の教科書に載っている。

 ダンジョンの中は、まさに魔の巣窟。人とも動物とも違う……ただ純粋に人間の絶滅を望んでいるのでは、という程に悪辣な存在が蔓延っていた。そんな存在を日本では、当時から今に至るまで魔物と呼んでいる。

 あまりに残酷な描写はされなかった。祖父も、その当時のことを細かく話そうとはしなかったから。

 だが、事実だけでも当時どんなことが起きたかは想像に難くない。


 世界人口の半数が、ダンジョンの魔物によって殺された。

 それも、たった一日で。


 世界の終わりだ、と誰かが言った。各国で無政府状態となり、人が人を殺し、犯し、奪う。まさに終焉を体現していた。

 だが、滅びかけた人類に転機が訪れる。

 それこそが、『スキル』の存在だ。

 ダンジョンが現れた時と同じように、突然のことであった。

 同時多発的に、世界各地で体から火を発する者、雷を振りまくもの、暴風を撒き散らす者……あらゆる特殊能力を持つ人間が現れる。

 そして、ダンジョンから溢れる魔物を駆逐した。


 祖父は、その中のひとり。ダンジョンから溢れる魔物を、目覚めた強力なスキルに依って殲滅し、この地に安寧を齎した英雄である。

 災厄の傷跡は各地に残るが、英雄たちの出現により、世界は安息を取り戻したのだ。




 俺は、そんな祖父の昔話を聞くのが大好きだった。

 ダンジョンから溢れる魔物を炎の槍で貫き、俺の祖母を救って結婚した話。

 ダンジョンに潜り、その強力無比なスキルによって財産を築いた話。

 父も母も、その話を祖父がするたびに苦笑いをしていたのを覚えている。またその話か、と。しかし、嫌な顔をする者はひとりとしていなかった。

 

 そんな祖父も、老衰によって死んでしまった。享年70歳。

 当時10歳だった俺は酷く泣いて……参列していたたくさんの近隣住民に頭を撫でられていたっけか。

 祖父みたいなダンジョン攻略者になるんだ、と大言壮語を吐き散らかして、そのために強力なスキルが必要だと知って。

 そこではじめて、今に至るまで続く絶望を味わった。


 スキルは不平等だ。

 俺の様に恵まれなかった人間は、早々に現実を見てダンジョンから遠ざかる。

 何度も諦めかけた。そのたびに、何度も自分を奮い立たせた。


 将来祖父のようになりたいと言えば、祖父は笑って俺の頭を撫でる。

 その手の感触が忘れられない。その笑顔が忘れられない。




「……痛い」


 グズグズになった左腕から伝わる痛みが、俺を今へと引き戻す。

 激痛と痺れが交互に訪れるその感触は、俺の心に一抹の焦りを生んだ。


「……諦めなきゃ」


 そもそも何故俺の左腕が焼け爛れているのか。

 当然俺のスキル【再現】によるものだ。その元は大したことのない、火系統の攻撃スキル。

 幼少の折に、幼馴染の女の子が発現させたスキルを間近で受け、俺は火傷を負った……らしい。

 すぐに気絶してしまい、目が覚めたら病院で、既に火傷の痕が残らないくらいに治っていたのだ。【再現】できているということは実際に火傷をしたのだろうが。


 ……いや、違うか。そんなことはどうでもいい。

 何故自傷をするのか。俺だって元々やりたくてやっていた訳じゃない。親は当然心配するし、祖父だって拳骨を食らわせる。だから、体の目立たない部分に少しだけ火傷を作って、治ってはまた少しだけ火傷……の繰り返しだったのだ。


 箍(たが)が外れた。

 祖父が死んで10年経った命日。毎年親族を集めては墓参りをして、会食をする。

 祭り好きだった祖父を想い、大人数で笑いあうのだ。地域の名立たる英雄の親族なだけあり、店側も毎年喜んで場を用意してくれる。年季の入った、良い店だった。

 俺はただ、一度家に荷物を取りに戻っただけ。


 

 今、その場所はダンジョンになっている。


 

 父ちゃんも、母ちゃんも、ばあちゃんも。

 辰にぃも、もっくんも、桜ちゃんも、花恵姉ちゃんも。

 相田のあんちゃんも、まだ幼かった優紀くんも、花恵姉ちゃんが愛おしそうに撫でていたまだ生まれていない命も。


 みんな。

 死んだ。



 

「……ぅ」


 認めたくない。諦めたくない。

 だというのに、俺は無力だ。

 あのダンジョンを攻略して、みんなの仇を取りたい。

 その感情が、俺から枷を外した。


 

 スキルは使えば使うほど成長する、とされている。

 だからこそ痛みに耐えて今までスキルを使い続けてきた。

 だが、つい先日イギリスの研究者がある実験結果を公表した。

 『ウィンストンの4つ子実験』と呼ばれるそれは、攻撃スキル、回復スキル、補助スキル、そしてそれらに属さない特殊スキルのそれぞれを保有する4つ子を対象にした実験。

 スキルがどれくらい使えば成長するのか。ダンジョン内の魔物を討伐する際のスキル要否による成長度合いの差を、実験結果とした。


 唯一、特殊スキルだけ、10年という実験期間が終了するその日まで成長しなかった。

 スキルの成長は急激に発生する。例えば、火を出すだけだったスキルが成長すれば爆発を起こせるようになったり……それだけの変化が起こるのだ。

 その急激な成長段階を、スキルレベルと表現している。


 その理論で行くなら、【再現】は特殊スキルであり……スキルレベルは一生1のままである。

 俺の絶望がわかるか?

 祖父は英雄。ダンジョンにあこがれを持ち。

 そしてダンジョンに親族をまるごと奪われ。

 挙句の果てには、実験結果に「お前は成長しない」と付きつけられる。


 信じて使い続け、今まで以上に使って、見るも無残な有様になった左腕。

 

 

「……もう、いっそ」


 

 涙が溢れて止まらない。

 心臓の脈拍に合わせて左腕に痛みが走る。

 ふふ、俺の【再現】は、自慢じゃないがかなり応用が利くんだ。

 あの日どこを火傷したのかは知らないけど、再現できる場所は自由に選べる。左腕を選んだのは、単純に利き腕じゃないことと、長そでを着れば簡単に隠せるから。

 その場所というのは……体外に限らないんだ。

 その気になれば肺を焼ける。心臓を焼ける。脳を焼ける。


 そうすれば、解放されるだろうか。

 そうすれば、あの人たちが待つあの場所に行けるだろうか。


 

 緩慢な動作で、血にまみれた左手で目元を覆う。

 ああ。

 痛いのは一瞬だといいな。



 そんな俺の決意は、その瞬間鳴らされた呼び鈴によって砕かれることとなる。

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