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第29話 白い少女

 胃に溜まった血液を吐き出す。

 気分は最悪だが、生きていたことを喜ぶべきだ。

 ダンジョンの中だと言うのに、わんわんと泣くいちちゃんと葵の頭を撫でて宥める。

 【再現】で自分に回復をかけられることの有用性がよく理解できた。それよりも殊更気になるのが、内臓が欠損するレベルの怪我でも生き残れる回復スキルを持っている松里(マツリ)さんの凄まじさ。

 酷い状態の火傷だけでなく切り傷も治せるので、高レベルの回復スキルであることは察していたが……まさか欠損まで数秒で修復し、生き残ることが出来るとは。

 

 あと、どうして俺は装備の前面が消し飛んでいるのだろうか?

 祖父の形見があられもない姿に……。シエンによって穴を開けられたのは覚えているけど、気を失っている間に一体何が……。


「せん君……せん君……」

「千花兄ぃ……」

「ごめんね、もう大丈夫だから」


 目の前であわや死亡するほどの大怪我を負って、ふたりはどうしても錯乱しているらしい。引っ付いて離れなくなってしまった。逆にモモは冷静に周囲を見渡している。先ほどは魔物相手に後れを取っていたが、今は頼もしい事この上ない。

 ……少し怒っているような雰囲気があるのは気のせいだろうか?今回は自傷じゃないので許してほしいのだが……。

 配信の管理画面に目を向ける。視聴制限が付いていない状態で大惨事を映してしまったが、今回の一件は言うまでもなく大事件だ。ダンジョン内で殺人未遂を犯すような人間が、捕まることなく逃げてしまった。逃がしたことで俺たちが罪に問われることはないだろうが、ここを出たら色々と事情聴取をされるだろう。

 どれくらいの人が見ていたんだろうか、という程度の気持ちだったのだが。


 

『現在閲覧者数:37522人』


『縦笛を貰うぞ : 爆発しろ』

『間引きプリン : あっから生き残れるのなに?どういうスキル?』

『ピイピントアレ : 銀髪の子が回復役ですか?』

『カレントパイ : 銀髪の子、どういうスキル?』

『道産子雪だるま : モモちゃん健気過ぎて推せる』

『タイラントタランチュ : 空気読めよ、大事件だろこれ』

『白ちゃそ応援隊長 : 白ちゃん無事で良かった。助けてくれてありがとうございます』

『偶然角激突愛好家 : なんかあうあう言ってる人いて笑う』

『気持ちは小学生 : 誰?なんでみんな無視してるの?』

『出会いと収入ゼロ : アーカイブは残しとこうね』

『脱サラ攻略者 : シエンって奴中国語話してなかったか?』

『ホァンリングァンリン : 中国人がどうやって日本のダンジョンに入ったんだか』

『弱弱しく鰯 : ビクビク白娘激萌え侍』

『エラ子 : @ホァンリングァンリン お前が言うな定期』

『ホァンリングァンリン : @エラ子 生まれも育ちも日本じゃい』

『幽夜七海月 : せん君生きててよかったね』

『白ちゃそ応援隊長 : 白ちゃん、頑張れ』


 

 見てない間に視聴者の数が爆増している。……まぁ、仕方ないか。伏魔大氾濫の疑いがあり、派手な爆発で大量の魔物を蹴散らした後、ダンジョン内での殺人未遂事件を放送している。ここまでの大事件が連続して起こることなんてありえるのだろうか?不運すぎるだろ。

 とはいえ、生きていたから問題ないし、こうしてここで騒いでいても魔物が来ないという事は、かなり数が減った証拠だ。……目下、あの男は怪しすぎる。たくさんの人が見ている中の犯行だったから、今後シエンが他のダンジョンに現れた時に友好的な態度で近寄られて、貫手で殺される……なんてことはないと信じたい。


 ……謎は深まるばかりだ。あいつは一体どんなスキルを持っていたのか。普通に考えて素手で人体を貫通させられる訳が無い。そう考えれば、相手を脆くさせる攻撃スキルか、自分を強化する特殊スキルなのかもしれないが……そんな都合が良い特殊スキルを聞いたことは無いし、それだと姿が掻き消えたことに説明がつかない。

 それに、コメントにある通り中国語を話していたのも気がかりだ。ダンジョンは、国家間の取り決めにより自国籍の者以外は立ち入れないようになっている。カッコつけて中国語を決め台詞にしている痛い犯罪者か、あるいは……。


「——ぁぁぁあのっっ!」

「うわっ、びっくりした」

「誰!?」

「せ、千花兄ぃっ」


 突如横から声をかけられる。モモの声ではないのに、モモよりも近い場所から声を掛けられた。その事実に思わず肩を撥ねさせてしまう。

 先ほどまで誰もいなかった筈の場所に急に現れたその人から庇うように、いちちゃんは俺の前に出る。葵も俺に手を向けているので、今度こそスキルを使って俺を守ろうとしているのだろう。……まぁ、杞憂だと思うけど。


「……はぁ。あの、白さんですか?」

「は、は、ははははいっ、し、視聴者さんか、からは、白と呼ばれて、ます」


 モモは少し溜息を吐きながら、その全身が真っ白な幼く見える少女に声を掛ける。……モモ、今ちょっとふたりに呆れてた?

 

 髪も肌も、服装も。神秘的なほどに白く……一度認識してしまえば、なぜわからなかったのかと言うほどに存在感がある。可愛らしく、ダンジョンとは関係ない場所で見かけたら未成年にしか見えないほど。

 コメント欄を見た感じ、先ほどから配信には映っていたようだ。それを見ていたので、何かしらのスキルを使った白さんが近くに居ることは察していた。

 そんなに大きい声で声を掛けられるとは思ってなかったが。


「いちちゃん、葵、大丈夫だから。白さん?とりあえず、こちらの配信に映っても大丈夫ですか?」

「え、あ、そそそ、そうですよね。は、はいしんちゅう……み、みてるひと、いいい、いますか?」

「3万人以上見てますね」

「さ……」


 視線キョロキョロ、態度オドオド、言葉ドモドモ、猫背ニャーニャー……最後のは違うか。

 白さんは一呼吸置いてからドローンボットの方へ体を向けると、カメラに対して指を差した。


「まぁいまのぉ?演技ですけどぉ?騙されちゃった感じぃ?キャハ!じょーほーじゃくしゃさんたち、ざっこぉ♡あたしのぼーりゃくに負けちゃってかわいそー♡」

「「……メスガキだ」」


 俺とモモの声が重なる。いちちゃんと葵は、白さんのそのキャラ変化に呆然としている。

 無理があるだろ。攻略者やってる時点で18歳以上なのに。


『白ちゃそ応援隊長 : 白ちゃんかわいい!』

『白ちゃそ応援隊長 : コミュ症なのに視聴者には強気』

『白ちゃそ応援隊長 : ぼっちかわいい』

『白ちゃそ応援隊長 : ……あれ、コメントが』

『マルでバツイチ : お前らが幸せならそれでいいよ』


 視聴者の脳も一時的に破壊したようで、コメント欄の流れが止まってしまった結果、大盛り上がりの白ちゃそ応援隊長による連投が始まってしまった。

 なんだろうね、年齢が分からないならまだ見ていられるんだけど、成人女性のメスガキムーブはなぁ……。

 声が完璧にメスガキなのも妙に癪に障る。


「……千花さん、やっぱり腹パンでわからせましょうよ」

「やっぱりとは?物理より精神的わからせの方が良くない?」

「あっ、確かに。配信やめた後が楽しみですね」

「ふたりとも、なんてことを話してるの……」


 モモ……?なんか性格変わりました?あと俺、さっき腹パンで腹部を突き破られているので、今その話題はちょっと。

 流石にいちちゃんも肩の力が抜けたのか、俺たちになんとなし声を掛ける余裕は出来たようだ。

 思わぬ変人の投入でだいぶ雰囲気が和らいだ。さっきの状況で帰っていたら、俺とモモはともかく、いちちゃんと葵はずっとあの調子だったかもしれない。

 

「あ。このドローンボット、白さんのですよね?」

「そーそー♡さっきのおにいさんにぃ♡ぶっ壊されちゃったぁ♡」

「こっち見て話してもらっていいですか?」

「えー?♡よわよわお兄さんと話すとか♡むり♡」


 カメラの方を見ながら喋り続ける白さん。

 雰囲気の緩衝材となったことに感謝はしているが、話が進まない。まだ言葉に詰まっていた方がマシなので、配信は止めることにしよう。

 というかそもそも。純白のミステリアスロリがメスガキムーブするのは解釈違いなのだ。


「と、いう訳で。これから大事な話が飛び交うので、今日のところ配信は終わりにします」

「えっ」

「来てくださった皆様、どうもありがとうございました。また来てくださいね」


 困惑する白さんを無視してそのまま無慈悲に配信を止めたところ。

 モモが笑顔でサムズアップしてきたので、俺も返しておいた。

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