第28話 出会ってから、まだ
◇荷物持ち:篝火 桃視点
千花さんと出会ってから、まだ1日しか経っていない。
通常であれば、為人を知るには極めて短い時間だろう。だが、出会ってから今までほとんどの時間を一緒に行動していれば、彼に対する評価はどうしても固まってくる。
あまりにも目が死にすぎている部分を除けば、容姿は整っている。……どの角度からも目のハイライトが無いのは、一体どういう原理なのかわからないが。
それに趣味が合う。私と同じようにたくさんの昔の本やアニメを見たのだろう。それだけではなく、古いインターネットミームにも明るい。……今まで男性の友人ができたことはなかったのだが、共通の話題があるのでそこまで緊張せずに済んでいる。休日はいつでもバーベキュー!ウェーイ!みたいな人だったら、一華先輩と一緒であっても同じ家に住むことはなかっただろう。
まぁ、そんな男だったら一華先輩が好きになるわけもないか。一華先輩の千花さんに対する好意は、第三者の目から見ても明らか。あんなに男に冷たかった一華先輩が、千花さんにはベッタリ。わかり易すぎるし、私が千花さんと話しているときも嫉妬混じりの目で見てくる。……大丈夫なので、そんな目で見ないでください。
表面的な評価はそのくらい。良い人そう、と誰もが思うだろう。
だが、彼は異常だ。
自分を大切にしない。彼が守りたい人の中に、自分自身が入っていない。
……いや。もっと言えば、彼は傷付きたがっている。自分が傷付くことに価値を見出している。
スキルがそうだったから、自分は傷付くべきだと考えているに違いない。
それで言うなら、一華先輩も少しおかしい。彼のスキルの再現元は一華先輩のスキルのはずなのに、どうしてそれを受け入れられるのだろうか?私なら、私のスキルを使って自傷されるなんてのは耐えられない。
千花さんが自分自身を大事にしないこと。私がとやかくいうべきではないのに、妙に苛立つ。それを受け入れている一華先輩も、彼の妹分だと言う葵さんにも。
私が彼と同じスキルを持っていたら、絶対にダンジョン以外の道に行っていたと思う。諦めずに夢を追い続け、そのどこかで壊れてしまったのかもしれない。
——今だってそうだ。
千花さんは、仰向けのまま目を閉じて動かない。
腹部に突き刺さった腕を私の【現喰】で除去した。腕だけを削ることができず、彼の腹の内側も削ってしまった。
瞬間に、血が溢れた。ぽっかりと空いた穴がから血に濡れた地面が見えた時、胃の中身がせり上がってくるのを感じた。
体にそんな穴が空いて、人は耐えられるのか?即座に死亡するのが普通じゃないか?
だというのに、彼はスキルを使い切った。腹部に空いた穴は塞がり、表面上は全て問題ないように見える。
吐きそうになるのを抑え、刺さっていた腕と千花さんの肉片を取り出す。これを、いつまでも私が持ちたくない。
彼が目を覚ましたら、謝らないと。彼のお腹を私のスキルで削ってしまったこと。でもよかった。なんとかなりそうで。これで、彼が死んでいたら、私は——。
「せん君!やだ!死なないで!」
「千花兄ぃ……あ、やだ……」
……2人はまだ冷静になれないようだ。
仕方ないか。どう見ても、2人は千花さんのことが好きなんだ。
目の前で好きな人が殺されかけて、冷静でいられないのもわかるが……さっきまで死にかけていた人を揺らすのはどうなんだろう。
……目を覚まさない?
慌てて千花さんの横にしゃがみ、呼吸を確認。……脈は。心臓は。
——止まっている。
かひゅ、という、自分から出たとは思えない音が聞こえた。うまく呼吸ができなかった。どうして?傷は治っているのに、心臓が動いていない?
……私が?私のスキルでトドメを差したのだとしたら?だめだ。死なせるわけにはいかない。
一華先輩も葵さんも、絶対に壊れる。私も……今後一生の呪いになる。
ぐちゃぐちゃになる感情とは裏腹に、思考は妙にクリアに働いた。攻略者講習で救命措置は習っているし、ちゃんと覚えている。
……一華先輩は泣き縋って、葵さんは涙を流しながら呆然としている。ダメだ。私がやらないと。
胸骨圧迫と人工呼吸を30対2で行う。覚えている。大丈夫、冷静になれ。
千花さんの装備が邪魔だ。脱がそうにも、装備に染み込んだ血液が邪魔で上手くいかない。
すみません、千花さん。起きたら後でちゃんと謝罪します。
心の中でそう呟きながら、装備を少し引っ張り上げ、【現喰】で前面を除去する。インナーも同様に。
衣服に隠れていた素肌が見える。その胸の中心に両手を重ね、全体重を掛けて押す。1、2、3……。
押すたびに、口や鼻の中に残っていたであろう血液がドロリと漏れ出てくる。その度に、ふたりの喚き声が大きくなり、耳に残る。
30を数える前に、一華先輩へ声をかけた。
「一華先輩!人工呼吸を!」
「せん君……やだ……いかないで……」
「葵さん!!」
「千花兄ぃ……」
「ああ!もう!!」
使えない。理解は出来るが共感できない。どうして今この状況で感情を優先できるのか。
目の前に横たわるのはお前たちの好きな人じゃないのか?好きな人だからこそ、何も出来ないのか?
考えている時間はない。早くしなければ、取り返しがつかなくなる。
……頭は打っていない。頚椎を損傷していなければ、他に気道確保に気をつけることはなんだ?……ダメだ、そこまで思い出せない。
スキルでガーゼを取り出し、血に塗れた口元を拭う。
千花さんの顎を持ち、少し持ち上げた。鼻を塞ぎ——。
千花さんの胸が上がる。肺に空気を送れていると見ていい。
1秒かけて……もう1度——。
すかさず胸骨圧迫を再開。
最初ほど力が出ない。疲れた。腕が痺れる。
もっと体を鍛えておけばよかった。はやく目覚めてほしい。涙が落ちる。
……死なないで。
「——ゴボッ」
「!?せん君!」
「千花兄ぃ!千花兄ぃっ!?」
ビクン、と千花さんの体が仰け反り、血を吐き出す。
呼吸が戻った?もう終わって大丈夫か?千花さんの胸に手を当て……心臓が動いている。
汗が垂れる。涙も。
「……あぇ?いちちゃ、あお、い?」
「せん君!!!よかった、よかったよぉ!!」
一華先輩と葵さんが、意識を取り戻した千花さんを抱きしめる。
よかった。生きている。よかった。
肩で息をしながら……私も、心の底から千花さんの生還を喜ぶ。
同時に、嫌な思考が浮かんでくる。
自分で自分が嫌いになりそうな、そんな考え。
どうしてふたりは、そんなに無邪気にも喜べるんだ。
——私が、千花さんを助けたのに。
◆荷物持ち:篝火 桃視点 終了




