第27話 悪意
「可恶ッ……っあ~、こんな予定じゃなかった」
「ぐっ、ぁっ……」
グリグリと腕を捻じる。シエンのその動作で、頭の奥で星が瞬くほどの激痛が走る。
気絶したくても出来ない。否。気絶したら終わる。
【再現】で回復しようにも、ここまでの怪我が治せるかわからない。治せるとしても、腕が俺を貫いている今は、何もできない。
ゴポ。
口から血の塊が零れる。命が急速に消えかけるのを感じる。
昨日は死にたいとまで思ったのに、未来が見えれば死にたくなくなる。
そんな単純な生き物なんだな、とか、今の状況にそぐわないことが頭をぐるぐる回っている。
「千花兄ぃぃぃッ!!!」
葵の叫ぶ声が遠く感じる。
油断した。人の気配を感じた時。念のため葵のスキルを使ってもらっておけばよかった。不用意に怪しい人物に近づいた、俺の判断ミスだ。
「せん君をッ……離せッ……!」
「おおっと、炎神姫。その炎でどうする?」
「黙れ!」
辺りに散らばる火花。白い炎の鎧が、いちちゃんの身を包む。
それと同時に、俺を貫いているのとは反対の手で俺の頭を掴むシエン。
ミシ、と骨の軋む音が脳まで響く。
「解除しろ。頭を潰すぞ」
「うぐ……」
情けない。力が入らない。
油断した。愚かだ。
自責の念が脳内を占有し……血が足りない。しこうが、まとまらない。
白い輝きが消える。
「な、に、を……」
「……チッ、怒られるよなぁ。頭に血が上ったってことで、いいよなぁ?」
この男が何を言っているのか。何が言いたいのか。何も理解できない。
体の感覚が失われていく。
命が。消える。
——!
「うお……っと。チッ、痛ぇなぁ!クソ!」
瞬間。
虚空から伸びた光線が、俺とシエンの間を駆ける。
シエンは身を捩り避けようとするも、俺の体を貫いていた右腕は切断された。解放された勢いのまま、その場に倒れる。
いちちゃん……ではない。モモでも、葵でもない。
どこ、から……?
「——せん君ッ!」
「ああ、クソッ、こんなはずじゃねぇのに、怒られんなぁ。クソ、クソ、クソ!」
仰向けに転がる俺の上を、炎の矢が通り過ぎる。
横目に、シエンが飛び退くのが見えた。
「今日ンとこはぁ、退いてやるが……『劫火絢爛』、安心しろ?残りも全員」
俺が殺す。
その一言を最後に、シエンの姿が掻き消えた。
上腕で切断されたシエンの腕が、未だに俺の腹部を貫いたまま。
遠く、自分が過ごす現実ではないような感覚を味わいながら、必死に【再現】で回復を試みるが、腕が邪魔で上手く回復できない。
むしろ中途半端に再生しているせいで、より強い痛みが走る。それでまた意識が現実に戻ってきた。
「せん君せん君せん君ッ……!」
いちちゃん、酷い顔してる。……なんだろう、この既視感。
……ああ、昔、俺がいちちゃんの火で焼かれた時か。思い出せなかった筈なのに、突然明瞭に記憶が蘇る。あの時も、薄れゆく意識の中、いちちゃんが泣き叫んでいたんだっけ。
「千花兄ぃ……やだ……わ、わた……」
葵が、泣きながら自分を責めるような顔をしている。
なんだっけ?……そうだ。あの時はごめんなさいって、全部自分が悪いような顔をして謝ってきたんだ。
葵が悪い事なんて何もないのに、いつもそうやって自分を責める。
大丈夫だと伝えなければ。頭を撫でて、心配ないと伝えなければ。
けれど俺の腕は上がってくれない。息を吸おうとしても、代わりに口から血の塊が止めどなく吐き出される。
傷付いちゃいけない内臓が、ズタズタになっているのを感じる。
……今俺が死んだら、また彼女たちは自分を責めるのか?
今度は赦してくれる相手もいないまま、責め続ける人生を歩むのではないか?
ダメだ。
それは許されない。
意識を保て。あと数十秒でも長く生きて、生きるために足掻け。
死んじゃだめだ。こんなところで、死ぬことはダメなんだ。
「千花さん……っ、血、血が、止まらないです……」
そうだ、血だ。血が流れ続けたらすぐに死ぬ。まずはそれを止めないと。
今の状況で血を止めるには?俺に出来る事、ある。この状況で出来るのは。
——【再現】。
体内を焦がす熱に、体が弾けるように仰け反る。
痛い。痛い痛い痛い!どれくらい焼けばいい?どれくらい焼けば血は止まる?
わからない、やったことはない。だから全力で火傷を【再現】する。
止まったか?わからない。だが、痛みでまた少し意識が戻ってきた。正常な思考回路ではない。それはわかっている。考えがまとまらない?まとめる必要はない。スキルを使え。全力で、【再現】を続けろ。
ガクガクと勝手に震える両手で、腹に刺さったシエンの腕を掴み、腹の方へと引き抜こうとする。
反対は無理だ。肘が邪魔になる。
だが、動かない。引き抜けない。火傷と癒着した?それともさっきの回復が原因?関係ない、無理だ。引き抜かなければ。除去して、取り除いて、外して、回復、回復を。
「せん君!?や、やだ、痛いよ!死んじゃうよ!」
「千花兄ぃ、だめだよ、やだ、死なないで!」
無理か?引っ張る度、内臓が動いている感覚がする。痛い。
無理に引き抜けば?内臓が零れて、今度はそれが邪魔で回復ができなくなる?いや、即死するか?わからない。
どうすれば、ああ、そうだ。
「……ぉ、ぉ」
「……!?せ、千花さん、な、なにをすればいいですか!?」
刺さった腕から手を放し、モモへ向ける。声がほとんど出ない。肺を動かせない。呼吸が出来ない。
それでも伝えなければ。
「す、ぃぅ……ぇ、……ご、ぉ……」
スキルで、肉ごと削って。
モモを指差し、刺さった腕を指差し。
はた、と止まり、モモの顔色が変わる。涙を零しながら、首を横に振る。
「やだ、やです、そんな、そんなことしたら」
「モモちゃん!!!」
よかった、伝わったみたいだ。
いちちゃんが叫ぶ。モモは尚も、首を振る。
「そ、そんな使い方、したことない、失敗したら……!」
「いいから!!せん君の言う通りにして!!」
「で、でも!一華先輩!」
「はやく!せん君が死んじゃう!!」
恐怖か。どんな感情からか、モモの頬を涙が伝っている。
どんな結果になっても、大丈夫。恨まない。
この数秒で出来るのは、モモ、君しかいないんだ。
だから微笑む。モモに、勇気を出してほしくて。
引き攣った顔。深呼吸。
——そして。
バツン。
火傷した肉の部分ごと、刺さっていた腕が消失する。内蔵も一部持っていかれた。
ダムが決壊したように、とんでもない量の血液が体外に出ているのがわかる。
数秒と経たずして、意識は闇へと消えるだろう。
だが。
おかげで、何も考えず【再現】できる。
体内に感じる得体のしれない感触に、吐き気が止まらない。
塞がっただろうか?そう確認することも出来ないまま——。
俺の意識は、闇へと落ちていった。




