第26話 奇怪
伏魔大氾濫。
あるいは、ダンジョンスタンピードとも呼ばれるこの現象は、絶対に防がなければならない事象のひとつ。
国がどうして攻略者を優遇するのか。魔石や魔物の素材が資源となり、国を潤すから?それも正解。
だがそれだけではない。
ひとつの階層に魔物が飽和すると、その魔物はさらに上の階層へと出現するようになる。これを伏魔氾濫と呼ぶが、そういった小規模の伏魔氾濫は、攻略できる人材の少ない深い階層では頻繁に起こる。
逆に言えば、飽和する前に魔物を減らすことが出来れば、ひとつの階層には1種類の魔物しか出てこないのだ。
俺たちが今いるダンジョンにおいて、スモールレッサーアラクネ以外の魔物が出現しないのはそれが理由。
だが、ダンジョンの1階層で魔物が飽和してしまった場合、魔物たちが行きつく先は……。
ダンジョンの外に魔物が溢れて出現するようになること。これを、伏魔大氾濫と呼ぶ。
国が攻略者を優遇するのは、決して富の為だけではない。
そうしなければ、国が滅ぶ。半世紀前の悲劇を繰り返さない為にも、攻略者は必要なのだ。
「いちちゃん!」
「大丈夫」
俺が呼びかけるよりも早く、いちちゃんの周囲に火花が散り、白い炎が吹き荒れた。
掲げた右手に白炎が集まり、それは一振りの輝く剣と成る。
同時に、通路に存在している夥しい数のスモールレッサーアラクネが一斉に走り出す。
地が揺れるほどの猛烈な勢い。その魔物群に白い炎の剣先を向け……。
——光。
爆音。
目を開けるのも難しいほどの爆風が収まった時。
その跡には、死体のひとつも残っていなかった。
赤熱化した洞窟の岩壁。散らばる無数の魔石。そして、静寂。
たった一度のスキル行使で齎された、圧倒的な破壊。
先ほどまで目で追えない程に流れていたコメント欄ですら、今はその動きを止めている。
「ん。行こう」
「……え、いちちゃん、これ通路の先に人居たら……」
「大丈夫。このスキルは燃やしたい物しか燃やさない」
ああ。そういえばそんな事も言っていたか。
とはいえ、こんな破壊の権化のような現象に巻き込まれたら、熱くなくても問題は起こりそうなものだが……。吹き飛ばされたりとか。
とにかく今は、魔物の数を減らさねば。そして……生きているとは思えないが、白さんという攻略者を探さないと。
魔物のいなくなった通路で歩みを進めながら、コメント欄をチラ見する。
『タイラントタランチュ : 救援要請は?』
『自称パン食い : 出さない方が良いだろ普通に』
『タイラントタランチュ : いや、実力を疑うわけじゃなくて出すべきだろ』
コメントで喧嘩してる……。が、今回の場合は自称パン食いさんの意見が正しい。言い方は少しあれだが。
今の状況で下手に救援要請を出すと被害が拡大する恐れがある。
「救援要請を出すと、2階層に滞在しているパーティーが1階層に上がってくる可能性が高いです。白さん?という方は2階層から1階層に入ってすぐ魔物に襲われたとのことなので……2層との境の状況が分からない今は救援要請を出さずに進みます」
『タイラントタランチュ : ……確かに。把握』
「わかってもらえて何よりです」
……それにしても、いちちゃんのスキルはどこまで燃やし尽くしたのだろうか。
ダンジョンの壁や床などの構造物は、かなりの速度で自動的に修復される。故に先ほどまで赤熱化し溶けていた部分も、今や見る影もない。だが、この辺りまで魔石が散らばっているので、ここまで炎が来ていたのは確実だろう。
分かれ道を迷いなく進むいちちゃんの背を見ながら、幼き日によく泣いていたその姿から随分と変わったな、なんて今の状況に相応しくないことを考えてしまう。
頼もしい。
流石に道中全てを燃やした訳ではないようで、暫く進んでいるとまた魔物が出てくる。2階層ももう目前のようで、いちちゃんは炎の鞭で魔物を薙ぎ払っていた。
そして今目の前には、岩壁に空いた穴とそこから覗く階段がある。
……?今、近くに誰かいたような……気のせいか?
「ここが、2階層に通じている階段ですか……」
「うん。階段を下ったらすぐ」
「コメントでは、ここから出てきてすぐ……ってことでしたよね?」
覚えた違和感を振り切るように、モモの言葉に首肯して応え周囲の音に耳を澄ます。
……俺たちが通ってきた通路以外から、少なくとも近くには魔物が動くような音は聞こえない。
道中でも会っていない。すれ違ったか……もしくは既に、骨も残らぬ程……。
「千花兄ぃ……あれ……」
「あれは……ドローンボットだね」
葵が一点を指差したので視線を向けると、そこにはドローンボットだったものが転がっていた。
近寄って見てみると、動力部分の魔石が砕かれている。……どうしようもなく膨らむ、嫌な予感。
『白ちゃそ応援隊長 : 白ちゃんは……?』
『動寺内メラライ : ドローンボットってもっと壊れにくいかと思ってた』
『自称パン食い : 壊れにくいというか……』
『道産子雪だるま : なんかやばい匂いがするよね』
「とにかく、これは持ち帰るとして。モモ、頼める?」
「……あ、わかりました」
破壊されたドローンボットをモモに手渡す。モモは、その背に担いでいたバックパックを降ろしてカモフラージュの準備をした。
その時。
「あの~……」
「!」
俺たちが通ってきた通路とは別の場所から現れた人に、声を掛けられた。
黒髪細身で、黒い外套の下に露出の多い服を着ている。糸目で、長い髪を結んでいる美形の男。ドローンボットが近くにないことから、配信をしていないことは明白。見るからに怪しい。
「すみません……もしかして、さっきの爆発は、そちらの……?」
「……私のスキル」
「あぁ……ありがとうございます……実はパーティーメンバーとはぐれてしまって、配信ドローンも壊されて、身を隠していたんですけど……助かりました」
パーティーメンバーとはぐれて……?もしかして、この人が白さんとやらのパーティーメンバー?
「もしかして、壊されたドローンってこれ、ですか?」
「ああっ、それですそれです!……完全に、壊れちゃってますよねぇ」
収めようとしていたドローンボットを取り出しながらモモが問いかけると、大げさな身振りをしながら近付いてきた。
そのあまりの怪しさに、モモは思わず後ずさりをする。俺も、モモを庇える位置に移動する。
その様子を見た細身の男は、露骨に悲しそうな顔をして肩を落とした。
「あー……仲間にもよく言われるんですよね、胡散臭いって。怪しまれるのも当然ですよね~……」
「あ、いや……そういうつもりじゃ」
「モモちゃん、謝らなくていい。こういう時は疑っていい」
「あはは、流石は『クイーンテット』の『炎神姫』と呼ばれるだけはありますね?的確なアドバイスです」
「……元、だから」
あっけらかんと笑う男に、尚も警戒を緩めずにいちちゃんは否定の言葉を放つ。
炎神姫なんて呼ばれてたのか、いちちゃん。モモも頷いているし……事実なのか。
それにしても、パーティーメンバーとはぐれたなんていう割に実に余裕である。どうしてそこまで安心していられるのか?
「……あの。仲間が心配じゃないんですか?」
「え?ああ、大丈夫ですよあの人は。身を隠すのが上手なスキルを持っているので」
「……どこかに隠れている、と」
「ええ。早く出てきてもらって合流したいところなんですけどね?」
身を隠すのが上手なスキル……?自身の身を隠すのであれば、特殊スキルだろうか?
もしや、白さんは特殊スキルの使い手でありながらダンジョン攻略者を……?是非とも、話を聞きたい。
「……わかりました。確認ですが、あなたは白さんのパーティーメンバーで間違いないんですね?」
「ん?ええ、そうですよ」
「そうですか……わかりました。では一緒に白さんを探しましょうか。パーティーメンバーはあなただけですか?」
「ええ。2人でパーティーを組んでいます。あ、配信ドローンは僕が持ちますよ」
白さんには生きていてほしい。
まだ特殊スキル持ちと確定した訳ではないけど、自分自身に影響を及ぼせるのは特殊スキルのみ。きっとそうに違いない。
この男は実に怪しい人間ではあるが、逆に怪しすぎるからこそ信用できるという話もある。
パーティーリーダーとして、俺がこの人を白さんの所に連れて行こう。モモからドローンボットを受け取り、握手をするために男へ近付く。
男も手を差し出しながら、こちらへ歩いてくる。
「仲間からは、シエンと呼ばれています。どうぞよろしく」
「こちらこそ。『劫火絢爛』のパーティーリーダー、センカです」
差し出した右手は、しかし掴まれなかった。
急に止まったシエンと名乗る男に疑問を抱きながら、横目で流れているコメントを読む。
白ちゃそ応援隊長が、また連投しているな。パーティーメンバーが見つかって安心しているのか?
……その内容を見て。
『白ちゃそ応援隊長 : 白ちゃんはソロ』
グチュ。
「千花兄ぃっ!」
「せん君っ!」
「千花さんっ!」
感じたことのない感触が。
遅れてくる、内側から溢れる熱が。
壊れたことを告げている。
「你这个该死的东西」
「——あ?」
シエンと名乗った男は、感情を欠片も感じさせない表情で。
その腕で、俺の腹を貫いた。




