第19話 訓練施設
装備を整えた俺たちは、コーヒンに併設された訓練施設内へとやって来た。
訓練施設という名称通り、ダンジョン協会が主催の講習などでも利用されることがあるが、区分けされている一部の部屋は簡単な申請で借りることができる。
利用料は少し割高だが、設備が整っているため寧ろ安いくらいだ。
「やっぱり本社の訓練所より広いですね~」
「ここは税金で建ってる。比べるのはかわいそう」
「あとはまぁ、増築したからってのもあるかもね」
ダンジョン協会は国の管轄であり、この訓練施設自体もそう。
コーヒンもガワと土地はすべて国有の土地で、中に入っている店は国が場所を貸し出している、という形式なのだとか。
ダンジョンから近いので攻略者の出入りも多いコーヒンは、やっぱりテナントの競争率も高いのかな?詳しいことは知らないけど、たまに中に入っている店が変わるのを見ることがある。
それはさておき、この訓練施設に来たのには理由がある。
そもそもパーティーを組んだからと言って、すぐに連携が取れる訳ではない。ぶっつけ本番でダンジョンに行くのはリスクがある行為なので、実際にダンジョン内でどのようにスキルが使えるか、魔物を相手にどう動くか、そういったことを事前に訓練施設で予習しておくのである。
また、コーヒンで売られている攻略用の便利グッズも格安でお試し出来るので、自分たちに必要なものを確認する、という意味でもここを利用する意味はあるのだ。
ちなみにこの訓練施設、コーヒンの案内板でも『訓練施設』と書かれているのだが、試験場とか体育館とか好きに呼んでいる人ばかりである。
「せん君、私のスキルが見たい、んだよね」
「うん。実際にどれくらいのことが出来るのか見てみたい」
「一華先輩のスキル……久しぶりに見ますっ」
「前にモモちゃんとダンジョンに入った時、まだスキルレベル3だったね」
他の施設利用者から見えないように個室に入り、壁に設置された操作盤を弄りながら、いちちゃんは話す。
まるで射撃場のように奥行きがある個室内の、奥の方の天井が開いて何かが落ちてきた。
銀色に鈍く輝く体躯を持つ、金属のスライムのような不定形の存在。妖しく蠢きながら少しずつ形を変えている。
あれが様々な訓練に用いられる人工の魔物……その名も『人工スライム』だ。
……異論を言うべき相手は俺じゃないので悪しからず。
「一華さんのスキル……そういえば、なんて名前なんですか?」
「私のスキル?【終鳴響】。終わるに、鳴り響くって書いて【終鳴響】」
「え!かっこいいですね!」
「【捨命涯】もかっこいいよ」
葵の質問に、サラリと答えるいちちゃん。何度聞いても惚れ惚れするようなカッコよさだ。
【終鳴響】に【捨命涯】、それとモモが【現喰】?なんだ、みんなカッコいいな。
俺なんか【再現】だぞ?読み方も「さいげん」でそのままだぞ?俺のネイティブ言語が英語だったら【リ・プロダクション】とかだったのに!
なんだよ再現って。文字はカッコいいけどさぁ!普通に存在する単語はさぁ!
……いけない、スキルのインフェリオリティー・コンプレックスが出てしまった。劣等感劣等感。
「じゃあ、見せるね、私のスキル」
言うが早いか、いちちゃんの周囲にパチパチと火花が散り始める。
その火花は次第に多く、大きくなり、やがて身を包む炎となった。
いちちゃんの全身を覆った炎は、そのまま渦を巻き……突如として搔き消える。
その後に残ったのは、白く輝く光の甲冑を身に纏ったいちちゃんの姿であった。
顔をも隠す白炎の神々しさは、さながら神の御使いたる聖騎士の如く。
ヒーロー物みたいな変身の仕方をするいちちゃんに、モモは当然ながら、葵まで顔を赤くして見惚れている。当然俺もそのカッコよさに見惚れている側だ。
揺らめくことがなければ、炎で出来ているとも気付かないかもしれないその甲冑は、しかしながら俺たちに熱を伝えることはない。
「一華先輩……かっこいいです……」
「ほんと……綺麗ですね……」
いちちゃんは腰に手を当てて胸を反らしている。顔の表情は目しか見ることができないが、その部分だけでもドヤ顔をしているのは十分に伝わった。
「いちちゃん、その炎は俺達が触っても熱くないの?」
「うん。今は見た目だけ。狙ったものだけ燃やすか、触れたらなんでも燃やすかは自由に決められる」
「なるほど、触ってみて良い?」
「……うんっ、どこでもどうぞ」
いちちゃんはそう言って、こちらに向かって両手を広げてくる。
その差し出された手を握ると、感触は完全にいちちゃんの手のままだった。熱さも一切感じず、触れている感覚もない。
「ほんとだ、全然熱くない……」
「千花兄ぃ、なんでちょっと残念そうなの……?」
「熱い方がよかったんですか……?」
「む……せん君、流石にこの炎で焼くのは危険」
「誰も頼んでないんだが?」
純粋に感嘆の気持ちしかなかったのに、口々に失礼なことを言われている気がする。
俺がドエムだとでも?
「……あとで、別ので焼いてあげるから……ね」
「うん、やめてね」
いちちゃんが耳元に口を近づけて、そう囁いてくる。そんなことしてもらわなくても、朝からずっと自分でやっている。自前で焼けるので大丈夫ですわよ。
あと、そこまで近付かれると流石に眩しい。熱くない筈なのに目が焼けそうだ。
それだけ言って離れたいちちゃんは、再度壁の操作盤に向き合う。
「この状態はスキルレベルが4に成長してから手に入った効果のひとつ。……見てて」
「……葵、モモ、ちょっと下がろう」
部屋の奥に現れた人工スライムは、俺たちの背丈よりも大きな、歪な人型に姿を変えていた。
操作を終えたいちちゃんは、人型人工スライムと向き合う。
人型人工スライムは緩慢な動きでこちらに向かって歩き出し、いちちゃんもそれに伴って人工スライムの方へ近付いた。
いちちゃんの目の前に到達した人型人工スライムは、人の手の形を解き、右腕を大槌へと変容させる。そしてそのまま腕を持ち上げ、薙ぎ払う。それをいちちゃんは、一切臆さず左手で受け止め……。
ジュッ!!
人工スライムが振り抜いた大槌型の右腕は、一目すればいちちゃんをすり抜けたようにしか見えなかった。
……赤熱化し溶解した素材が、右腕を伝って垂れている。振り抜いた勢いで床に撒き散らされたソレはすぐに黒ずんだ塊となった。
いちちゃんは、一歩も動いていない。触れる前に溶け、肉体へと触れる前に蒸発したのだ。究極の熱、触れることすら許されない……絶対的な防御。これが、国内最強とまで言われる力の真髄。
人工スライムは再度攻撃を繰り出す為に動き始めるが、それよりも早くいちちゃんはスキルを発動する。
「これが、もうひとつの効果」
全身を包んでいた白炎は、前に突き出した右手へと収束していく。
集まった炎は……揺らめく、一振りの白剣へと姿を変えた。
その剣を構え……無造作に、人工スライムへと突き刺す。
ゴウッ!
人工スライムの体の向こう側で、激しい炎が吹き上がった。
グズグズと溶けていき、その形を保てなくなった人工スライムは、いちちゃんの手によりいとも容易く活動を停止する。
「ふぅ……どう、すごいでしょ」
「「……」」
言葉を失う葵とモモ。確かに、凄い攻撃スキルだ。
人工スライムは訓練用の人工魔物であり、操作盤からそのレベルを調節できる。今いちちゃんが簡単に倒したのが最高レベルの状態で、装備を付けずに攻撃を喰らえば普通に死ぬ。そうならないよう安全措置は取られているにしても、並みの攻撃スキルなら倒すどころか削ることすらできないかもしれない。
それを、たった一撃で蒸発させて倒した。恐るべき火力。沈黙も仕方がない……のだが、違う理由で喋れないだけだ。
俺の後ろで抱き合うモモと葵を、不思議そうな目で見るいちちゃん。俺はため息を吐きながら、いちちゃんに声を掛ける。
「いちちゃん、危ない」
「……あ」
俺たちの足元に転がる幾つもの黒い塊。
耐熱に特化した俺の装備じゃなかったら、2人を庇えていなかったと思う。
あとがき
いつになったらダンジョンに行くんです?




