第十二話:成れの果て
やはり、この屋敷は不気味なほど静かだ。
晴明の話では、この屋敷にはもう誰も住んでいないとの事だった。小夜姫が消えて一年ほど経った頃、当主の直孝が倒れ、そのまま息を引き取ったという。
死因は衰弱死。
「────それって⋯」
「あぁ、怪異に殺られたのだろうな」
カグヤが途中で止めた言葉の先を正確に読み取った晴明が、淡々と言葉を紡ぐ。突き放している訳ではなく、彼はただ事実を告げているだけ。
でもだからこそ、彼の言葉は少し冷たい印象を相手に与えるのだろう。
「すぐには、殺さなかった?」
「時間をかけて、少しずつ生命力を吸い取ったのだろう」
一年かけて、周りが気づかないほど徐々に生命を削られたということ。
それを知らされた惟光は苦しげに顔を歪める。
『私が⋯お傍にいれば────』
小夜姫が消えた後、惟光は当主である直孝の命で小夜姫捜索を行っていた。当主当人の命令では仕方ない。
惟光に非はないのだが、当主の死に責任を感じているようだ。
どうすればそこまでの忠誠を誓えるのか、カグヤには理解出来ない。やはり、生きる時代が違うのだろう。
「お前がいたところで変わったとは思えんがな」
「晴明」
言わなくていい事をわざわざ言葉にするとは────。
だが、たしかに晴明の言う通りだ。惟光が傍にいたとしても、当主の変化に気づけたかどうかは怪しい。
それが分かっているのだろう、惟光も言葉無く黙り込んだ。
「ねぇ、惟光」
気まずい沈黙をぶち破るように、カグヤは惟光に問いかける。
『⋯⋯⋯何でしょう』
「探し回って何か見つけられたの?」
捜索隊を編成して、小夜姫を探し回ったと話していた惟光。木城家の当主が亡くなる一年間ずっと探し回っていたとは思えない。
『⋯⋯そこの記憶は、曖昧なのです』
「曖昧?」
『────私は、牛車を発見した事は覚えているのです。⋯⋯ですが、それがいつ、何処で発見したかは分かりません⋯』
不思議な話だ。
見つけた事は覚えているのに、その前後の記憶はないという。それはあまりにも、作為的だ。
「牛車を見つけて、小夜姫はいたの?」
『────⋯⋯⋯⋯⋯分かりません⋯そこの記憶も、曖昧なのです』
苦しげに歪んだ顔。
敬愛していた姫がいなくなり、必死で探した。それなのに、見つけたかどうかが定かではない。
惟光にしてみれば相当な苦痛だろう。その姿は、とても嘘をついているようには見えなかった。
牛車を見つけた。
だが、姫を見つけた記憶は曖昧。
ますます作為的だった。
誰かが、惟光の記憶を操作した。それが、一番妥当な考えだろう。
「どうして惟光はその姿になったのか、記憶はあるの?」
『⋯⋯⋯⋯いえ』
最初に会った時の惟光は、明らかに怪異としか思えない見た目だった。
到底生きているとは考えられない。
あの姿になった経緯を解ければ、少しは真相に近づけるかもしれない。
沈黙が落ちた。
そこへ、まるで計ったかのような絶妙なタイミングで、音もなく牛車が現れる。それには若干の違和感を感じたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
まずは、この閉じた空間から出ることが最優先事項。
それの鍵を握るとすれば、やはり小夜姫と共に消えたという牛車と、もう一つ。
カグヤは無言のまま牛車に近づく。
『カグヤ!』
言外に危険だという意味を込めたであろう惟光が鋭くカグヤの名前を呼ぶ。
それに振り返りながら、カグヤは無言のまま口の端だけで笑った。
────大丈夫。
そんな思いを込めた笑みに、惟光は何かを感じ取ったのか動きを止め、やがて頷きを返してくれた。
「⋯⋯⋯」
牛車の御簾を、警戒しつつゆっくり捲る。
中は、空っぽだった。いや、空っぽというのは厳密には嘘になる。
「⋯鏡」
人が座る場所に、この時代の銅鏡と呼ばれる鏡が鎮座していた。
(──やっぱりね)
カグヤが気になっていたもう一つ。
それは牛車が消えた橋で目撃した、あの水面の太陽。
────何故水面には太陽が登っていたのか?
水面は、鏡のようにモノを反射する。つまり、水面は鏡の代用が可能ということ。
小夜姫の鏡像が現れたという話を聞いた時からずっと引っかかっていた。この事件は間違いなく、鏡が鍵を握っている。
「晴明」
「────あぁ、間違いない」
振り返らず、晴明に問いかける。
言葉にしなかった問いかけに返ってきた答えは、YESだった。
「分かった」
カグヤは、鏡から漏れ出る異様な気配を感じ取っていた。
放置は、危険。
小さく嘆息すると、手を掲げる。
すると、カグヤの手にはいつもの扇子が握られていた。
「────ハッ!」
閉じたままの扇子を、鏡の真ん中へ突き立てる。
金属が重なった時のような甲高い音が響き渡る。
耳を塞ぎたくなるような、耳障りな音。
それに屈する事なく、さらに力を込めた瞬間。
光が弾けた。
一瞬の浮遊感。
そして────。
────ギィィャァァァァァァ!!!
耳を劈くような叫び声。
光が収まると、そこにいたのは────。
『────小夜、姫様⋯?』
驚愕を含んだ惟光の声。
その視線の先には、一人の女がいた。
いや、女だったモノ。
服は元々は上等な着物だった事が辛うじて見て取れたが、ボロボロに変質している。
顔は、般若のようになっていた。
それは、元々は人だったモノ。
人の、成れの果てだった。




