第十一話:姫の決意
『────事件が起きる前夜、小夜姫様が詰所にやって来たのです』
惟光は先ほどまでいたあの屋敷に部屋を貰っていたらしいが、その部屋はあまり使用せずに詰所で寝泊まりしていたそうだ。
だからそれを知っている小夜姫は部屋へは行かず、惟光に会いに詰所へやって来た。
『あの方は、とても凛とした方でした。普段、弱音を吐くこともありません。ですが⋯⋯』
これまで淀みなく説明していた惟光の言葉が、不意に止まった。
薄く透けていて顔色は分からないが、この先を話すのが辛いのだろう。
惟光の顔が苦痛に歪む。
「大丈夫? 休憩する?」
『⋯⋯⋯いえ、大丈夫です』
カグヤがそう声をかけると、惟光は弱々しく微笑む。そして、気持ちを入れ替えるように大きく息を吐き出す。
『⋯────姫様は⋯私に言ったのです。“攫って、下さりませぬか”⋯と』
聡明な姫は、この縁談は断れない、そう悟ったのだろう。そして、行動に移した。“好いた者に嫁ぎたい”と言っていた姫が、惟光に縋った。
それは即ち────。
『⋯⋯普段とは違う、そう気づいていながら⋯。私はその手を、取ることが出来なかった⋯⋯』
惟光の顔に後悔が滲む。
本当は、姫の手を取って逃げたかったに違いない。でも、そうしなかった。いや、出来なかった。
歴史に疎いカグヤでも、それくらいは理解出来る。
左大臣から望まれた縁談を断り、姫が臣下の男と逃げた。そんなことが知られれば、木城家は終わりだ。
忠義に厚そうな惟光には、そんな決断は下せない。
それに、武芸に秀でているとはいえ、姫を連れて逃げるなど⋯とても現実的では無い。どれほど準備を整えても無謀過ぎる。二人だけで生きていけるとも思えない。
『そして⋯⋯⋯一台の牛車と共に、姫が消えました』
「⋯⋯消えた?」
八方手を尽くしたが、姫と共に消えた牛車は発見出来なかったという。
「それが、今徘徊している牛車?」
「──そうであるとも言える」
これまで黙って酒を飲んでいた晴明がやっと紡いだ言葉は、相変わらず確信をぼかした様な微妙な言い回し。
『⋯それから間もなくして、妙な噂が流れ始めたのです』
噂とは、左大臣家に夜な夜な女子の霊が徘徊しているというモノだった。
その調査とお祓いのために呼ばれたのが────。
『晴明殿が調査に乗り出したのです』
だから、色々と知っていたのか。
チラリと晴明を見たが、やはり優雅に酒器を傾けているだけだった。カグヤの視線に気がついているはずなのに、補足する気はないらしい。
「それで?」
「────姫であって、姫ではなかった」
カグヤの促しに応じたが、その言葉は謎かけのように難解だった。相変わらず読み取りにくい。
────姫であり、姫ではないモノ。
つまり、本物ではない。
だが、本物に近いということだろうか。
「⋯⋯身代わりってこと?」
カグヤの呟きに、晴明が目を細める。
これは我が意を得たりという時によく晴明が浮かべる表情だ。それくらいは、カグヤにもこの短い間に読み取れるようになった。
「────アレは、鏡像だった」
「⋯⋯⋯鏡像」
それは、一見本物のように見える。
だが本物ではなく別物。
つまり“姫であり、姫でないモノ”という訳か。
「姫に手を貸した者がいる。それも、陰陽師だ。────それが、私が出した答えだ」
陰陽師。
この平安の時代において、高い発言力と力を持っていた者たち。
(陰陽師が、小夜姫に力を貸した?)
それは、何の為だ。
何か利が無ければ、手など貸さないだろう。
『私の知る限り、姫には陰陽師の知り合いなど、おりませんでした⋯』
いつ知り合い、何故その陰陽師は小夜姫に手を貸したのだろうか。
(嫌な感じだなぁ⋯)
知らず、カグヤは綺麗に整えられた眉を寄せる。
小夜姫失踪の裏には、何か隠されている。
そんな予感がした。
だが一つ、確かめたいことが出来た。
「ねぇ、あの屋敷を調べてもいい?」
「そう言うだろうと思っていた」
晴明にはお見通しだったようだ。カグヤは、口の端を持ち上げる。
全てを隠すことなど不可能だ。何かをやれば、必ず痕跡が残る。
痕跡は、あの屋敷にある────。
カグヤの“勘”が、そう告げていた。
遅くなって申し訳ありません⋯⋯!




