第十三話:戒めの鎖
「心を乱すな、惟光」
守るはずだった大切な人の変わり果てた姿に言葉を無くす惟光。愕然とした表情から絶望が見て取れた。
惟光がまた、闇に落ちる────。
そう思った瞬間、晴明から鋭い声が飛んだ。
『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ⋯⋯せ、い⋯めい?』
現れた成れの果てが小夜姫なのかは、会ったことのないカグヤには分からない。
だが、あれは良くないモノだと言うことはすぐに理解出来た。放つ気配が禍々しい。
「よく見ろ、あれは本物の小夜姫ではない」
晴明の言葉に、改めて現れた鏡像をよく観察してみれば、首元に見える着物の合わせ目が逆だった。
つまり、アレは鏡像。
瞬時に正体を見破った晴明の観察眼には恐れ入る。
「お前が騙されてどうする」
『────!』
「自分を保て、闇に堕ちるな」
やはり晴明も気がついていたようだ。
惟光は、まだ完全に祓えたわけでは無い。今は正気を保ってているだけだ。
『────承知、した⋯』
晴明の言葉を受けて、惟光の瞳に今までにはなかった光が宿った。
たぶん、これで少しは大丈夫だろう。
だが、まだ足りない。
「────惟光」
『⋯⋯⋯っ、はい』
カグヤは静かに惟光の名前を呼んだ。
その声とカグヤの瞳に惟光は一瞬怯んだようだが、引くわけにはいかない。ここでハッキリさせておかなければならない事がある。
「わたしは、これから小夜姫と戦う」
『⋯⋯⋯⋯』
「邪魔、しないよね?」
敢えて鏡像の事を“小夜姫”と呼んだ。
カグヤのその言葉に、惟光の目が大きく見開かれる。
たしかにこれは鏡像だ。だが、本物の小夜姫がカグヤの敵では無いと言いきれない。
もし敵だと判断した場合、カグヤは躊躇なく小夜姫を葬る。そうでなくては戦場では生きていけない。戦いの場では一瞬の躊躇が命に関わるのだ。
『────⋯⋯⋯』
戦いの厳しさは、惟光も分かっている。2度に渡る影だった惟光との戦いで、彼の戦闘能力の高さは嫌という程味わった。
もし惟光が敵に回る可能性があるならば、先に手を打っておかなければ取り返しがつかなくなる。
『⋯⋯⋯はい────覚悟は、出来ています』
「────そう」
苦渋の決断。
惟光の顔はかつてないほどに苦く歪んでいる。
ここに鏡像の小夜姫が現れた時点で、小夜姫が敵か或いは敵の手にある事は明白。最悪の覚悟は、必要だ。
だがまずは色々と確認する為にも、この鏡像を捕らえる事が必須事項だ。
「────じゃあ、コイツに聞こうか」
カグヤは、鏡像の小夜姫と向き合う。
チラリと視線を動かせば、未だに牛車はそのままの場所にあった。ずっと動き続けていたのに、今は動かない。不気味な沈黙を保っている。
中にあった銅鏡は、今は無い。
目の前にいる鏡像の小夜姫が現れた時点で消えた可能性が高い。
だけどそれが何を意味しているのか、今のカグヤには分からない。
分からないなら、教えてもらえばいいのだ。
「聞きたい事が山ほどあるんだから、ね」
「気をつけろ」
晴明からの警戒を促す言葉に静かに頷き、扇子を構える。もちろん、決して油断はしない。
今回は、いつもフォローしつついざとなれば助けてくれるヒスイがいないのだ。
「“風雅”」
名を呼べば、風の精霊を宿した扇子の玉飾りが薄緑に輝き、風を纏う。
────キエェェェエェェィ!!!
声とも叫び声ともつかない奇声を上げ、鏡像の小夜姫が目の前のカグヤに迫る。
真っ直ぐ敵に突っ込むのは愚の骨頂。何かの罠かと警戒したが、瞬時に違うと判断した。根拠はない、ただの勘だ。ヒスイがいれば小言の一つも言われただろうが、今はいない。
カグヤは眼前に迫る敵を冷めた目で一瞥した後、両手の扇子を同時に開く。
シャンっと扇子が涼しげに鳴った。
まるで隠れるように、顔の前で扇子を交差させる。
そして────。
敵の攻撃が当たると思われた絶妙なタイミングで体をクルリと回転させる。そして、交差させていた扇子を左右差をつけてゆっくりと開く。戦いの最中だというのに、それはひどく優雅に見えた。
「“捕らえろ、風雅”」
左右交互に開かれた扇子から風の帯が広がり、鏡像を縛り上げる。
あっという間の出来事だった。
「ふむ、見事な舞だな」
晴明から、漏れた言葉。
たしかに舞うように優雅に、そして鋭く素早く。カグヤは鏡像を捕まえてみせた。
────キィャァァァ!!
鏡像が奇声を発しながら拘束から逃れようと暴れるが、風の戒めはビクともしない。緩まるどころか、ますます締め上げていく。
「晴明、後よろしく」
「承知した」
頷く晴明の顔は、おもしろい玩具を前にした子供のように輝いてみえた。
少しだけ、鏡像に同情する。




