第八話:戦いを知る者
風が、心地よく吹き抜ける。先ほどまでの息苦しさが嘘のようだ。
扇子の周りに纏う風の精霊のお陰だ。カグヤが使う精霊の風は、周りの邪気を綺麗に浄化してくれる。
清涼な空気を、一度胸いっぱいに深く吸い込む。身体中に空気が駆け巡る。
そして────。
「────参る」
小さな呟きが、戦闘開始の合図だった。
影が膨らみ、触手のように伸びた。それをカグヤは難なく捌く。
単調な攻撃は効かないと分かったのだろうか。影のくせに、左右に揺さぶりながら、実に巧みに攻めてくる。
その戦いぶりは、まるで死線を掻い潜った事のある猛者のようだ。この影は、戦い方を知っている。
影の攻撃を弾く度に、火花が散った。
つまり、月の精霊ではなくても、攻撃が当たる。
一旦距離を取り、広げた扇子を下から上へ思いっきり振り上げる。すると、風の刃が出来た。風の勢いも乗って、凄まじい速さで真っ直ぐ影へと飛んでいく。
避けるのかと思われたが、突如影が膨張し、風刃を包み込むように取り込んだ。
その影の壁をぶち破る事は出来ず、刃の勢いが止まったかと思った瞬間────。
風の刃が、はね飛ばされた。
カグヤに向かって飛んできたソレを、カグヤは慌てず、扇子で撫でるように受け止める。
「⋯なるほどね」
扇子の攻撃は当たるのを嫌がるように避けた。
だが、刃のように飛ばしたモノは、弾かずに受け止める。そして、お返しとばかりに反射された。
(攻撃は、直接か)
直接打撃が有効。今のところは、そう結論付けた。
あれが罠ならば、大したものだ。
右手の扇子を一度閉じると、硬質な音が響いた。
そのまま、今度は閉じた扇子に風を纏わせる。螺旋を描くように扇子の周りを回りながら、徐々にそれが長くなっていく。
やがて、扇子の2倍の長さの風の剣が出来上がった。
(さぁ、第2ラウンドと行こうか)
手首を視点にクルリと、さっき出来たばかりの剣を回す。それからゆっくりと構え直した。
右手に薄緑の刃を付けた扇子の剣。左手には開いた状態の扇子を持つ。
「其方は、実に楽しそうに戦うのだな」
静観していた晴明が呟く。
“楽しそうに”という何とも含みのある言い方に、チラリと晴明を見る。
何か言いたそうだが、何も言わない。
たぶん、今はまだその時ではないのだろう。
晴明は、きっと何かを待っている。
そんな気がした。
(何を待っているか知らないけど、たっぷり時間を稼いであげようか)
心底愉しそうに、カグヤが笑う。
もしここにヒスイがいれば、「張り切り過ぎるなよ」と釘を刺されただろう。
だが、今はいない。
誰にも止められなかったのだから、仕方ない。
そんな言い訳めいた事を考えながら、カグヤは目の前の影と相対する。
影も、静かにカグヤの行動を待っているようだった。
一陣の風が吹いた。
その風に乗るように、カグヤが斬り込む。
まるで風のような鋭い一撃が、影を襲う。
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