第五話:水面の朝
辺りは薄暗く、空には未だに月が輝いている。本来なら、とっくに夜が明けている時間。
だが、朝が来ない。
朝が来ないというよりは、夜が続いていると言うべきだろうか。
この異常な状態なのに、人々は平然と生活している。
「最近、疲れが取れなくてさ」
「あたしも、寝ても寝た気がしないのよね」
町を歩けば、色々なところから声が聞こえた。
人々の噂は色々な事を教えてくれる。話している本人さえも気づかないような真実が隠れている。
彼らは何らかの理由で、朝が来ていないことに気がつかない。
だが、体にはすでに変調が現れているようだ。寝られない夜は、確実に人を削っていく。
「⋯そういえば、聞いたかい? 姫様がいなくなったらしいよ」
「牛車も見つかっていないらしい⋯」
消えた姫と、見つからない牛車。
カグヤは歩調を変えることなく、歩き続ける。
ここまでの道のりには、特に気になるモノはなかった。
気になるとすれば、やはり────昨日見た牛車だろうか。
今日聞いた噂話にも出ていた。
偶然とは思えない。
昨夜黒い影が現れた通りに向かう。
やはりというべきか、牛車が現れた。
カグヤの横を、牛車が通り過ぎる。
同じ場所に傷がある。間違いなく、昨日見た牛車だ。
少し距離を開けてから、来た道を反転して牛車を追いかける。
そして────。
「⋯⋯⋯消えた?」
牛車は真っ直ぐ続く道を進んでいた。
ところがある場所を過ぎた途端、その姿が消えた。まるで煙のように。
辺りを見渡したが、牛車が消えたことには誰も気がつかなかったようだ。驚いている人が一人もいない。
まるでカグヤにだけ見える幻のようだ。
ゆっくりと歩を進めていたカグヤは、先ほど牛車が消えた場所────橋へと辿り着く。
「⋯⋯⋯」
橋へと一歩踏み出そうとした瞬間、違和感が肌を刺す。
これ以上進んでは行けない、何故かそんな気がして、足が止まる。
「気づいたか」
後ろから声がかかった。
振り返らなくても、誰だか分かるほどには、聞き慣れた低い声。
「⋯この橋、渡るとどうなるの?」
チラリと橋を見てから、晴明に問いかける。
だが、その質問は肩をすくめるだけで答えてはもらえなかった。カグヤに言いたくないのか、それとも晴明にも分からないのかは判断がつかない。
判断材料が少な過ぎる。
「⋯⋯」
ふと橋の下の川を覗くと、そこには────太陽が輝いていた。
カグヤは無言で空を見る。やはり、月しかない。
水面にだけ映る太陽。
空には月。
だが、水面には太陽が昇っている。
これは何を意味するのだろうか。それもまた、今のカグヤには分からなかった。
(⋯⋯⋯ヒスイ)
こんな時、ヒスイがいてくれたら────。
つい、そんな事を考えてしまった。
ヒスイが簡単にやられるとは思えない。だが、今回は普通の戦いとは違う。
転移の際にバラバラになった事など、過去に一度もなかった。
(もし、このまま二度と会えなかったら⋯⋯)
そんな想像が頭を過ぎる。
だが、ヒスイは大丈夫だと無理やり思い直す。冴えない表情をしていては、合流した時に笑われそうだ。
そう考えるだけで少し気持ちが軽くなった。
そんなカグヤを、晴明は静かに観察していた。
常に一緒に行動していた人がいないのは、不安ですよね⋯。信頼する相手なら特に。




