第四話:契りの盃
「さて、あれについて教えてくれるんですよね?」
カグヤは一歩距離を取り、膝を立てて座る。
お行儀が悪いとか言われそうだが、この体勢なら何があってもすぐに対応出来る。
晴明は、未だに何を考えているか読み切れないのだ。備えておいて損は無いだろう。
「そう構えるな」
整った顔に柔和な笑み。優しい態度。普通ならばそれに騙されるのかもしれない。
だが、そのどれもがカグヤには嘘くさく映る。演技にしか見えなかった。
やはり、この男は得体がしれない。
「酒でもどうだ?」
「⋯要らない」
差し出される酒器を一瞥するが、即座に拒否。
今は、飲んでいる場合では無い。
「そうか」
晴明は楽しげに笑う。
完全に向こうのペースなのが悔しいが、仕方ない。
「⋯あれは、影ではない」
唐突に喋り出した晴明の目が、スっと細まる。
それだけで、纏う雰囲気が変わった。
「⋯⋯なら、何?」
「“なり損ねたもの”だ」
意味は、分からない。
だが、はぐらかされている訳ではないことは理解できた。
晴明の目は、少しも笑っていない。
「都全体に“呪”がかけられている」
「⋯」
「厄介な類のな」
そう言って、酒を煽る。
すぐにそばに控えた式神が、空いた酒器にお酒を注ぐ。
「本来あるべき流れが、止められているのだ」
それは、常ならば止まる事のない流れ。
つまり夜が明けないのは────。
「誰かが、止めている?」
カグヤの問いに、晴明は答えない。
酒器の中の酒に注がれていた視線が、空へと向いた。
「人の念は、時に形を持つ」
空を見つめる瞳には、特に何の感情も見て取れない。その声もまた、平坦だ。
カグヤには晴明の目が、ここではない別の場所を見ているように見えた。
「その思いが強ければ、強いほど────歪む」
「⋯怨霊になるってこと?」
「いや、そう単純ではない」
晴明の視線が、初めて揺れる。
「これは⋯もう少し複雑だ」
「⋯⋯⋯」
晴明は今回の怪異について、どこまで掴んでいるのだろうか。
口ぶりからして、知らない訳ではない。だが、全てを知っている訳でもない────そんな感じだ。
そして、こちらに全ての手の内を晒してはくれないだろう。
カグヤが警戒しているように、晴明もまた、カグヤを警戒している。
「⋯情報、助かったよ」
分からない事は多い。
だが糸口は、見つけられた気がする。
「これから、どうする?」
立ち上がったカグヤに、晴明は座ったまま問いかける。
「探すよ、元凶を」
地道に調べていく以外に、道はない。いつも、やっていたことだ。
ただ今回は、少しだけハードモードというだけ。
「ならば、手を組まないか?」
「────え?」
カグヤは、晴明を振り返る。
未だに座ったまま、晴明はカグヤを真っ直ぐ見上げていた。目が合う。
暫しの沈黙。
「────わたしは、高いよ?」
カグヤは、ニヤリと笑った。
「問題ない」
晴明も、笑っている。
カグヤはもう一度座り込む。今度は、足を崩して。
そして、先ほどと同じように晴明から差し出される平たい盃。
「契りだ」
いちいち言葉が重い。
カグヤは、差し出された盃を見つめる。盃には、月明かりが煌めいていた。
それから、ゆっくりと受け取った。
「宜しく頼む」
「こちらこそ」
短い言葉。でも、それで十分だった。
二人は互いに視線を交わす。
一瞬の間。
晴明は何の躊躇もなく一口で飲み干し、カグヤも一瞬の躊躇の後、一気に飲み干す。
案の定、その酒は喉が焼けるほど熱かった。
濡れ縁の二人に、月の明かりが優しく降り注ぐ。
カグヤと晴明が契りを交わすシーンは、何気にお気に入りです〜。




