第三話:結界の内で
場所を変えるという晴明に着いていくと、そこは大きな屋敷だった。
門を入った瞬間、空気が変わった。
そして、若干の違和感。
気になって、門を振り返る。見た目は何の変哲もないようにみえるが、何か術がかけられているようだ。
「来たものが分かるようにしてあるだけだ、気にするな」
晴明曰く、ここを通った者を予め知るためだそうだ。
屋敷にたどり着くまでの間は歩いて数分。それを事前に知る必要があるだろうか。
「逃げる時間が稼げる」
冗談めかした言葉。
それが全てではないだろうが、全てが嘘というわけでもないのだろう。嘘をつく時は、真実を少し混ぜるだけで真実味が増す。
「安倍晴明も逃げるんだ」
素朴な疑問が、つい口に出た。
小さな呟きだったはずなのに、晴明には聞こえたらしい。
「私にだって、逃げたいときはある」
それは、どんな時だろう。浮かんだ疑問は声になることはなかった。
その前に、目的の場所に到着したようだ。
案内されたのは、濡れ縁。
すでに酒宴の用意がされていた。
「さてカグヤ、脱げ」
「────────へ?」
反射的に声が漏れた。
「⋯⋯は?」
初対面の相手に何を言い出すのだ。
カグヤの怪訝な声に、晴明は言葉を補足する。
「先ほど敵の攻撃を躱したときに、少しだけ瘴気を受けただろう」
「⋯⋯⋯」
「穢れは、残さぬほうがいい」
攻撃はすんでのところで躱した。たが、あの影が纏っていた瘴気に少しだけ触れた。
あの一瞬で、よく気づいたものだと関心する。
────だが。
「脱ぐ必要はないでしょ」
「着物の穢れも祓う」
さも最初からそう言っているだろうという顔をされても困る。
“脱げ”だけで察しろという方が無理だ。
そもそもどういう感情でいるのが正解なのか、まるで分からない。
「⋯⋯⋯言葉が足りな過ぎる」
深いため息を吐く。
「着替えを用意してある、着替えて来い」
有無を言わせぬ言葉の圧。
全く引く気がない晴明に、カグヤが折れるしかなかった。このままでは話が進まない。
晴明の式神が案内してくれるらしい。
大人しくついて行けば、そこには本当に着替えが用意されていた。
用意されていたのは、小袿と袴。
晴明の式神が着付けまで手伝ってくれた。至れり尽くせりである。
(⋯何を企んでいるのかな)
ここは彼の領域なので、まだ油断は出来ない。
門を入った瞬間から空気が変わった。間違いなく、結界が張られている。
「────ありがとう」
「礼には及びません、主の指示ですので」
流暢な言葉。式神だと分かっていても、姿は完全に人にしか見えないが、人ではない。
歩く時の音がなく、瞬きもしない。そんな人は存在しないのだから。
だが、晴明が高位の陰陽師だということは納得した。
先ほどの濡れ縁に戻れば、晴明はすでにお酒を飲んで寛いでいた。
「⋯支障はなさそうだな」
似合うとか似合わないという概念はないらしい。
カグヤは改めて自分の姿を見下ろす。
薄く透けるような小袿が、肩から緩やかに落ちる。
袖は広く、動く度に空気を含んで揺れた。下の袴も、軽やかに揺れる。
一歩踏み出すと、裾が遅れて揺れた。動きが妨げられることはない。
「問題なさそう」
「そうか」
鷹揚に呟き、酒器に口をつける。
少し満足気に見えるのは気のせいだろうか。
「さて、話してくれるんでしょ?」
「まずは、座れ」
ここは大人しく従う。
今起きていることを把握しなければならない。
絶対に────。
晴明さんのキャラは少し悩みましたが、考えるの楽しかったです!




