第一話:繰り返す夜
空を見上げれば、青白く輝く満月がちょうど真上にある。今は深夜12時くらいといったところだろうか。
今までの転移先は基本的に朝か昼などの明るい時間が多かった。夜に転移するのは珍しく、深夜の転移はあまり記憶にない。
それに、普段との一番の違いは────。
(ヒスイが、いない⋯)
いつも一緒だった。
監史者はツーマンセルで動くから、相棒であるヒスイとは常に一緒に任務に赴いていた。初任務の頃から随分経つが、一人の任務はないに等しい。
ヒスイがいない、その事実が思いの外重く、カグヤの心にのしかかる。
『カグヤ!』
切羽詰まった声。
少し聞き取りにくかったが、腕を掴まれた感触は残っている。
無意識に腕へ触れた時、手首に付けたザウルスが目に入った。
普段の見慣れた白いザウルスとは違う、黒いザウルス。開発部のクゥに借りたものだ。
それは、この世界に来てからずっと沈黙している。
(やっぱりマズイ状況だよね⋯)
そもそも、今回の転移は異例尽くめだった。
転移門を起動するための起動コードを読み取っていないのにも関わらず、ザウルスが転移した。
(あの小太刀、一体何だったんだろう)
カグヤが今陥っている現状の原因。
装飾らしい装飾といえば、小太刀の端にひっそりと刻まれた花の紋様だろうか。それ以外には装飾はない。だが、それなりに上等な品だったように感じる。
何が起きているのかは分からない。
だが、あの光が弾ける瞬間、たしかにヒスイはカグヤのそばに居た。
それならばヒスイもこの世界に転移している。それだけは間違いないと断言出来た。
同じ世界にいるならば、必ず会える。
まずは、この世界が何の世界なのかの把握。それから、ヒスイとの合流。
今後の目標を決めて気合いを入れ直すカグヤの横を、牛車が通り過ぎる。
この刻限に牛車を走らせる者は、そう多くはない。
だが、それにしても────妙な違和感があった。
何かがおかしい、そう感じた。
漠然とした勘だ。
だが、カグヤの勘は特別だった。
違和感の正体を確かめるために暫く待っていると、また牛車が通り過ぎた。
先ほどと同じ方向。
同じ傷。
「⋯⋯」
無言のまま空を見上げる。
月は変わらず一番高いところで輝いていた。
やはりどこか違和感がある。
何かが、引っかかった。
「────もしかして」
一つの可能性が、頭を過ぎる。
「其方は、何者だ」
声が落ちた。
落ち着いた声には、何の感情もない。
だが、その圧は圧倒的だった。辺りの空気が重くなる。
ゆっくりと、振り返る。
そこに、男が立っていた。
狩衣と呼ばれる動きやすい格好に身を包んでいる。
この男────ただ者ではない。
「⋯⋯先に名乗るのが礼儀では?」
カグヤは威圧をものともせず、敢えて挑発してみる。
イラついてくれるかと少し期待したが、男の態度は変わらない。
男は目を細める。
「これは失礼した。私は晴明という」
晴明──。
それは、聞き覚えのある名前だった。
彼が来ている服装と、牛車での移動。そして、この町の雰囲気。
点が線になっていく。
つまりこの世界は────。
「⋯⋯丁寧な名乗りをどうも。────わたしは、カグヤ」
一瞬、偽名を名乗ろうかとも考えたがやめた。
稀代の陰陽師に、小手先の小細工が通用するとも思えない。
「さて、カグヤ」
「⋯⋯」
「其方は、ここで何をしている?」
辺りの空気がまた一段重くなった。
一瞬にしてこの場の空気を制圧したようだ。
「調べ物だよ」
カグヤは何食わぬ顔でニコリと笑う。
「この都に、調べ物か」
「そう、色々とね」
「何かおもしろいものでもあったか?」
晴明の表情に、変化はない。
カグヤは、視線を少し動かす。
「そうだなぁ、例えば────同じ牛車が何度も通る理由、とか」
また、牛車が通る。
先ほどと傷の位置まで全て同じ牛車をチラリと見る。
一瞬の沈黙。
「ほう」
感心したように晴明の目が細まる。
「気づいたのか────それならば、話は早い」
少しだけ嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
何を企んでいるのか、読みにくい。
「其方にも、手伝ってもらおう」
予想外の一言に、一瞬言葉に詰まる。
晴明は、相変わらず無表情に近く、その表情から考えを読み取ることは難しい。
「⋯冗談でしょ?」
「知りたいのだろう?」
晴明は、口元だけで笑った。
その目は一切笑っていない。まるでカグヤを見定めるように眺めている。
月が雲に隠れたのか、少しだけ薄暗くなる。
カグヤが口を開こうとした瞬間。
「──!」
突如、二人の目の前に現れた────黒い物体。
それは影のように、揺らめいている。
「────ここまで入り込んだか」
晴明がボソリと呟く。
その物言いから、結界でも張っていたのかもしれない。
「カグヤ」
名を呼ばれて振り向けば、晴明の口元が弧を描く。
「これが、怪異の一部だ」
「⋯⋯⋯」
「手伝ってくれるだろう?」
有無を言わせぬ言動に、カグヤは口元を僅かに緩める。
会ったばかりだというのに、カグヤが戦えると確信しているらしい。
「わたしは、高くつくよ」
カグヤは、好戦的な笑みを浮かべる。
共闘してあげよう、謎を解き明かすため────。
新しいシリーズは、陰陽師編となります。
楽しんでいただけると嬉しいです!




