第十二話:勝利の風
風が吹き抜ける。
それだけで、曹操は全てを理解した。
「申し上げます! 東南の風により、火が一気に拡大! 収集がつきません!!」
その報告を聞いても、驚くほど心は静かだった。
あの祈祷師の言葉が蘇る。
────風が吹けば、曹操様が負けます。
まさに、その通りになった。
そして風が吹いてから、祈祷師の姿が一切見えない。つまり、祈祷師の身に何かが起こり、風が復活したのだろう。
天幕から、外をみる。
東南からの風に煽られ、炎は勢いを増していく。
船から船へ、舐めるように炎が広がる。まるで、生きているかのように────。
船と船を繋いでいたが為に、船団には逃げ場がない。
「────退け」
静かに、そう告げた。
××××××××××
遠くで、炎が上がる。
続けざまに、色々な場所で火柱が立った。
曹操軍の船が燃えているのだろう。
周瑜率いる連合軍が、曹操軍に向かっていくのが見えた。
曹操軍は、すでに撤退の準備をしているのだろうか。
「⋯⋯⋯」
この火攻めで、曹操軍は相当大きな痛手を負うことになる。
だが無駄に戦おうとせず、撤退の判断が早かったために救われた命も多かっただろう。
そう考えれば、曹操という男は優れた指揮官だったのかもしれない。
これからも、戦は続いていく。場所を変え、国を変えて────。
その構図を考えたのは、今隣で同じく曹操軍の船団が燃えている光景を眺めている人物────諸葛亮孔明。
今回の侵入者との戦いにおいて、この男の知略がなければ、ここまで上手くいったかどうか怪しいモノだ。
「カグヤ」
「⋯なに?」
隣にいた孔明が、不意にこちらを向いた。
真っ直ぐにカグヤの目を見つめる。
そして、フッと優しげに細められる。それは、出会ってから初めてみる表情だった。
「此度は、ご尽力いただき感謝致します」
そういって、両の手を重ねて深々と頭を下げて膝を折った。
この時代のお辞儀────拱手。
そこに込められた思いが、伝わってきた。
「それを言ったら、こちらもだよ。孔明のお陰で助かりました。感謝致します」
カグヤも孔明に習って、謝意を返す。
胸の前で両手を重ねて膝を折り、頭を下げる。それはまるで、踊りの振りのように優雅だった。
「カグヤの舞、とても素敵でした」
「⋯⋯ありがとう、上手くいって良かったよ」
孔明は、社交辞令を決して言わない。
何故なら、そんな事をしても意味が無いと考えているからだ。
だからこそ、この言葉を素直に受け取れた。
「オレからも礼を言うよ」
そこに響いたのは、ヒスイの声。
のんびりと歩いてくる姿に、一体いつ戻ってきたのだろうか。
「ヒスイとカグヤがいなければ、この戦いは長期化していたでしょう」
「こちらも、短時間で解決出来て嬉しいよ」
孔明の力を借りなければ、もう少し時間がかかったのは言うまでもない。
監史者の考え方とは少し外れるが、臨機応変に対処しなければ任務を完了出来ないのだ。
「そろそろオレたちは行くよ」
「出来れば、もう少し話を聞きたいですが⋯仕方ないですね」
孔明の質問攻めには合いたくないので、さっさと撤退しよう。
孔明たちの記憶は、カグヤたちがこの世界を去れば消える。
だが、もしかしたらこの男は微かに残ったピースから、答えに辿り着くかもしれない。
そんな事を考えていたヒスイは、先ほどの元監史者だった女の言葉を思い出した。
(────裏切り者、か⋯)
無意識に、カグヤへと視線を向ける。
「どうしたの?」
カグヤが気づき、ヒスイの方を見上げる。
キョトンとした顔が、とても幼い。こんなところは出会った頃から、まるで変わらなかった。
「何でもないよ」
「そう?」
「あぁ────帰ろう」
これから帰る先がもしも敵だらけだとしても、ヒスイはカグヤを守り抜く。
光る魔法陣に立ちながら、ヒスイは密かにそう誓った。
何があっても、必ず守ると────。
二人の消えた場所に、風が吹き抜ける。
それは、勝利を告げる風か。
それとも、これから訪れる戦乱の前触れか。
遠く燃え盛る炎は、まだ消えそうにない────。
赤壁の戦いは好きな話なので、書けて楽しかったです〜!




