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17-1かみ合う2人

学園は冬休みへと突入した。

ギルバートは実家へ帰り、休みの間は夏季休暇と同じように、父親について仕事に回った。そして、1日の仕事が終われば就寝の時間まで勉強をしていた。あと半年もすれば、本格的に家の仕事が始まる。そう思って、ギルバートは熱心に取り組んだ。



寝る前の勉強を終えて、そろそろ寝ようかと考えながら、ギルバートは椅子に座ったまま軽く背伸びをした。


「(…あのユーリが、な…)」


ギルバートは真っ暗になった窓の外を見つめながらそんなことを考える。


実家へ戻る直前、パーティーで発覚した件をギルバートはユーリの部屋まで押しかけて問い詰めに行った。どうやら彼は、彼のミーナの意中の相手についての勘違いがあったことを最初から知っていた上で、それを訂正せずに、ギルバートが一人で空回りしているところを傍観していたらしい。

知っていて黙っていたことをユーリにさらに問い詰めたら、彼はは悪気のない顔で、だってねえさまをとられたくなかったんだもん、とだけ返した。ギルバートは、その全く悪びれない様子に憤慨したが、しかし、パーティーの日の充血した目の彼を思い出せば、彼なりにこの結婚に思うところがあるのだろう、という情状酌量の余地も生まれた。

ユーリは、それよりも、と真面目な顔でギルバートに言った。 


「ねえさま、ガーベラたちに閉じ込められたんだよ」

「ガーベラ…ガーベラ?!あのガーベラ?!」


ギルバートは予想外のことに目を丸くした。ユーリは腕を組むと、ねえさまは何も言わないけど、とため息をついた。


「多分、ガーベラってずっとギルバートのことが好きだったから、堪らずにねえさまに嫌がらせしちゃったんじゃない?最近あからさまにギルバートがねえさま溺愛モードに入っちゃったから、ガーベラは腸が煮えくり返ってねえさまに意地悪なことを、」

「まて、まてまてまて。冒頭から既に話についていけていない。ガーベラが?俺を?」


ギルバートは半信半疑でユーリを見る。ユーリは、…相変わらず他人からの好意に疎い…、とため息をつく。


「あの様子だと、これからも色々してくるかも。大丈夫なわけ?」


ユーリが疑わしげにギルバートを見る。ギルバートは、もちろんだ、と真面目に返す。ユーリはジト目でギルバートを見つめ返す。


「…まあ、さすがに、コートネイ夫人に何かできるとは思えないけどさ」

「家の威を借りずとも、俺が何とかする!」

「はいはい」


ユーリは全く信じていない様子で返す。ギルバートは、未だにあのガーベラがミーナに嫌がらせをしたことが信じられずにいた。


「(…女の子には色々ある…にしても、ありすぎるだろ…)」


ギルバートが悶々と考え始めると、ユーリは、もう疲れたから、早く部屋から出てってよ、と冷たく言い放ってきた。そんなユーリを、ギルバートはじっと見つめた。


「…念のために聞くが、ミーナに特別な恋慕の感情は抱いていないんだな?」


ギルバートはそうユーリに詰問した。ユーリは面倒くさそうにギルバートを見たあと、挑発的な顔をした。


「だったらどうするの?」

「はあ?!」

「僕に譲ってくれるわけ?」


ユーリの返しに、ギルバートは真面目な顔で彼をみつめた。


「譲らない」


ギルバートの真剣な様子に、ユーリは小さく微笑む。しかしすぐに、意地の悪いジト目の顔をして口元を緩ませた。


「あーあ、狼狽えてるギルバート、面白かったのになあ」

「……君、悪趣味だぞ」

「まあでも、もう障壁はないわけだ。めでたしめでたし、かな?」  


ユーリの言葉に、ギルバートは硬直する。そんな彼を見て、ユーリは小首をかしげる。





「(…わからない…ミーナの気持ちがわからない……)」


ギルバートはそう悶々と考える。ミーナが自分のことをどう思っているのかがいまだに読めないのだ。


「(直接聞けばいいのか…?恐らく悪いようには思っていないだろうし…)」


ギルバートはそう考え込みながら、ふと、明日の予定を思い出す。


「(…そうだ明日、ミーナが家に来るんだった……)」


結婚前に一度、結婚してから暮らすことになるこの家の見学に、ミーナがやってくることになっているのだ。(ギルバートは冬休み中にミーナの実家へ行き、挨拶することになっている)


「(…明日のこともあるし、もう寝るか…)」


ギルバートは考えることを諦めて、ベッドにはいることにした。










そして翌日、ミーナがギルバートの家にやってきた。

いつもの制服ではない、ワンピース姿のミーナに、ギルバートは一瞬言葉を失う。ミーナはいつもの朗らかな笑顔で、おじゃまします、とギルバートに話しかける。


「可愛さが…どんどんアップデートされていく…」

「えっ、え?」


可愛さに動揺するギルバートに、ミーナは、わ、わかったってば…、と恥ずかしそうに呟く。ギルバートは、その顔もかわいい…、と動機が激しくなりながら口元を手で押さえた。

すると、一連のやり取りを聞いていた周りの使用人が、全員ギルバートの方を見て硬直している姿が見えた。ギルバートは、あっ、と声を漏らす。


「(…そうだ…、こうなったことをまだ知られていなかったんだった…)」

「ああ、よく来たな」


背後から、いつからいたのかわからない父親が声をかけてきた。ギルバートは、ぎくりと背中を伸ばす。


「(き、聞かれてたか…?聞かれていたのか…?!)」

「疲れただろう。応接室に来なさい」


父親はミーナにそうねぎらった。ミーナは深々と頭を下げて、本日はお招きいただきありがとうございます、と挨拶をした。父親はそんなミーナに小さく微笑んだ後、ギルバートの方を見た。


「…お前は……様子が変わったな」


父親はそうぽつりと言うと、こちらへ来なさい、と言って歩き出した。ギルバートはその背中を見つめながら、父親に聞かれていたことを察した。







応接室でしばらくお茶を飲んだ後、ミーナは父親の案内で、屋敷の主要な場所や、結婚後ミーナの部屋になる場所を案内した。


「私は、君たちが結婚した後は、別荘に住む予定だ。気兼ねなくここで暮らしたらいい」

「えっ、そ、そうなんですか?」


ミーナが驚いたように目を丸くした。ギルバートもその話は初耳で、動揺しながら父親を見た。父親は、その話には深く追求せず、昼食の準備ができたらしい、というと、食堂へ歩き出した。







3人で昼食をとった後、ミーナは実家へと帰っていった。

ミーナを見送った後、ギルバートは父親の部屋に呼ばれた。ギルバートは、自分が呼ばれた理由を何となく察しながら、どこか落ち着かない部屋で父親の部屋に入った。


「ああ、ギルバート」


仕事机に向かっていた父親は、部屋にやってきたギルバートを手招きした。ギルバートは重い足取りで彼の元へ向かった。

何を言われても狼狽えないと覚悟したギルバートに、父親は一冊の日記を差し出した。


「…父さん、これは?」

「セイシェルの日記だ。3年前に見つけた」


久しぶりに父親から聞いた母親の名前に、ギルバートは一瞬動揺した。

ギルバートは父親から母親の日記を受け取ると、ゆっくりページを開いた。そこには、日付とともに、その日あったことを短く書かれていた。そこには、ギルバートの成長を喜ぶ内容がたくさん書かれていたが、それと同じくらい、夫である父親のことも書かれていた。

夫がこの日、どこへ連れて行ってくれた、何を見せてくれた、何を贈ってくれた。それらに対して、母親が喜んでいるのがわかる文章が並ぶ。

ページの最後は、病床にあった母親のひと言が添えられていた。


ー私はとっても幸せだったけれど、アレックスはどう思っていたんだろう。


ギルバートは、その文を読み終えて、父親の方を見た。父親はギルバートの方を見ると、視線を落とした。


「…私は最後まで、彼女に何も言ってやれなかった。彼女への愛情も感謝も、何一つとして。…この日記を見つけてから、ずっと後悔している。世の中、言っても伝わらないことばかりなのに、なぜ言わなくてもいいなんて思ってしまったのか」


父親はそう言うと一度言葉を止めた。ギルバートは、幼い頃からずっと厳しく接してきた彼をじっと見つめる。


「…お前には、ワイアット家より良い縁談なんかいくらでもあった。でも私は、彼女と結婚するのがお前にとって一番いいと思う」


父親はそう言ってギルバートの目を見た。ギルバートは彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「…もうすぐ結婚するんだ。しっかりするんだぞ」

「…はい」


ギルバートは、心を込めてそう返事をした。父親はそんなギルバートを見つめてほんの少しだけ口元を緩めて、私は別荘に住む、と言った。


「彼女の好きだったあの場所で、…一人で色々考えたい」


父親の言葉に、ギルバートは黙り込む。父親はそんなギルバートを見て自虐的に笑った。


「私を反面教師にして、ミーナと上手くやりなさい」

「…いいえ、父さんは俺の目標です。この家を守り、大きくし続けたあなたを、心から尊敬しています」


ギルバートにそう言われて、父親は少し目を丸くした。ギルバートは真っ直ぐに父親を見つめる。


「父さんが守ってきた家を引き継ぐ道のりを、俺らしく進みます」


父親は、そう大真面目に言ったギルバートを、一瞬あ然とした顔で見たあと、声を上げて笑った。ギルバートはそんな彼を見つめながら、生まれて初めて父親が笑ったところを見た、ということを考えていた。

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