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16-4心が動くとき

ドレスアップを終えたミーナは、ダンスパーティーの会場に向かっていた。楽しそうに話しながら目的地へ向かう同級生たちを眺めながら、ミーナは心臓がばくばくと脈打っていた。


ギルバートにパーティーのパートナーに誘われて、ミーナは嬉しさと同時に緊張が走った。

パーティーの時、ギルバートに好きだという絶好のチャンスなのでは。そう考えれば考えるほど、ミーナは緊張した。


「(…大丈夫、言える、きっと言える…)」


ミーナは、めかしこんだ自分の姿を、廊下の窓で確認しながらそう言い聞かせる。大丈夫、きっと、大丈夫、と。


「…ミーナ」


声をかけられて、振り向くとガーベラがいた。ミーナは息を呑んだあと、…ガーベラ、とつぶやいた。彼女とはもちろん、絶交したあの日から会話などしていない。


「…今、お時間があるかしら」


ガーベラは、そう暗い表情で言った。ミーナは少し黙ったあと、何かしら、と尋ねた。ガーベラは目を伏せて唇を開いた。


「…人目のあるところではできない」

「……」

「…パーティーの時間までには間に合わせるわ。…前のことで謝りたいの」


そう、いつになく沈痛な面持ちの彼女に、ミーナは息を詰まらせる。ミーナはしばらく黙ったあと、わかったわ、と言った。









ミーナは、ガーベラのあとに続いて黙って歩いた。ガーベラは、廊下の隅に来ると、ミーナのほうを振り返った。悲しそうな顔をした彼女を、ミーナはじっと見つめる。


「…あの日のことは、あなただけが悪いわけじゃないと思う。あなたは私にひどいことを言ったけど、それを言わせたのは私だもの。…もう何も思ってくれなくていい。…私たち、離れたほうがいいのよ」


ミーナはそうガーベラに告げる。ガーベラはミーナをまっすぐと見つめる。


「…ありがとうガーベラ。ひとりぼっちだったあの時の私と友達でいてくれたのは、間違いなくあなただけたったわ」


ミーナはそうガーベラに告げる。ガーベラは少しだけ瞳を揺らしたあと、ミーナの手首をつかんだ。すると、隠れていたらしいガーベラの友人たちが現れて、ミーナを思い切り押した。そして、友人によって開けられた教室の中に、ミーナは押し込まれた。ミーナは押されたことで尻もちをついた。ミーナは痛む体を感じながら、教室の外にいるガーベラを見上げた。


「黙りなさい、豚」


ガーベラはそう言うと、教室の扉をしめた。外から鍵を閉める音と、ガーベラたちの笑い声が聞こえた。ミーナは扉を開けようとしたが、当然だけれど鍵をかけられて開かなかった。


「(…何となく、そんな気がしていた…)」


ミーナは肩を落としながらため息をつく。あのガーベラの様子、とても自分に謝ろうという気が見えなかった。彼女が自分に何か仕返しをするだろうとは察していた。これで彼女の気が晴れるなら、と受け入れてしまおうかと思ったけれど、こんなことは一時の気晴らしにしかならないことはよくわかっていた。


「(…彼女が私に怒る気持ちもわかる…)」


彼女の自分に対する怒りを受け止めながら、ミーナは、それでも落ち着いていられる自分に驚く。もうミーナは、ガーベラが嫌うこの自分を好きでいてくれる人たちを知っている。だからこれまでのように、彼女に恐れおののくことはしなかった。


「(…なんて、かっこつけて受け入れたものの、閉じ込められてどうしよう。明日の朝までここにいなくちゃいけないのかな…)」


ミーナは、この格好で夜を過ごさなくてはいけないことに怯える。季節は冬だと言うのに、この格好で明日の朝まで生き延びられるだろうか。

ミーナが恐怖を感じたした時、物音がした。体をびくつかせて音の方を見ると、ミーナの向かい側の教室の壁に座り込むユーリの姿が見えた。


「ゆ、ゆ、ユーリ?!」


ミーナは慌ててユーリに近づく。暖かそうなコートを着たユーリは、ねえさま、と顔を上げてミーナの方を見た。


「あなた、巻き込まれて閉じ込められちゃったの…?!」


ミーナは慌てながらユーリの前にしゃがみこむ。ユーリのほうを心配そうに見つめながら、しかしなぜ、彼がここにいるのか疑問に思った。


「(…ここはユーリのクラスでもないし…)」

「…ねえさま、寒いでしょう。これを着てください」


ユーリはそう言うと、もう一着持ってきていたらしい暖かいコートをミーナに差し出した。ミーナは狼狽えながらも、あ、ありがとう…、とお礼を言って、それを着た。防寒のしっかりしたもので、これなら一晩過ごすのに充分なようにミーナは思えた。


「…なぜ、もう一着こんな暖かいコートを?」


ミーナはそんな疑問を口にする。ユーリはじっとミーナを見つめた後、…知っていたからです、と答えた。


「知っていた?」

「ガーベラが、ねえさまをパーティーに行かせないためにここに閉じ込める計画を、です」

「へえ……ええ?!」


ミーナは目を丸くした。そして、眉を下げた。


「それを知っていて、助けようとしてくれたの?」


ミーナはユーリの優しさに感動する。ユーリは感激しているミーナに目を丸くすると、目を伏せた。


「…その逆です」

「え?」

「知っていて、言わなかったんです」

「…えっと、どういうこと?」

「ねえさまに意地悪したんです。パーティーに行かせないために。ギルバートと踊らせないために」


ユーリは、腕で抱えた両足に、さらに力を込めた。ミーナは動揺しながらユーリを見つめる。


「…どうして?」

「……」

「何かあったの?」


ミーナは心配そうにユーリを見つめる。ユーリはミーナから目をそらして、立てた両足の膝に顔を埋める。


「…ねえさまと、ギルバートがうまくいかなければいいと思っていたから」


ユーリは、そう言葉を紡いだ。ミーナはそう言ったユーリを見つめる。ユーリの柔らかそうなミルクティー色の髪が揺れる。


「…僕はワイアット家の養子に入ってもずっと、とうさまとかあさまの本当の子どもにはなれなかった。もとの家の両親は、ほかの兄弟じゃなくてなんで僕を手放したんだろうって考えても苦しくて、僕はどの家の輪にも入れないんだって思ってた。…でもねえさまと話してたらそれを忘れられた。…だから、ねえさまがこの家から出てお嫁に行ったら、僕のことを忘れちゃうんじゃないかって、僕はまたひとりにぼっちになっちゃうんじゃないかって、そう思ったら怖くて…。ねえさまをギルバートにとられたくなくて意地悪しちゃった」


ユーリが話すのを、ミーナはじっと聞いていた。ユーリは頭を振って膝に更に顔を埋めた。


「とうさまとかあさまは僕を大事にしてくれる。ギルバートも僕を弟だって受け入れてくれてる。だから余計に惨めだった。優しさを真っ直ぐに受け取れない自分が、いちばん惨めだ」


ユーリはそう声を震わせた。ミーナはそんなユーリを抱きしめた。


「…ごめんねユーリ。私能天気だから、あなたが心細くいることに気がつけなかった」


ミーナはユーリに頬を寄せる。ユーリは緩く唇を噛むと、違うよ…、と言った。


「…謝らないで、ねえさま。僕が悪い。こんな捻くれた僕が…」

「大切なあなたにこんな想いをさせていたことに謝りたいの」


ミーナは、これまで彼にも自分の気持ちを伝えられていなかったことに気がつく。自分なんかに好きだと言われたところで、という卑下が、廻り廻って大切な人を傷つけていたのだ。


「約束する。あなたのことを絶対に忘れたりしない、ひとりぼっちにしたりしない。絶対によ」


ミーナは優しくユーリの頭を撫でる。ユーリは、ねえさま…、とか細い声でつぶやいた。


「ねえさまごめんなさい、悪い弟でごめんなさい…」

「私こそ、悪い姉でごめんなさい。ねえユーリ、私、あなたが大好きだから仲直りがしたい。…できるかな?」


ミーナが尋ねると、ユーリは小さく鼻をすすって、僕も仲直りがしたいです、とか細く答えた。ミーナはそんなユーリをまた優しく抱きしめた。


すると、扉の鍵が開けられる音がした。はっとミーナとユーリが音のする方を見ると、開いた扉からギルバートが入ってきた。


「い、いた…」


ギルバートは、ミーナの姿を見ると安心したようにため息をついた。


「…よく見つけられたね」


ユーリが驚いたような声を出した。ギルバートはその声でユーリに気がついたらしく、わっ!と声を上げて驚いた。


「なっ、なん、なんで君までいるんだよ!」

「…僕は、」

「ユーリも巻き込まれちゃったの。ユーリがいてくれたから助かったの」


ミーナは笑顔でギルバートに言った。ギルバートは暖かそうな格好をする2人を見て、そ、そうか…、と言った。


「…なんで君はコートを2着も持ってたんだ?」

「偶然みたい。ギルバート、それより本当にありがとう」


ミーナはユーリの手を引いて立ち上がると、ギルバートにお礼を言った。ギルバートは、いや…、と乱れた呼吸を整えながら言った。ミーナを探すためにずいぶん走ってくれたらしい。ミーナは、ギルバートが見つけてくれたことへの安心と嬉しさに頬が緩む。


ユーリはミーナとギルバートを見ると、ねえ、と言った。


「まだパーティーは終わってないんでしょ?今からでも行ってきたら」


ユーリはそうギルバートに言った。ギルバートは、ああ…、と返した時に、ユーリの目が充血していることに気がついて固まった。それに気がついたユーリは咄嗟にギルバートから目線をそらした。

ミーナは、ユーリの手を握ると、ううん、と頭を振った。


「私、今日はパーティーには行かないでユーリと一緒にいる。…いいかな、ギルバート」


ミーナはそうギルバートにおずおずと尋ねた。ギルバートはユーリを見たあと優しく微笑み、そうした方がいい、と言った。ユーリは少し居心地が悪そうに視線を泳がせたあと、そうだ、と声を出した。


「そういえばねえさま、昔冬のパーティーで、オリバーのお嫁さんになりたいって言ってましたよね」


ユーリはそう、思い出したように言った。ミーナは突拍子もないユーリの言葉に、え?と目を丸くする。


「そんなことあった?」

「ありましたよ」


ユーリはにこにこミーナに言う。ミーナは全く記憶になく困惑する。

すると、バツの悪そうな顔をしたギルバートが、おい、とユーリに話しかけた。


「そんな話、別にいいだろ」


そう止めるギルバートを気にせずに、あれはねえさまだったと思うんですけど、とユーリは話を続ける。ミーナは苦笑しながら、そんなことあったかなあ、と小首をかしげる。


「本当に覚えがないの…。あったかしら、そんなこと…」

「あれえ、ねえさまじゃなかったかなあ?」

「うーん…、私オリバーのことは好きだけど、そういう風な感情は持ったことないから…うーん、でも言ったのかなあそんなこと…」

「はっ?!」


ギルバートが目を丸くしてミーナを見た。ミーナはそんなギルバートに驚いて、えっ!と肩を揺らした。


「な、なに?」

「いいや、君は言ってたぞ、オリバーが好きだって!」

「ええ?!本当?いつ?」


ごめん本当に覚えてない…、と困惑するミーナを、ギルバートの方も困惑しながら見つめる。

そんな2人を見たユーリがにこりと笑って、それじゃあ、と両手をぽんと叩いた。


「オリバーのことは、勘違いだったってことかな?」


ユーリはそう言うと、それじゃあねえさま行きましょう、とミーナの手を引いて歩きだした。

ユーリはギルバートの方を見て、それじゃあ、助けてくれてありがとう、と笑顔でお礼を言うと、未だに固まるギルバートを置いて、ミーナを連れて歩いていってしまった。

 




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