16-3心が動くとき
ミーナとガーベラが絶交したということに、仲良しだとばかり思っていた2人になにがあったのか、他人が首を突っ込む話ではないにしろ、ギルバートはかなり仰天した。
動揺するギルバートとは対象的に、ガーベラと決別をしたミーナは、どこか清々しそうにしていた。何があったかはわからないし、これからも知ることもないだろうけれど、それでも本人が納得のいく終わりだったのなら、自分が何をすることもないのだと、ギルバートはそう思うことにした。
「(…女の子には色々ある…か…)」
ギルバートは、以前聞いたレーガの話を思い出す。自分が気にしても仕方がないとはわかりつつも、心配な気持ちはもちろんある。しかし、アイリーンをいつも怒らせる自分だから余計に、彼女たちの話に首を突っ込むべきではないとギルバートは自分に言い聞かせる。
そして、テストは終わった。結果だけ見れば、ギルバートは無事1位をとった。がしかし、内容で言えば前回よりも悪かった。ギルバートは渋い顔をしながら結果を見る。すると、隣にミーナがやってきた。
「ギルバート、やっぱりすごいね」
ミーナがきらきらの瞳でそう讃える。そんな笑顔に、ギルバートは肩の力が抜ける。
「まあ…」
ギルバートはミーナに褒められたのが嬉しくて照れ隠しに頭を軽くかいた。ミーナはそんなギルバートの隣で微笑む。
「がんばったもんね」
ねえ、とミーナは柔らかく笑う。そんな笑顔に、ギルバートはつられて笑う。
「(…次また、頑張ればいい。人生、先は長い)」
ギルバートは気合いを入れなおしつつも、これまで努力した自分の結果を許してみる。こうやって笑ってくれる人が隣にいてくれるのなら、強がって肩肘を張り続ける必要なんかないのだ。
「そうだ、ギルバートに言わなくちゃいけないことがあったんだった」
ミーナは思い出したようにギルバートに言う。ギルバートは小首をかしげた後、内心、あっ、と思い出した。
「(…そうだ、明後日ダンスパーティーがあるんだった…)」
ギルバートは、ミーナを誘い忘れていたことを思い出す。テスト明けの、冬休み直前に開かれるダンスパーティーは、最上級生だけが参加できるもので、基本的に恋人同士や婚約者同士で踊るものなのである。
「(…色々あったとはいえ、これは痛恨のミス…)」
ギルバートは、まさか向こうから誘ってもらえるのだろうか、と緊張する。自分から誘いたかった気持ちと、ミーナが自分をパートナーにしてもいいと思ってくれていたことが嬉しい気持ちが交差する。
ミーナは目を輝かせてギルバートのほうを見る。
「明日、ユーリの誕生日なの!」
「…あっ、そっち…」
そうだ、それもあった、とギルバートは思い出す。実家でもお祝いはするんだけど、とミーナは続ける。
「せっかくならお誕生日当日にお祝いしてあげたくって。ギルバートも参加してくれる?」
「あ、ああ、是非そうさせてくれ」
「よかった、ありがとう」
ミーナはにこりと微笑む。そんな笑顔に、ギルバートはつられて笑う。
「(…迷惑だと言われてから多少口に出すことは控えたけど…可愛い…言いたい…)」
ギルバートはそんなことを考えながら、ふと、そういえばミーナは自分のことをどう思っているのだろうか、と考える。自分は散々好きだと伝えてきたけれど、彼女はどうなのだろうか。
「(…まさか、やはりオリバーがまだ忘れられないとか…)」
「ねえねえ、盗み聞きしちゃったんだけど、ユーリのお誕生日会するの?」
レーガが笑顔でこちらにやってきた。その隣にはアイリーンがいる。ミーナは、ええ、と微笑んだ。
「よかったら2人も参加してくれる?人が多いほうがいいし」
「なら、誕生日ケーキ作らせてもらえないかな?ユーリとはいつも仲良くしてもらってるしさ」
「ええ?いいの?」
ミーナは目を丸くした後、ありがとう、と微笑む。アイリーンは手を挙げて、私も参加したい、と笑った。
そしてユーリの誕生日がやってきた。
カフェテリアにユーリを呼び出して、レーガの作ったケーキで皆でお祝いをした。ユーリは嬉しそうに、ありがとうございます、と微笑んだ。
各々がユーリにプレゼントを渡していく。ギルバートも、ユーリにペンを渡した。ユーリは、ありがとう、とそれを受け取る。
「俺が使っているやつと同じものだ。書きやすくて使いやすいぞ」
ギルバートがそう言うと、ユーリは一瞬の間の後、わあ、ありがとう、ときらきらの笑顔を向けた。
「(…ミーナがいるから思いとどまっただけで、お揃いとか気持ち悪いんだけど、って言うつもりだったな…)」
「私からはね、本に使う栞だよ」
ミーナは綺麗な栞をユーリに渡した。ユーリは、ありがとうございますねえさま、と微笑んだ。ミーナはユーリの目を見て、あのね、と言った。
「あのねユーリ、大好きだよ。生まれてきてくれてありがとう」
ミーナはそう言うと、ユーリを抱きしめた。ユーリは少し目を丸くした後、どうしたんですか?と笑いながら尋ねた。
「ねえさま、そんなこと言う人でしたっけ?」
「なんだかね、言いたくなっちゃったから」
ミーナはユーリの目を見て微笑む。ギルバートはそんな2人を横目に、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
「(ユーリには言うのに俺には言ってくれない…。ということはつまり、やはり俺のことは好きじゃないのか…)」
「ねえさま、本当にお嫁に行っちゃうんですか?」
ユーリが、そうぽつりと尋ねる。ミーナは、え?と首を傾げる。
「どうしたの、急に?」
「…いいえ、ねえさまのお部屋、空いちゃうんだなって…」
ユーリはそう言って少し寂しそうに笑う。ミーナはそんなユーリの頬を両手で包む。
「お家からは出ていくけど、離れ離れになるわけじゃないわ。大丈夫よ」
ミーナは、ね、と笑う。ユーリは少し固まった後、はい、と言ってにこりと微笑んだ。
「さあ、ケーキ切ろうか〜」
張り切ったレーガが、特大のケーキを切り分け始めた。アイリーンが、なんだか切っちゃうのもったいないくらいきれいね、と呟く。レーガが、ケーキは食べてもらわなくちゃ、と笑う。
ミーナはレーガから切り分けたケーキを受け取りながら、きょ、今日だけは…、と苦笑いを浮かべる。アイリーンが、今日も明日もいいのよ、と笑う。ミーナはそんなアイリーンに、ええ〜、と眉を下げて困ったように笑う。そんな2人が微笑ましくて、ギルバートは小さく微笑む。
「うまくいってるみたいじゃん」
こそっとユーリが近づいてきた。ギルバートはユーリの方を見て、満更でもなさそうに、まあな、と返す。ユーリは気に食わなさそうに眉を上げると、ふーん、と意地悪そうにジト目を向けた。
「オリバーがいるのに?」
ユーリの言葉がギルバートの胸に刺さる。ギルバートは咳払いをした後、いいんだ、と言った。
「そういうところも含めて全部、ミーナを受け止めて、俺が幸せにする。そう決めたんだ」
ギルバートはそう言い切る。ユーリは少し目を丸くする。
「だから別に気にしない…しないんだ…」
ギルバートは語尾がしりすぼみになる。ユーリはそんなギルバートをじとっと見つめる。
「そういえば、明日ミーナはギルバートと踊るんでしょ?」
レーガが朗らかに爆弾発言をした。ミーナは、え?と首を傾げる。その様子を見たユーリが、まさか、とギルバートを見あげる。
「誘ってなかったの?」
「…今、誘おうと思ってたんだよ!」
ギルバートはそうユーリに言い残すと、慌ててミーナの方に向かい、そして明日の約束を取り付けた。ユーリはその様子を無表情で見つめていた。
そして、ダンスパーティーが始まった。ギルバートは、会場に向かってミーナの姿を探した。しかし、どこにもミーナの姿はない。
「(…準備に時間がかかっているのだろうか…)」
ギルバートがそんなことを考えていると、男子生徒たちがわらわらと集まる方向に気がついた。何事かと思っていたら、その先にはアイリーンがいた。
「(…流石の人気だな…)」
「卒業前に玉砕しておくか…」
「もしかしたら了承してもらえるかも…」
そんな会話をしながら、男子生徒たちがアイリーンのほうへ向かっていく。ギルバートはその会話を聞きながら、卒業まであと半年と少ししかないと実感する。
「(…結婚か…)」
ずっと好きだった人に想いを告げることができて、拒絶はされなかった。白い結婚もなくなった。それ以上を望むのはさすがに欲張りだ。
「(…別にいい。他の男のこのことは、少しずつ忘れていってもらえたらいい…。うん、それでいい…)」
ギルバートが考え込んでいると、おお!という騒ぎが聞こえた。何事かと思うと、ジャックがアイリーンに告白をしたようだった。
周りが固唾を飲んでアイリーンの返事を見守ったが、アイリーンは呆気なく断った。周りが同情の視線を送る中、ジャックは硬直したままその場に立ち尽くしていた。
「(…あいつに関しては同情してやらない)」
ギルバートはジャックから視線をそらすとまたミーナを探し始めた。すると、レーガと出くわした。
「あっギルバート!ミーナはまだ来てないの?」
「ああ、そうらしい。君は?」
「僕は約束してる人いないから、空気だけ味わいに来たんだ」
レーガはそう言って苦笑いをする。ギルバートは、そうか、と返す。すると、向こうの方で男子生徒たちに追いかけ回されているアイリーンが、業を煮やしたのが、あの!と声を張り上げた。
「私、あなたたちの誰とも踊る気ないから!!」
もうしつこい!とアイリーンは言うとまた男たちを振り払うように歩き出す。しかし諦めない男たちがアイリーンを追いかける。アイリーンはうんざりした顔でそこから逃げる。すると、追いかける男たちの一人が、ねえ、と声をかける。
「誰とも踊る気ないならなんでここに来たんだよ」
「…あんたたちには関係ないでしょ!」
アイリーンはそう言い放つとまた早足で逃げる。
ギルバートはちらりとレーガを見た。
「…俺が助けてもいいけど、それだとあいつは怒りそうだな」
ギルバートがそう言うと、え?とレーガは目を丸くした。
「そんな、僕が助けたってだめだよ」
「俺はそうは思わないけど」
ギルバートはそうレーガに言う。レーガは目を泳がせる。ギルバートはそんなレーガに微笑む。
「言わないと、きっと後悔する」
ギルバートがそう告げると、レーガは、はっと息を呑んだ。レーガは一度拳を握りしめると、アイリーンの方に向かった。必死に逃げるアイリーンは、こちらへ来るレーガに目を丸くした。そして、安心したように、そしてとても嬉しそうに目を細めた。
ギルバートは小さく微笑むと彼らから目を逸らし、またミーナを探しはじめた。




