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15-3伝わる

冬休み前のテスト期間に入ったミーナのクラスは、どこかいつもと違って、少しだけ緊張したような空気だった。

とはいえ、絶対にいい成績を取らなくては、と思うような女子生徒は少数で、皆悪目立ちしない点数を目標にそれなりに頑張る、という人が多かった。


ミーナはといえば、前回の(自分としては)好成績だった結果に続くように、今回も頑張ろうと意気込んでいた。


放課後になり、ミーナは図書館でテストの勉強をしようと準備をしていた。すると、帰る準備をしたアイリーンが近づいてきた。


「テスト勉強?ずいぶん熱心ね」

「うん。今回も前みたいに、真ん中を目指そうと思って」


ミーナがそう気合を入れる顔をすると、アイリーンは小さく微笑んだ。


「それじゃあ、邪魔しないように私は行こうかな」

「邪魔なんか…」

「そうだ、私、今日もレーガとカフェテリアで会うの。私はしないけど、レーガはたぶんテスト勉強してるんじゃないかな?一緒にする?お菓子食べられるよ」


…って、お菓子は控えてるんだっけ、とアイリーンが口元に手を当てる。ミーナは、レーガのお菓子という魅力的なワードに惹かれて目を輝かせる。


「(…にしても、よく一緒にいるよね、この2人…)」


ミーナはそんな考えが浮かんで一瞬固まる。アイリーンは、そんなミーナに首を傾げる。ミーナはアイリーンの目を見つめながら、何かに気がついたようにはっとする。


「…あっ、…わ、私、遠慮しようかなあ…」


ミーナはそう、下手な演技をしながら断る。アイリーンは、そっかあ、と少し残念そうに眉を下げた後小さく微笑んだ。


「じゃあ、また明日ね」


アイリーンはそう言うと手を振り、教室から出ていった。ミーナはその背中を見送る。


「(…アイリーンとレーガって、もしかしたりするのかしら…。でも、二人の逢瀬にわざわざ私を誘わないか…。ううん、どっちなんだろう…)」


ミーナはそんなことを悶々と考える。すると、肩を叩かれた。顔を上げるとガーベラがいた。ガーベラはミーナと目を合わせると優美にほほ笑んだ。


「ミーナ、今お時間あるの?」

「あ、ガーベラ…」

「よかったらお話しましょうよ。みんないるし」


ガーベラはそう言って、いつもの友人たちの方を見る。ミーナは、ええと…、と口ごもる。


「(…勉強したかったんだけどな…)」


ミーナは困惑しながらも笑顔を浮かべる。


「(…それに、もたもたしてたらまたギルバートが来ちゃう…。…って、さすがにテスト期間はこんなことに時間割かずに自分の勉強をするか…)」

「あら、勉強するつもりなの?」


ガーベラはミーナの机の上を見て言った。ミーナは、う、うん、と頷いた。


「ほら私、成績良くないから、頑張ろうかなって…」

「あら、あなたが頑張っても大していい成績なんか取れないわよ」


ガーベラはそう笑顔で言う。ミーナは笑顔のまま硬直する。


「(…前回は自分なりに頑張って、自分なりにいい結果をだせた…つもり…だったんだけどな…)」

「ほらこっち。いらっしゃいよ」


ガーベラに優しく手を引かれて、ミーナはそれに逆らえずに立ち上がる。ミーナはガーベラに従って、彼女の友人たちの輪に入れられた。すると、教室の外から、こちらを悲しそうな目で見ているアイリーンと、ミーナは目が合った。


「(…あ…)」


アイリーンはミーナと目が合うと、にこりと微笑んで、そして去っていってしまった。


「(アイリーン…)」


ミーナは、彼女の笑顔に胸が締め付けられる。彼女の誘いは断っておいて、ガーベラの誘いにのった自分のおかしさに、ミーナは鳥肌が立つ。


華やかな彼女たちとのおしゃべりが始まった。ミーナは彼女たちの笑うタイミングに合わせて、空気を壊さないように笑う。正直どこが面白いのか、何がそんなに笑えるのかわからずに、笑顔の裏で頭は大混乱していた。


「(…早く終わらないかな…)」


彼女たちの笑い声に包まれながら、気がつけばミーナはそんなことを考えていた。早くこの輪から逃れたくて仕方がなかった。でも、どうしたら逃れられるのか、ミーナにはわからない。


「あら、ギルバート?」


輪の中の一人がそう声を上げた。その瞬間、全員が教室の入り口を見た。すると、それに驚いたらしく目を丸くするギルバートと、ミーナは目が合った。


「あ…、すまない、出直す」


ギルバートはそう言うと歩き出した。すると、そんなギルバートを輪の中の女子数名が追いかけた。


「いいからいいから!」

「いっしょに話しましょうよ!」

「ね、いいでしょう?」


女子たちはそう言ってギルバートを教室にはいるように促す。ギルバートは困惑した顔をしたあと微笑むと、いや、水を差すから、と断った。微笑むギルバートに、教室にいる女子生徒たちが熱視線を送る。

ミーナはふと、隣りにいたガーベラに目がいった。ガーベラは切なそうな、そして悲しそうな目でじっとギルバートの方を見つめていた。


「(…ガーベラ…)」


以前感じた違和感がまた沸き上がる。ミーナが、もしかして、と、まさか、を繰り返していたら、ギルバートが、また迎えに来るから、と声をかけてきた。ミーナがはっとしてギルバートのほうを見ると、ギルバートはもう背中を向けて教室から去っていってしまっていた。


「はあ、素敵よねギルバートって」


輪の中の女子生徒がそうため息をつく。ねえ、と相槌を打った女子生徒が、でも…、と嫌味な視線をミーナに送った。


「ミーナのことが好きだなんてね」

「ねえ。なんていうか…意外よね」


ねえ、と女子生徒たちが言い合う。あのギルバートがこんな女を、という空気感を察して、ミーナは慌てて手を振る。


「あのね、違うの、ギルバートはただ、ジャックから私を庇ってくれただけだから」


ミーナはそう言って彼女たちの誤解を解いた。ミーナの言葉に女子生徒たちは目を丸くした。


「…そんなことあるの?」

「でも、わざわざおおっぴらに好きだとか言う?普通」

「ねえ…」

「あの、本当にギルバートは…」


ミーナがそう言ったとき、隣りにいるガーベラが口元を緩めた。


「私もそうだと思う」


ガーベラは、そうミーナにやさしく微笑んで言った。ミーナはガーベラの方を見た。


「あなたのことを好きになるなんて、ちょっと考えられないもの」


ねえ、とガーベラがミーナに微笑む。周りの女子生徒たちも、ガーベラがそういったことで信憑性が出てきたのか、確かに…、と呟く。

ガーベラはミーナに手を伸ばし、癖のある髪に触れた。


「このおかしな髪。変な癖っ毛、変な色」


ガーベラはそう言ってミーナの髪を指に巻きつける。ミーナは笑顔のまま硬直して、ガーベラを見つめる。ガーベラはミーナの顔と手足に視線を移すと、わざとらしくまばたきを繰り返した。


「あらあなた、また少し太ったんじゃない?顔がボールみたいに真ん丸よ。その手足も何?丸太みたい」


ガーベラはそういうと、ミーナの髪から指を離した。そして、優しく微笑んだ。


「友達として、言ってあげているのよ。私はあなたのことを昔から良く知っているもの」


そう優しく声をかけるガーベラが、ミーナは恐ろしくてたまらなかった。それでもミーナは無理やり微笑んで、ほんとうだね、と彼女を肯定してしまった。


「あなたは昔から、ずっと…私のそばに、…いてくれて…」


ミーナはそう震える唇を必死で動かす。


「優しくて…正しくて…」


ミーナは痙攣する指を押さえつけるように、自分の両手を机の下で絡ませる。

彼女が自分を褒めてくれていたから、だからミーナは大嫌いな自分を少しでも肯定出来た。

でも今、ミーナはなぜかとても彼女が信じられない。


「あっ、わっ、私…帰るね…」


ミーナは動揺して、荷物を慌てて片付けると逃げるように教室から立ち去った。勝手に帰って、ガーベラに怒られる。そう思ったものの、逃げる足が止まらない。そんなミーナの背中に、ギルバートが迎えに来るのにいいのかしら、という女子生徒の声と、いないほうがいいのよ、というガーベラの声が聞こえた。















気がついたらいつも運動している中庭に来ていた。ミーナはぼんやりとベンチに座って中庭を眺めた。すると、ランニングしているジェームズの姿が見えた。


「おっ、ミーナ・ワイアット!」


ジェームズはミーナに気がつくとこちらに走ってきた。そして、その場でジョギングをしながら、継続できているな!と満足そうに微笑んだ。

ミーナは、先ほどガーベラに丸い顔だと言われたのを思い出して、自分の頬を手で触った。


「…少し、太っちゃったかなって…」


そう苦笑いをすると、そうか?とジェームズがミーナを見つめる。


「俺には変わらないように見えるが、まあ、多少の増減があるのは当然だ!気にせずに継続することが大事だ!」


ははは!と快活に笑うジェームズを、ミーナは呆然と見つめる。


「(…太ったって言ったガーベラと、そうでもないって言った先生、どっちが正しいんだろう…)」


ミーナはそんなことを考える。どちらの言うことが正しいのか、どちらの言うことを信じるべきなのか。


「(…何が正しいのか…何を信じたらいいのか…)」

「最近、ギルバートがおかしくなったな」


ははは!とジェームズは笑う。ミーナはぎくりとしながらジェームズを見上げた。


「好きな女のことを公言するなんて、トチ狂ったなあ!あいつ一体どうしたんだ?」

「あのですね先生、それには理由が…」

「トチ狂ったけど、でも、昔よりずっと生き生きとしてる。男らしくとかわけのわからんことを言って、謎に生きにくそうにしてたあの頃よりずっと、表情が柔らかくなって楽しそうに見える」


ジェームズの言葉に、ミーナは言葉を失う。ジェームズはそんなミーナを見つめて目元を細める。


「あいつには、お前が必要なんだな」


ジェームズにそう言われて、ミーナは息が詰まる。ミーナは誤魔化すように、そんな、と苦笑いを漏らす。


「彼が本気で私なんかのこと好きだなんて言うわけないじゃないですか。私からジャックを遠ざけるために方便を言ってくれてるだけです」

「いや、本気だろ」

「…え?」

「どう見ても本気で言ってるだろ」

「……え?」

「まさか、本気にしてなかったのか?」

「………えっ?」

「あー!!いた!!」


背後からそんな声がして、振り向くと鬼の形相をしたギルバートが走ってこちらにやってくるのが見えた。ジェームズは、おーおー、とギルバートのほうを眺める。


「よく見ろよあの顔。あれが方便で好きだと言う男の顔か?」


ジェームズがそう、にやにやしながらミーナを見下ろす。ミーナはこちらに向かってくるギルバートを見つめる。昔からずっと見つめてきた人が、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。この人が、自分と同じ気持ちだというのか、本当に。

ミーナは瞬間的に頬の熱が上がり、いたたまれなくなり、わけも分からないまま逃げ出そうと体の向きを変えた。すると、すぐにジェームズに手首を掴まれた。


「せ、先生、離してください…!」

「逃げる意味がわからん」


ジェームズはそう、ミーナに言い放つ。ミーナはなんとかジェームズの手から逃れようとするが、鍛え上げられた彼の腕から出る力には到底かなわない。

すると近づいてくるギルバートが、おい!と怒鳴りつける。


「ミーナに勝手に触るな!」

「はあ?善意で捕まえてやってたのに…」


ジェームズはそう不服そうに言うとミーナから手を離した。ミーナはその瞬間ダッシュで逃げ出した。ミーナはとにかく必死で足を動かして逃げた。




ミーナは息を切らして必死に走ったけれど、追いかけてきたギルバートに、待って!と声をかけられて手首を掴まれた。ミーナはそれでも足を止めずに逃げようとした。しかし、ギルバートに引っ張られる力には敵わずに、前に進めない。


「また、俺を避けてないか?」


後ろにいるギルバートがそう尋ねた。ミーナは肩を揺らして呼吸をしながら、ギルバートに背中を向けたまま顔をうつむけた。


「…ジェームズが…言ってた。…あなたが、私を好きだって…」


そう言葉にして、改めてミーナは信じられなかった。背後に立つギルバートが、はっと息を呑む音が聞こえた。


「…だから、そうだって、ずっと、言ってたんだが…」

「なんで?」


ミーナはギルバートの顔を見られないまま唇を噛み締める。


「なんで、私なんか…。散々周りから豚だって笑われて、馬鹿にされてて…」

「俺はそんなこと言ったことがないし、思ったこともない」

「そうれはそうだけど、でも、みんな言うから、周りがみんな、そう言うから」

「俺はその周りじゃない」


ギルバートにはっきりとそう言われて、ミーナは息が詰まる。ギルバートはミーナの手首を掴む手に力をこめたあと、ゆっくり手を離した。そして、ミーナの前に立って彼女の目を見た。ミーナは恐ろしくてギルバートの方を見られない。


「俺は君が好きだ。昔から今もずっと」


ギルバートの言葉に、ミーナは反射的に目線を落とす。


「…そんなわけない…。そんなこと、あるわけがない…」


ミーナはうわ言のように呟く。頭の中に響く自分を笑う声が、そんなことあり得ないと自分の思考を遮る。ギルバートは腰をかがめて俯くミーナと視線を合わせた。


「…俺の目を見て」


ギルバートは静かにそうミーナに告げる。ミーナは恐る恐るギルバートの目を見つめた。彼の綺麗な緑色の瞳が、太陽の光を反射してきらきらと光っている。

その時に、その瞳に自分が映っているのが見えて、ミーナははっとして両手で顔を覆った。


「…見たくない…」

「見たくない…?!(俺の方を?!)」


ギルバートは動揺しながらミーナの方を見つめる。

ミーナは恐怖から、瞳の奥から涙がこみ上げるのを感じた。過去に言われた言葉が頭の中でリフレインする。いつもふとした時に思い出しては苦しめられてきた、心ない言葉たち。発した方はきっと、覚えてもないだろう。そんな言葉に固執する自分が弱くて、惨めで、情けなくて悔しい。それでも、忘れたふりをし続けるには、この言葉が胸に深く刺さりすぎている。


「不細工な豚だ見たくない。不細工な豚だ、見たくない…」


ミーナは、過去に言われた言葉を自分でも繰り返す。

どうして自分だけは、自分に対してそんなことないよって、言えないのだろうと、ミーナは不思議になる。どうして過去にこの言葉を浴びせてきた人たちと一緒になって、自分を傷つけてしまうのだろうか。


「(…自信が、ないよ…。私には、自分を信じてあげられる力がない…)」


ミーナは両手で覆った顔の内側で歯を食いしばる。

すると、ミーナの両手首をギルバートが優しくつかんだ。そして、ゆっくりと引っ張って、手を顔から剥がした。涙で濡れた頬が風にさらされて少し冷たいと感じた瞬間、ギルバートの顔が近づき、ミーナの唇にキスをした。




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