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15-1伝わる

とんでもないことになってしまった、とミーナはひどく自省していた。


ジャックとの一件があって以来、ギルバートが頻繁に女子クラスまでわざわざやってきて、ミーナの様子を見張りに来るようになってしまった。

優しいギルバートが、親切心からミーナからジャックを遠ざけようと、彼がミーナを好きなのだという設定にしてしまったがために、既に学園中にその誤解は広まってしまっていた。そのため、ギルバートがミーナのそばに来ると周りの視線がこちらへ集中した。そのたびにミーナは、どんな風に周りの人は思っているのだろうと恐怖を感じた。


こんな奴をあのギルバートが好き?あり得ない。あんな豚のどこを好きになれる要素があるんだ。


そんな声が、自分の耳の内側から響く。ミーナは、自分のほうを見てくる周りの人たちの顔を見られずに、ただ俯いていた。




「(…こんな悪い噂、早く払拭しなくちゃ…。誤解だって、周りに知らせなくちゃ…)」


昼休みに、アイリーンとランチをとっている時にいつものようにやってきた、隣に座るギルバートの方を、ミーナはおずおずと見た。ギルバートはミーナの視線に気がつくと首を傾げた。


「どうかしたか?」

「あっ…、えっと…、もう、大丈夫かなって、その、あれから一度もジャックは私に近寄らないし、ギルバートが心配してることも起きないから、だから…」


これで何度目かわからないけれど、ミーナは言葉を選びながらそう彼に伝える。

周りからの誤解でギルバートが評判を落としていることだけではなく、彼が普段から休み時間や昼食後に勉強をしていることは知っていたし、自分の見張りのためにその時間が奪われていることにもミーナは引け目を感じていた。

ギルバートはミーナの言葉に眉をひそめた。


「起きない、というのはもう決まったことか?確定事項なのか?」

「い、いやあ、それは…。でも、この感じ、たぶん起きないのかなって…」

「俺は、絶対に起きないと確定しないと気がすまない」

「(…それは、誰が決めるの…?そしてそれはいつになるの…?)」

「ミーナに何かあってからでは遅いんだ。俺は、君のことが好きなんだ。心配くらいさせてくれ」


ギルバートの言葉に、一瞬で賑やかだった食堂が静まり返る。そして、視線がこちらに集まる。ミーナは、背中に冷や汗を垂らしながら周りを少し見回して、そして、恥ずかしさと気まずさから目を伏せた。

表情の悪いミーナに、ギルバートはさらに眉をひそめる。


「…聞いているか?俺は君が、」

「わ、わかった、わかったからもういい!」


ミーナは慌ててギルバートの方を見てそう言って、彼の言葉を遮る。ギルバートは不服そうにミーナの方を見る。

少しずつざわつき出す周りに、ミーナは顔からも汗が噴き出す。時折聞こえる笑い声が嘲笑に聞こえてくる。ミーナは目を泳がせて、自分の居場所がわからなくなる。

すると、ミーナの向かいに座っていたアイリーンが、はいはい、とギルバートに言い放った。


「もういい加減、私とミーナのランチタイムの邪魔なんですが」

「……」


ギルバートはアイリーンの方を不服そうな顔で見てから、わかったよ、と言うと席を立った。そして、今一度ミーナの方を見た。


「また、会いに行くから」


ギルバートはそうミーナに言う。ミーナは目を泳がせながら、もう大丈夫だよ、と言いたいけれど、また彼が、好きだというアピールを周りにし始めそうなので諦めた。ミーナは、うん…、と言って小さく笑って彼に返した。ギルバートはミーナの笑顔に少し口元を緩めると、この場から去った。


「…ああ…、いつまで続くの…」


ミーナはそう言って項垂れる。元はといえば、彼が優しいのを知っていて余計なことを言った自分が悪いのである。


「(…優しいことは知ってたけど、こんなに過保護になるとは…)」

「…ねえ、一度、好きだって言い返してみるのはどう?」


向かいに座るアイリーンが、そうミーナに提案した。ミーナは、ええ?と目を丸くした。そんなミーナを、だって、とアイリーンがきらきらした瞳で見つめる。


「好きだってあいつに言いたいんでしょ?一度言ってみたらいいじゃない。せっかく向こうが言ってるんだから」

「…向こうにその気がないのをわかってるのに、言えるわけないよ」

「………」


アイリーンは一度額に手を当てた。そして深呼吸をした後、ミーナの方を見た。


「えーっと…、えっと、……あいつはなんでミーナを好きだと言ってると思ってるの?」

「ジャックから私を守るためだよ」 

「…えっと、」

「周りにも言いふらして現実味を強くさせて、ジャックから遠ざけようとしてくれてるの。…もう罪悪感からどうしたらいいのか…」

「……ちょっと待って、普通に言葉を受け取ってごらんなさいよ。ギルバートはミーナを好きだと言ってる。それをシンプルにとってみたら?あいつは本心から言ってるんだと思うけどなあ、私」


アイリーンはそう真剣な目でミーナを見つめた。そんなアイリーンに、ミーナは小さく笑う。


「そんなわけないよ。ギルバートは、そんなこと言わないわ」

「えっ…」

「もともと、他人に好きだとか言わない人だもの。そんなこと本気で言うなんて、彼の信条に反してる。ありえないわ」

「え…」

「ギルバートは優しいから、ジャックにちょっかいをかけられて困っている私を見過ごせないのよ。だからあんな方便を使ってくれたの。彼、周りに悪く見られても気にしないでいられる人だから、そんなことができてしまうのよ」


えーっと……、と言いながら固まるアイリーン。ミーナは目を伏せながら、それに、ギルバートが私なんかを好きになるわけがない、という言葉を飲み込む。


「(…なんて、優しいアイリーンに言ったら困らせる。これは言ってはいけないこと…)」


ミーナは目を伏せる。すると、アイリーンがこちらを見つめていることに気がついた。


「どうしたの?」

「うーん…、なんか…伝えるのって難しいなって…」


アイリーンは、ぶつぶつと何やらつぶやいている。ミーナはそんなアイリーンをじっと見つめる。大きな瞳を真剣にさせて何やら考え込む彼女が可愛くて、ミーナはつい頬が緩む。


「(…アイリーンといると、楽しいな…)」


ミーナは、心から安心した気持ちでそう心の中で思いながら、自分は周りから嫌われていると言っていたあの日のアイリーンを思い出して胸が痛む。

すると、ミーナの視線に気がついたアイリーンが首を傾げた。


「なあに?」


そう尋ねられて、ミーナは、言葉が詰まる。


「(…あのね私、あなたが大好きなの、アイリーン…)」


そう言いたくて、言葉が出ない。自分なんかが言ったところで、という自分を卑下する感情ばかりがわきあがる。


「どうしたの?」


アイリーンはミーナを見てくすくすと笑う。そんなアイリーンを見つめて、ミーナは、誤魔化すように笑った。










放課後、ミーナは運動をするために中庭に向かっていた。すると、廊下で話し込んでいた同じクラスの2人の女子生徒が、こちらに気がついたようで、ミーナに微笑んできた。あまり話したことがない2人だったけれど、ミーナも微笑み返す。


「あらミーナ、ギルバートと一緒じゃないの?」


そう笑顔で尋ねられて、ミーナは言葉に詰まる。彼女たちの誤解を解こうと、ミーナは、あのね、と2人に話しかける。


「あの、…その、あの噂は…」

「素敵よね、あんなふうに愛してもらえるなんて」

「ねえ!」


2人がそう、両手を合わせてうっとりとした顔で言った。ミーナは、え、と拍子抜ける。


「ギルバートなんて、物語の王子様みたいだし、そんな人にあんなに愛してもらえるなんて、本当に物語みたいよね!」

「ねえ〜。本当にうらやましいわ」


きゃっきゃっとはしゃぐ2人に、ミーナは頭が真っ白になる。


「(心の中ではどう思っているんだろう?私のこと、笑ってるのかな。豚だって、蔑んで、釣り合わないって、馬鹿にして…)」

「ねえ、2人でどんな話をするの?」

「お互いどんな風に呼び合っているの?」

「あー!それも知りたい!ねえねえ、教えて?」


彼女たちはきらきらと輝く瞳でミーナは真っ直ぐに見つめた。ミーナは、はっと息を呑む。


「(…私、この二人のこと、勝手に悪者にしてた…。自分が弱いからって、勝手に……)」


ミーナは、自分の醜い弱さに狼狽える。返事をしないミーナに、2人は顔を見合わせて首をかしげる。ミーナは、はっとすると、ぎこちなくほほ笑んだ。


「ごめんなさい、急がないと…。また明日」


そう笑って誤魔化して、2人に手を振った。2人は、少し不思議そうにしながらも、ええまた明日、とほほ笑んでくれた。ミーナは今一度2人にほほ笑み返すと、踵を返して歩き出した。


「(…過去のノイズが、煩いから、そのせいで私は、とても捻くれてしまっている。誰の言葉も素直に聞けない…)」


ミーナは歩きながらそんなことに思考がとらわれる。何度も記憶から繰り返される過去の嘲笑が、自分を笑いものにする悪意たちが、まだ自分につきまとって、今の自分を肯定してくれる言葉を受け入れさせない。


「(…こんな自分、嫌だ…)」


ミーナは立ち止まり、ぐっと握り拳に力を込める。


「(素直になりたい。真っ直ぐに人の言葉を受け取りたい。…こんな自分、どうしたらやめられる?)」


考えれば考えるほど苦しくて、ミーナは俯いて呼吸を繰り返す。


「(…もう嫌だ、もう……)」


ミーナは髪を両手でかき上げる。今朝ガーベラが整えてくれた髪が崩れてぐしゃぐしゃになる。けれど自分では直せなくて、ミーナは無心で髪を解いた。窓から入り込む秋の風が、癖のある自分の髪を静かに揺らした。















あの二人と分かれたあと、浮かない気もちでいつもの中庭にミーナがとぼとぼと向かうと、いつものように腕を組んで待ち構えているギルバートが目に入った。


「(…そうだ、これにも毎日付き合わせていたんだった……)」

「教室に迎えに行くと言っているのに、なぜいつも先に出てしまうんだ」


ギルバートが眉をひそめて静かに怒っている。ミーナは、ご、ごめんなさい…、と慌てて謝る。


「(…だって、あなたが教室に来るととんでもなく目立つから…。視線が痛くて…。私なんかがって、笑われていそうで…)」

「俺はだな、君を萎縮させたいわけじゃない。心配しているんだ」


ギルバートはミーナの前に近づく。ミーナはそんなギルバートを見上げながらその覇気に一歩後ずさる。


「俺は、君のことが好、」

「わわわ、わかってる!周りに人もいないし、アピールしてくれなくて大丈夫だよ…!」  


ミーナは慌ててギルバートの口を手で塞ぐ。ギルバートは言葉を止めるも、不服そうにミーナを見つめる。ミーナはギルバートから手を離しながら、本当にごめん、と目を伏せる。


「心配してくれるのは嬉しいし、実際、ギルバートがこの噂を広めてくれたから、ジャックに近づかれなくなって本当に心から助かってる。でも、こんなにギルバートの身を削ってもらってしまったら、あんまりにも申し訳なくて…」


それに、方便の好きという彼からの言葉は、彼に思いを寄せている自分からしたら、言われるたびに心の空振りを繰り返すようで苦しいのだ。

ミーナは、本当にごめんなさい、と繰り返す。ギルバートは小さく歯ぎしりをしながら、だから…、とミーナの方を見た。


「俺は本当に、昔から、君のことが好きなんだ!何かの作戦とかではなく!」

「……」


ミーナは、真面目にそう言うギルバートを呆然と見上げる。


「(…私に気を遣わせないために、そんなことまで…)」


ぶっきらぼうながらも優しい、幼い頃のギルバートを思い出して胸が締め付けられる。昔から変わらないなあ、と思えばさらに好きになって、さらに苦しくなる。


「…ギルバートは、昔から変わらずに優しいね」


ミーナは、そう言って小さく微笑む。そして、目を伏せて、小さく口元を緩めた。


「…来年卒業して、それからギルバートと結婚して、一体どんな生活になるのかな」


ミーナはそう呟く。このままずっと自分は、私なんかが結婚相手だなんて、と彼に負い目を感じ続けるのだろうか。


「(…せっかく好きな人と結婚できるのに、私は一生後ろめたい気持ちでいるのかな…)」


そう想像すると、これから始まる結婚生活がひどく重いものに感じられた。

すると、前にいたギルバートが探るようにミーナの方を見た。


「…白い結婚、なのに…?」


ギルバートにぎこちなく尋ねられて、ミーナは、婚約が決まった日に自分が彼に言った言葉を思い出す。


「(…あの時も私、卑屈になって、罪悪感から逃れたくてそんなこと、言ってしまっていた…)」


ミーナはあの日の、ガーベラに見放されて頭が真っ白になっていた自分を思い出して、ぎゅっと胸が締め付けられる。


「(…あのときは白い結婚が最善だと思っていたけど、…よく考えてもみればそんなこと、真面目なギルバートが良しとするわけがなかった)」


ミーナはそう改めて考えて、あの日の自分を恥じた。周りから笑われるみっともない自分を恥じるだけ恥じて、何も自分自身を改善しようとせず、ただ彼から逃げて、真面目に向き合おうとしなかった。

前向きに結婚がしたいと言ってくれたあの日のギルバートを、ミーナは思い出す。彼が向き合おうと努力してくれているのなら、自分だってするれきだ。せっかく好きな人と結婚できるのだから、幸せになりたいし、彼を幸せにしたいと、そうミーナは思う。

ミーナは、ゆっくりギルバートを見上げた。秋の風が二人の間を通り抜けて、彼の綺麗な銀髪が揺れる。


「あのときは…本当にごめんなさい。真面目なあなたが白い結婚だなんて、受け入れられるわけないのに、…あの時の私は、そんなこともわからなかった。ギルバートはずっと私と、向き合おうとしてくれていたのに」

「…ミーナ…」

「私、頑張る。あなたに好きになってもらえるように頑張るから、だから私と、前向きに結婚してもらえたらうれしい」


ミーナはギルバートを見つめてそう真剣に伝えた。ギルバートは、いやだから…、と何か言いたげに口籠ったが、しばらく固まった後、小さく深呼吸をして、ミーナの方を見つめた。


「俺、絶対に君を幸せにするから。だから是非、俺と前向きに結婚して欲しい」


ギルバートは真剣なまなざしでそうミーナに伝えた。ミーナはそんなギルバートを見つめて頬の内側が熱くなるのを感じる。恥ずかしくて照れくさくて、それがむず痒くて、ミーナはその気持ちをごまかすように、ええ、嬉しいなあ、と言ってくしゃりと笑った。

すると、真面目な顔をしたギルバートが、一歩ミーナに近づいた。ミーナは少し驚きながら彼をみつめた。


「俺も、君に好きになってもらいたい。…どうしたら、なってもらえるのだろうか」


ギルバートにそう尋ねられて、ミーナは呼吸が止まる。


「(…もしかして、今が好きだというまたとないチャンスなのでは…)」


ミーナは意を決してギルバートを見上げる。そして、高鳴る胸を少しでも抑えようと深呼吸を繰り返す。


「私は、」


そう口にした瞬間、またあの笑い声が耳の内側から響いた。


不細工な豚だ見たくない。不細工な豚だ見たくない。


無邪気とも言える嘲笑が自分の周りを囲む。幼い自分はなす術がなくて、ただただ困ったように笑うことしかできない。


「(…私が、言える?本当に?こんな私が好きだなんて、そんなこと…、…どの口が言えるんだ)」


ミーナは震える唇を噛み締める。ギルバートが固まるミーナを見つめて、心配そうに名前を呼ぶ。ミーナはその声にはっとした後、誤魔化すように困った笑顔を浮かべた。


「…えー、難しいなあ」


ミーナはそう笑って、まだ震える唇をごまかすために頬の内側を強く噛んだ。

ギルバートはそんなミーナに少し目を丸くした後、…そうか…、とだけ返した。

ミーナは誤魔化すための笑顔を返しながら、醜いほど臆病な自分に心底失望していた。









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