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13-2すれ違う

ジャックの取り巻きたちからの情報を得て、ギルバートは休み時間のたびに目を光らせて、ジャックがミーナに言い寄っていないかどうかの監視に回った。


するととうとう、放課後のにぎやかなカフェテリアにて、ひときわ騒がしい大勢の男女グループの中で、ミーナの隣に座るジャックの姿を見かけた。ジャックはミーナの椅子の背もたれに腕を乗せて、これでもかとミーナに体を寄せている。 


「(あっ、あいつ…!こんなの不純異性交遊だっ…!)」


ギルバートは怒りのままジャックとミーナの背後に近づくと、鞄からノートを出して、それでミーナに異様に近づくジャックの頬を押した。

ミーナがこちらを振り返り、目を丸くした。


「(…そもそもなんで、彼女がこんなところにいるんだ…)」


ギルバートは眉をひそめる。ジャック以外にも、彼らの取り巻きたちも数名いる。かつて彼女にあり得ない仕打ちをしてきた男たちと、なぜ彼女が一緒にいるのか。


「(…大勢の男女グループがバカ騒ぎなんて、まるで不良じゃないか。一体どうしたんだミーナ…)」

「なんだよ、お前も仲間に入れてやろうか」


困惑するギルバートに、嫌味な顔をしたジャックが話しかけてきた。

ギルバートはノートを手で払ってから鞄にしまうと、ミーナの方を見て、もう行くぞ、と言った。


「(…友人が増えて喜ばしいと思っていたけれど、まさかこんな連中とも関わっていたなんて…)」

「まあまあまあ、まあまてよ」


半笑いのジャックがミーナの肩をつかんでギルバートの方を見た。ギルバートは、馴れ馴れしくミーナの身体に触るジャックに目玉が飛び出そうになる。 


「(お前…っ!か、か、勝手に…!人の婚約者だぞ?!俺の婚約者だぞ?!触るにしたってそんな雑に触るな!そもそも触るな!!)」

「彼女は俺たちと楽しくお話してるんだよ。邪魔するなよ」

「…楽しく?」


ギルバートはほとんどジャックの言うことは頭にはいらず、とにかくジャックをミーナから離したい一心で、ミーナに触れるジャックの手を勢いよく払った。ジャックはにやりとギルバートの方を見て笑った。


「結婚までは自由恋愛しても構わないだろ?あと1年しかないんだぜ?楽しみたいだろ?お前も羽を伸ばせよ」


ジャックはそう、挑発するようにギルバートに言った。ギルバートは彼の言うことが心の底からどうでもよくて、そういうのには興味がない、と無表情で淡々と返した。

するとジャックは、ふんっ、と鼻で笑った。


「お前になくても、彼女にはあるかもしれないだろ?」


ジャックはミーナの座る椅子の背もたれにまた馴れ馴れしく腕を絡めた。ギルバートはまたすぐさまジャックの手を払おうと手を動かそうとしたら、周りの女子生徒たちが、いいじゃない、と一斉に口をひらいた。


「楽しみましょうよ、残りの青春を」

「ミーナも自由にして、ギルバートも自由にしたらいいじゃない!」


口々に、女子生徒たちがギルバートに提言した。ギルバートは、ミーナの友人の言うことをジャックにするように無下にはできず、彼女たちの話を聞こうとするが、何を言われているのか理解ができず困惑する。


「(な、なんだ?つまり彼女たちは、俺とミーナでそれぞれ別の人と交際したらどうかと言っているのか?なんということをミーナに吹き込むんだ!友人ならやめてくれ!)」

「それでいいよな、ミーナ?」


ジャックはそう言うとミーナに尋ねる。ミーナは目を丸くしてジャックを見つめ返す。見つめ合う2人に、ギルバートは腸を煮え繰り返す。


「うん」


ミーナはそう、普通に返事をした。ギルバートは、え、と声を漏らして彼女を見つめる。

ミーナの、綺麗に結われた髪を見つめる。彼女の気持ちがこれまでとどこか変わったのかとは思っていた。けれどまさか、ジャックの取り巻きたちと関わっていたことで気持ちが変わったとは、とギルバートは驚愕する。


「(…最近友人が増えて、彼女なりに楽しんでいるんだろうか…)」


ギルバートからしたら、大騒ぎをしているこの男女グループは不良以外の何物にも見えないけれど、ミーナがそこに馴染みたいと思っているのかもしれない。髪型を華やかに着飾るようになったのは、彼女なりに今を楽しんでいるのからなのかもしれない。


「(…いや、それ、とんでもなく嫌…。心底嫌なんだが……!)」


ギルバートは、これまでの彼女とイメージからかけ離れた今に絶望する。いつも穏やかににこにこしていた彼女がまさか、あの性悪ジャックとその仲間たちと青春を謳歌したいと思うなんて。


そう脳内で悶々としながら、ギルバートはふと冷静になる。果たしてあれほど嫌がらせをされてきたミーナが、嫌がらせをした主犯と仲良くしたいと思うだろうか。以前ジャックが近くにいたときに、明らかに顔を青くしていた。だから、今も彼を毛嫌いしているはずだ。そもそも、彼女のこれまでのイメージと、今彼女が属している軍団とのイメージがまるで合わない。


「(…いや、彼女はさっき、ジャックの問を肯定した。それがすべてだ。これまで俺が彼女に抱いていたイメージは、ただの俺の思い込みなだけだったのかもしれない…)」


ギルバートは目を伏せて、そしてゆっくり口を開いた。これまで周りにとやかく言われて傷ついてきた彼女を知っている。そんな彼女が、今を謳歌しているのなら、それは本来喜ぶべきことなのかもしれない。


「…君の好きにしたらいい」


ギルバートはそう言うと、この場を去った。騒がしい声を背中に受けながら、なんとも重い気持ちで歩みを進めた。














「ええ?ねえさまが?あのジャックたちと?」


人気のない中庭のテーブルで、頭を垂れるギルバートに、向かい合って勉強していたユーリが怪訝そうな顔をした。


「それはちょっとあり得ないよ。流石に勘違いじゃない?」

「…いいや、本人が彼らと青春を謳歌したいと言っていた」

「それは流石にないない」


ユーリは冷静に左手を横に振った。ギルバートはテーブルに埋めていた顔をゆっくり上げた。ユーリは頬杖をついてギルバートを見下ろした。


「…流石に、ない…?」

「あり得ないでしょ、あのジャックとでしょ?ないない。ねえさま、あいつとは金輪際同じ空気すら吸いたくないって思ってるはずだよ」

「……」

「ねえさま気が弱いから、その女友達に流されて断れなかっただけじゃない?場の空気を壊しちゃいけないとか、そういうことを考えすぎちゃう人だから」

「……」


ユーリにそう分析されて、ギルバートは次第に冷静になる。確かにユーリの言う通り、ミーナがジャックと仲良くしたいと言うはずがない。ギルバートはまた顔を上げる。

ユーリは、そんなギルバートの額を、ペンの持ち手の部分で軽く叩いた。


「何やってんの、婚約者。なんで助けてあげなかったのさ。ねえさま可哀想だよ。…僕、今からでも行ってくる」


ユーリはそう言うと勉強道具を片付け始めた。ギルバートは、ま、まて!と勢いよく立ち上がる。


「俺が行く」

「…じゃあなんで最初から言わないわけ?男らしさとは?」

「う、うるさいな、ミーナが本当に彼らと仲良くしたいと思っていたらとか、色々、か、考えたんだよ」

「…あのさあ、ギルバート…、君って、…まあいいや、今はとにかく早くねえさまのところへ…」

「おお、ギルバート!」

 

無駄に明るい声がして、声の方を見ると笑顔のジャックと、その取り巻きたちがいた。ギルバートは眉をひそめて彼を見る。


「…なんだよ」

「今週の日曜日。ミーナとデートしたいんだが、かまわないよな」

「でっ、だっ、駄目に決まってるだろ!聞くまでもないだろ!!」


ギルバートは動揺しながらジャックの要求をはねのける。ジャックは、でもさ、と嫌味な笑みを浮かべた。


「ミーナは、ギルバートが許可したらいいんだと」

「はっ、えっ?」

「一応婚約者の許可がないと気が引けるらしいぞ」

「なっ、だ、駄目に決まってる!婚約者がいるんだぞ?あんまりにも不誠実だ!」

「好きにしろって言ってたじゃないか」

「す、好きにしたらいいとは言ったが、好きにしていいとは言ってない!!」

「なにわけのわからないことを言ってんだよ。皆婚約者がいても自由に恋愛してるし、それは許容されている。なんでお前はミーナを自由にさせてやらないんだ?」

「ぐっ」

「理由は?」


ジャックが憎たらしい顔でギルバートに詰め寄る。ギルバートは歯を食いしばって目の前の男を睨見つける。


理由、と聞かれて、ギルバートの頭に浮かぶのは、ミーナが好きだから、他の男と遊びになんて絶対に行ってほしくない、ということだった。

けれどそれは、この最強に憎たらしい男に、自分の好きな人を告白しなくてはいけないということであり、自分の軟弱な部分をこの男に晒すということになる。そんなことが決してギルバートにはできそうになかった。それでも、ミーナとこの男を2人で出かけさせるわけには行かない。


「ぐ…ぬ…」

「…いいんだな」


ジャックはそう言ってギルバートを一瞥すると、余裕そうな顔で踵を返した。それに続いて、笑いながら取り巻きたちが去る。ギルバートは息が止まったまま、体を硬直させる。

そんなギルバートを、ユーリが呆れた顔で見る。


「…ねえ、このままだとねえさまがジャックと出かけちゃうけど。それはいいわけ?」

「……」

「ねえ、出かけちゃうよ?2人で。あのジャックとねえさまが。ねえってば」

「……がす……」

「は?」

「呪術師を…探す……日曜日に…雨を降らせる……」


ギルバートはそう言ってテーブルに顔を伏した。ユーリは呆れて物が言えないまま、深い溜息をついて腕を組んだ。


「…ねえ、それって、本当に男らしいわけ?」

「………」


机に顔を伏したまま起き上がろうとしないギルバートのそばに、誰かが近づいた。ユーリが視線を向けると、顔を鬼のようにしたアイリーンがいた。


「アイリーン、どうしたの?」


ユーリが声をかけるが、アイリーンはずんずんとギルバートの前に立つと、拳を握りしめた。


「…もう知らない、知らないあんたなんか!助けてあげようと思って来たのに、そんな気もなくなった!!」


アイリーンはそう言い放つと、荒い歩調でこの場を去った。ギルバートは呆然と彼女の背中を見つめる。

ユーリは小さくため息をつくと、ギルバートを見つめた。


「あのさあギルバート、君ってぜんぜん、君がしつこいほど煩く言ってる゛男らしさ゛とやらに向いてないよ」


ユーリはそう眉をひそめて言い放つ。ギルバートは、えっ、と声を漏らす。


「本当は繊細で嫉妬深いくせに、それなのに謎に男らしくあるためにとか言って、謎にかっこつけて。君が普通にしてたら止められたことなのに、謎にとちらかって今、ねえさまが過去のトラウマ男と出かけることになってる。君はどうしたいわけ?君の謎の美学とやらに、僕のねえさまを巻き込まないでくれる?」


ユーリは、いつになくきつい口調でギルバートに言い放った。ギルバートは呆然とユーリを見つめる。ユーリはそんなギルバートにはっとすると、目を伏せた。


「…ごめん、ねえさまが今、困ってるのかと思ったら、ついかっとなって…。…僕にも非があるのに」

「いや、君に非なんか。…全部俺が…」

「ごめん」


ユーリはそう言うと、この場から去った。


一人残されたギルバートは目を伏せる。今ミーナは何を考えているんだろう、とギルバートは考える。

ユーリの言う通り、ジャックと出かけることになって困っているのか、それとも、自分が直接聞いた通り、自由に遊びたいと思っているのか。


「(…わからない)」


彼女がどう思っているか知りたい。昔から自分の前では、悲しくても腹が立っても、にこにこと微笑むような人だったから。


「(…そもそもなぜ、笑ってたんだろう)」


そんなことを考えた時、ふと、父のそばでいつも笑っていた母を思い出す。父はいつもずっと無愛想で仏頂面で、明るく笑う母が余計に際立って記憶に残っている。そんな母とミーナが、ギルバートの中で重なる。


「(…笑う以外の感情を、出せなかったのだろうか。なぜ…)」


幼い頃の記憶がぼんやりと蘇る。いつも穏やかににこにこと笑う彼女と、本心を知られてたまるかとぶっきらぼうに黙り込む自分。


「(…そもそも俺が、本心を言えていなかった)」


ギルバートは苦しさから眉をひそめる。

男ならこうしなくちゃいけない。男はこんなことしない。そう父親から厳しく言いつけられて、たった一人の肉親に見捨てられないために、ずっとその教えに則った生き方をしようと心がけてきた。


でも実際は、行動では守れても、心まではそのとおりに生きられなかった。どんなに父の教えを守ろうと思っても、自分の本質は、父親の言う゛男の風上にも置けない駄目で情けない人間゛だった。

理想と現実の狭間で、ギルバートはいつも押しつぶされそうだった。


そんな日々の中でも、ミーナの傍にいると、彼女の周りの穏やかな空気に当てられていると、伸ばし続けた背筋が緩みそうになるほど居心地が良かった。彼女が楽しそうに笑ってくれると嬉しくて、つられるように自分の頬が緩みそうになった。

それでもギルバートは、自分の目指す男らしさがあるから、背筋を伸ばし続けたし、ぶっきらぼうな顔を装い続けた。


ーー君はどうしたいわけ


ユーリの言葉が頭に響く。静寂の中、ギルバートは目を伏せて、考え込んだ。

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