12-4変われた時
「(……秘密、とは……)」
ミーナとジェームズがトレーニングしていたところに割り込んだ翌日の放課後、ギルバートは皆が帰った後の教室で1人頭を抱えていた。
考えすぎて秘密という言葉がわからなくなり、その意味を調べるべくギルバートは手元にある辞書を引く。
「(…ジェームズに聞いてもはぐらかしてくるし…。なんなんだ、何なんだよ…!オリバーなのか?!どうせオリバーなのか?!それともジェームズと何かあるのか?毎週見張ってるけどそれっぽい感じはなかったぞ?!)」
辞書をめくりながら、ギルバートは悶々と考え込んでいたときふと、教室の窓の外を見た。すると、1人で運動をするミーナの姿が見えた。
ギルバートは窓からその様子を見つめる。すると、ミーナの髪型がいつもと違うことに気がつく。
「(…珍しい)」
パーティーの時など以外は基本的に長い髪を下ろしている彼女だけれど、今日は結い上げていた。
「(…かわいい…)」
ギルバートは、ミーナがかわいい、ということだけで頭が占める時間を、窓から彼女が見えなくなるまで過ごした。
窓から彼女が見えなくなると、またすぐに、秘密ってなんだ…!と頭を抱えながら辞書をめくった。
それからというもの、学園内でミーナを見かけるたび、彼女が髪を結い上げている姿を見かけるようになった。シンプルなときが多かったけれど、時折編み込まれたような複雑な髪型もしていた。
「(…なにか心境の変化でもあったのか?)」
放課後、図書館に向かおうと歩きながら、ギルバートはそんなことを考える。
すると、途中にある中庭で、レーガとアイリーンが2人でお菓子を食べている姿が見えた。
レーガはギルバートに気がつくと、笑顔で手を振った。
「やあ、ギルバート。今から図書館?」
「ああ」
「へー、テストが近いわけでもないのに変な人」
アイリーンは、カヌレを食べながらそうギルバートに毒を吐く。ギルバートは眉をひそめながら、別にいいだろ、と返す。アイリーンは、ふん、と鼻を鳴らすとギルバートからそっぽを向いた。
「(…普段から俺に対して嫌な態度だが、今日は輪をかけているな…。これを反面教師に、ガーベラとあの友人たちとはミーナの夫として良好な関係を築かないと…)」
「まあまあ、落ち着いてよアイリーン」
レーガが場をとりなすように笑顔を見せる。そして、ギルバートに小声で話しかける。
「彼女、ミーナと放課後遊ぶつもりでいたのに、他の人に先を越されて拗ねちゃってるの」
「は?」
「すねてない!」
ミーナはそう怒る。レーガは、ごめんごめん、と笑顔でアイリーンを落ち着かせようとする。ギルバートは腕を組んで怪訝そうな顔をする。
「君も仲間に入ればいいだけだろ。拗ねていないで行ってきたらどうだ」
「……」
アイリーンは恨めしそうにギルバートを見上げる。そして、ふんっ、とまたそっぽを向いた。
「(…くそう、親切にアドバイスをしてやっているのに…!)」
「女の子には色々あるよね、複雑だもんね」
レーガはそう苦笑いをする。アイリーンはレーガの言葉に目を伏せる。ギルバートはよくわからずに首をかしげる。
「…っと、そうだ、僕このあと友達と約束していたんだった」
レーガはそう言うと立ち上り、じゃあね、と二人に手を振った。アイリーンは、そうだったね、ばいばい、とどこか名残惜しそうにレーガに手を振る。ギルバートはそんなアイリーンをちらりと見つめる。
「(…レーガには妙に素直だな…)」
「なによ、まだ何か用?」
「…いやべつに」
ギルバートはそう早口で言うと、俺ももういく、と言って歩きだした。するとすかさず、アイリーンの前にジャックがやってきた。ジャックはなにやら必死にアイリーンの気を引こうと明るく話しかけているが、当のアイリーンはさして興味がなさそうに、私もう行くから、とあっさり言うと立ち上がり、ジャックを置いてその場を去っていった。ジャックはがっくりうなだれながら、去っていくアイリーンの背中を名残惜しそうに眺めていた。
「(…あいつ、もしかしてアイリーンに気があるのか)」
ギルバートはそんなことをうっすらと察するが、心からどうでもよかったので、図書館へ向かうために足を進めた。
ミーナの秘密事件からずっと、ギルバートはもやもやする日々を過ごした。
そしてある日の休み時間、ギルバートは自席で次の授業の準備をしていた。すると、窓側の席に集まって何やら盛り上がる、ジャックの取り巻きたちのジャック抜き集団がいた。
「にしても、最近可愛くなったよな、ミーナ・ワイアット」
突然現れるミーナの名前に、ギルバートはむせそうになる。彼らが窓を眺めているので、それにつられて窓の外を見てみると、中庭で集まるミーナと、前に見たガーベラとその友人たちがいた。今日も髪を結い上げており、今回は複雑な結い方の日だった
「(…あいつら、よってたかってミーナをからかっていたくせによく言う…)」
「だってよフィアンセ。鼻が高いなあ」
前の席のジェームズが、ギルバートの机に頬杖をつく。ギルバートは、別に、とそっけなく返す。
「(…あいつらにとやかく言われるのは腹が立つ…。というか見るなよあいつら勝手に!無断で!俺の婚約者だぞ俺の!)」
「よかったなあ、ギルバート。前は恥ずかしがって秘密とか言ってたけど、お前のために痩せたんだぞミーナ・ワイアットは。髪だって整えているし、お前のために健気じゃないか」
なあ、とギルバートの様子をうかがうジェームズに、ギルバートは、別に、とまたそっけなく返す。そんなギルバートに、ジェームズは、なんだよ!と怒る。ギルバートは眉をひそめて目を伏せ、そしてため息をつく。
「(…どうせまた俺のためとか言っておいて、実はオリバーのためだったとかなんだろ。こいつの勘違いで無駄に喜ばさせられて馬鹿を見るのはもう御免だ)」
ギルバートがジェームズの言うことは信じまいと心に誓っていると、窓の外を見る取り巻きの一人が、まあさ〜、と話し始めるのが聞こえた。
「流石に美人とかとはちょっと違うけどさ」
「にこにこしてて可愛いよな」
「痩せたもんなー。変わったよな」
そう評しだす男たちに、ギルバートは苛々が腹の底で燻るがぐっと堪える。落ち着くために深呼吸を繰り返す。すると、取り巻きの一人が下品そうにそれにさ、と笑った。
「なんたって、胸があるからな」
「お前ら!!」
ギルバートは突発的にに立ち上がると、激怒しながらジャックの取り巻きたちの元へ荒々しく向かった。
「人の婚約者をそういう目で見るなんて言語道断だ!恥を知れ!!お前らは鳥が巣を作るところでも観察してろ!!!」
「なんだよ、そんな怒るなって」
なあ、と取り巻き同士でへらへらと顔を見合わせる様子に、ギルバートは更に怒りが湧く。
そこへジェームズがきて、まあまあ、と宥めた。
「にしても、散々あいつのことをからかっていたくせに、今更可愛いとか言い出すのも変だな」
ジェームズがそう言うと、別に昔の話だし、とけろりとした様子で取り巻きは言う。
「それにあれは、ジャックに言われてやってたことだし」
「俺らの意思はないし」
「…誰の指示だとかは関係ない。実際にやっていたのは事実だろ…」
ギルバートはわなわなと手を震わせる。しかし、大げさなふうに言うなよ、ちょっとからかってただけだろ、と取り巻きたちはけらけら笑う。そんな彼らに、ギルバートは頭の血管が切れそうになる。
すると、取り巻きの一人が、それにしてもさ、と切り出した。
「ジャックはわかりやすいよな。ミーナがアイリーンと仲良くしだしたらぴたっとからかうのをやめちゃってさ」
取り巻きたちは、なあ、と顔を見合わせて笑う。ジェームズが、アイリーン?と首をかしげる。すると取り巻きが、そうそう、と笑う。
「アイリーンが好きだから、いいように見せたくて友達のミーナをからかうのをやめたんだろ、きっと」
「俺たちには何も言わなかったけど、わかりやすいよな」
取り巻きたちの言葉に、ギルバートは以前見たジャックの様子を思い出す。
すると取り巻きが、ああでも、と口を開いた。
「最近ミーナに近寄ってるよな」
「そうそう、結構積極的に」
「アイリーンの時もそれくらいいけばいいのに」
なあ、と取り巻きたちは笑う。ジェームズがあきれた顔で、親分のことをそんな風に笑ってていいのか、と言うと、取り巻きたちは慌てて周りを見渡して、ジャックがいないことを確認すると、別に、と冷静を装ってそう言うと、わたわたと自席に戻っていった。
ギルバートは、彼らの言った言葉がいまだに咀嚼できず呆然とする。ギルバートは窓から、笑顔でガーベラたちと話し込むミーナを見つめる。
「(……な…な…、ゆ、ゆ、許せん……!)」
ギルバートはじわじわと状況を理解すると拳に力を込めた。現状を確かめねばと歩き出した瞬間始業のチャイムが鳴り、ギルバートは仕方がなくまた着席した。




