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12-3変われた時

放課後、ミーナがいつも通り運動していると、ジェームズが様子を見にやってきた。ミーナは彼に気がつくと、先生!と言って駆け寄った。ジェームズはミーナの姿を見て、うんうん、と頷いた。


「よく頑張ってるぞ!これくらい健康的な体型になれたなら十分だろう!いいか、これからは継続だ!時々は食べたいものを食べても構わないが、その後のフォローは忘れるなよ!」


ジェームズはそう言うと快活に笑った。ミーナはそんな彼を見上げながら、あ、あの…、とおずおずと話しかけた。


「あの私…もう少し痩せたくて…。どうしたらいいですか?」

「なに?」


ジェームズの目が鋭く光った。ミーナはびくりと肩を揺らす。目を泳がせながら、私…、と口を開く。


「ギルバートと並んだ時に、しっくりくるようになりたい、というか…」


お昼に見た、ギルバートと楽しそうに話す華やかな彼女たちを思い出してミーナはそんなことを考える。せっかく普通にまでなれたのだから、次は更にその上に行きたい。

ジェームズは渋い顔で腕を組んで、それは駄目だ、と頭を振った。


「今が適切な体型だ。それにお前はもともと太っていたんだから、今の生活すら厳しいだろう?これ以上痩せるとなると体と心に負担がかかる。まずは今の体型をキープして、それから考えたほうがいい」

「で、でも…」

「安心しろ!お前が多少痩せたところでギルバートとは釣り合わないから!無理しても損しかないぞ!」


ははは!と笑うジェームズに、そっか、なら無理しなくてもいいか、とミーナは少し安心する。


「(…あれ、安心していいのかな…?)」

「しかしミーナ・ワイアット!俺はお前を見直したぞ!俺はちゃんと努力できる奴は好きだ!釣り合う合わないは置いておいても、俺はお前をギルバートの婚約者としてしかと認めたからな!」


ジェームズはそう言うとミーナの肩に手を置いて勢いよく叩いた。ミーナは、かなりびびりながらも、ジェームズを見上げる。


「(…頑張れた、私が…。こんなに駄目な私が…)」


ミーナは、師と仰ぐジェームズに褒められてようやく、自分で自分を褒められる気がした。目を輝かせて嬉しい気持ちでジェームズを見つめていたら、勢いよくジェームズの手が自分から離れた。

え、と思って横を見たら、物凄い形相のギルバートが息を切らしてそこにいた。ミーナは目を丸くして彼を見た。


「ぎ、ギルバート?」

「ジェームズお前!人の婚約者に気安く触るんじゃない!」


ギルバートはジェームズにそう怒鳴りつける。ジェームズが、なんだ、と眉をひそめた。


「お前、どこで見張ってたんだ?」

「み、みみ、見張ってない!そんな変態なこと誰がするか!たまたま、偶然、そこを通りがかっただけだ!」


ギルバートの言葉に、ジェームズは、はいはい、と軽く流す。


「ならお前、俺たちの会話聞いてたか?」


ジェームズが、ドヤ顔でそう尋ねる。ギルバートが怪訝そうな顔をして、いや、と頭を軽く振る。


「少し遠くで見張ってたから、話までは…、あ、いや、遠くから見かけたから、通りかかったから、たまたま、偶然、奇遇にも」


ギルバートの言葉に、ジェームズは、なんだ、と返す。ギルバートはそんなジェームズに、むっとした顔をする。


「…なんだ、なんの話をしてたんだ」

「気になるのならミーナ・ワイアットに直接聞いたらどうだ」


ジェームズはそう言ってミーナの方を指さした。ギルバートは、え、と声を漏らすとミーナの方を見た。ミーナは2人を交互に見つめる。


「(…どういうこと?)」

「ほら言ってやれミーナ・ワイアット、さっきの話だ」

「さっきの話?」


どの話?とミーナは困惑する。業を煮やしたジェームズが、ああもう、と眉をひそめる。


「お前は、誰のために、何のために痩せたんだ?」

「……」


ジェームズに言われて、そういえば、このダイエットの目的をギルバート本人には言っていなかったことを思い出す。わざわざ言うことでもなかったし、彼にわざわざ伝えるという選択肢が自分のなかになかった。

ミーナは、ギルバートを見つめて、それは…、と口を開く。


「(…ギルバートと並んでも恥ずかしくないように、って、それは言ってもいいこと?)」


ふとミーナはそんなことを考える。ギルバートの隣に並んでも恥ずかしくないように、なんて自分なんかが目指すことはおこがましくないのだろうか。

ジェームズも多少やせても釣り合わない、と言っていた。それならこれは、冷静に考えたらかなり無謀な目標なのではないだろうか。


「(馬鹿で鈍感なミーナだからそんなこと考えるんだって思われたらどうしよう…)」


ミーナはそんな恐怖に襲われる。ギルバートは、じっとミーナを見つめている。ミーナは彼の瞳に映る自分に気がつくと、息を呑んだ。そして、慌てて苦笑いをもらした。


「ええ、と、…うーん、秘密かな…」


ミーナはそう誤魔化しながら笑うと、それじゃあ、と言って逃げるようにこの場を去った。

歩きながら、ギルバートはそんなことで笑う人だろうか、とミーナは自分に問いかける。


「(…違う、そんな人じゃない。そんな人じゃないのに…)」


ミーナは歩きながら、悶々と考え込む。ならどうして一瞬でも疑ってしまったのか。


「(…自信がないから、自分に自信が…)」


ミーナは目を固くとじて、深呼吸をする。胸の奥がもやもやとして、気持ちが晴れない。せっかく痩せられたのに自分は結局こんなふうで、一体どうしたら自信が持てるのか、なにもわからない。










翌朝ミーナは、元気になったアイリーンと会うことができた。アイリーンと話をしながら、そして笑い合いながら、心が落ち着くのを感じる。


「(…ガーベラと仲良くしてもらえて嬉しかったけど、やっぱり、アイリーンといると、安心するな…)」


ガーベラたちといると、どこか体が硬くなっていた自分が、アイリーンといてリラックスできていることで、そんなことを改めて感じた。

ミーナはアイリーンと話しながら、ふと、ガーベラのほうに視線が移った。長い髪を綺麗に編んでまとめている彼女に、相変わらず綺麗だなあ、とミーナは思う。

すると、その視線に気がついたのか、ガーベラは薄く微笑むとミーナの方に来た。


「どうかしたの?」


ガーベラはミーナに微笑みかけた。ミーナは、ごめんね、と謝って目を伏せる。そんなミーナに、ガーベラは、ふふ、と笑う。


「謝ることじゃないわ。何か私に話でも?」


優しい彼女の口調に、やはり胸がくすぐられるような気持ちになる。えっと…、とミーナが目を泳がせていると、少しふくれっつらをしたアイリーンの顔が見えた。


「(…アイリーン?)」

「ねえ、どうしたの?」

「あっ、えっと、髪型、綺麗だなって…」


ミーナは咄嗟に本音を答えてしまう。ガーベラは、あら、と微笑むと、ミーナの後ろに立って髪を持ち上げた。


「あなたにもしてあげる」

「で、でも」

「ほらじっとして」


ガーベラはそう言うと、器用にミーナの髪を結い始めた。手慣れた様子で髪をまとめ上げると、できたわよ、とガーベラはミーナに言った。


「ほら、可愛い」


ガーベラはミーナを見つめてにこりと微笑む。彼女に可愛いと言われて、ミーナは懐かしくて涙すら出そうになる。


「またいつでもやってあげるから」


ガーベラはそう言うと、彼女の友人たちのもとへ戻っていった。ミーナはそんな彼女の背中を見つめる。


「…いつの間にか仲直りしたの?」


アイリーンは頬杖をついてつまらなさそうに言う。ミーナは、うーん…、と迷う。


「そう、なのかな、…どうなのかな…」


ミーナは困惑しながら、ふと、アイリーンは以前、ガーベラが仲間はずれにしようなどという話をしていたのを聞いていたことを思い出す。


「…ごめんねアイリーン、あなたは良い気がしないわよね」


ミーナはアイリーンの方を見て謝った。アイリーンはそんなミーナに目を丸くして、そして少し黙ったあと、ううん、と頭を振った。


「…友達は多いに越したことないもの。私がどうこう言うことじゃないわ。ごめんなさい、変な空気にして」

「そ、そんなことない。私、アイリーンが大切だから、アイリーンが悲しいことが、悲しいから…」


ミーナはアイリーンの手を握る。アイリーンは目を丸くしてミーナを見つめて、そしてにこりと微笑む。


「大丈夫よ。…昔からの親友だったんでしょ?仲直りできたなら良いことよ」

「でも、」

「とにかく、私のことは気にしないで。それより、さっきの話の続きをしましょう」


アイリーンはそう言って微笑む。そんな彼女に、ミーナは、う、うん…、と曖昧に微笑んだ。








その日からミーナは、見様見真似で自分で髪を結うようになった。あの日可愛いと言ってくれたガーベラを思い出しては、鏡と向き合って自分の髪をガーベラがしているように整えるようになった。

昔からずっと、ガーベラみたいになれたらと憧れていたことをミーナは思い出す。美人で気取らなくて、そして優しい彼女みたいになれたらと、そんなことを思いながら、ミーナは自分の髪を結った。


体が痩せた次は、髪型を整えたら彼女みたいになれるだろうか。ミーナはそんなことを考える。彼女みたいに華やかになれたら、そうしたらギルバートの隣に立ってもおかしくなくなれるだろうか。


ガーベラは髪を結ったミーナに気がつくと、あら似合っているじゃない、と時折褒めてくれた。ミーナはそのたびに胸がくすぐられるような気持ちで、ありがとう、と彼女に笑顔で返した。

そして時折、ガーベラは自分からミーナの髪を結ってくれるようになった。自分ではできない複雑な結い方ができる彼女に、やっぱりすごい、なんてミーナは感心した。











そんな日々が続いたある日、ミーナは本当に久しぶりにジャックに声をかけられた。

彼が、やあ、とこちらにむかって手を挙げたとき、ミーナは反射的に体を固くした。また何か言われる。馬鹿にされる。そう思うと背筋が凍った。

しかしジャックは、親しげにミーナに世間話をするだけで、嫌味なことや暴言は吐かなかった。ミーナは体を硬直させたまま、呆然と彼を見つめる。そんなミーナに、ジャックは首をかしげる。


「どうしたんだよ」

「…いえ……、あの、…私に何か……」

「何かって、えらく他人行儀だな」


ジャックはそう言って笑う。ミーナはそんなジャックに表情を硬くしたままでいる。

すると、ジャックの友人が彼を呼ぶのが見えた。ジャックは、今いく、と言うと、それじゃあな、とミーナの肩を軽く叩くと、友人の方へ向かった。ミーナは、彼に触れられた部分にひどい違和感がして、鳥肌が立っていることに気がつく。


「(…なに?)」


ミーナは呆然とジャックの遠くなる背中を見つめながら、やっと離れてくれたことに安堵して、深い深いため息をついた。

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