12-2変われた時
長かった夏季休暇も終わり、とうとう新学年がはじまった。ギルバートは気持ち新たに、6年生となった自分に割り当てられたクラスに向かう。
廊下を歩きながら、普段よりもやたら視線を感じる気がして、ギルバートはどことなく居心地が悪かったため、早くクラスに入りたい気持ちで足を速める。
教室に入り、自分の席に着くと、新しいクラスでもまた前の席だったらしいジェームズが、眉をひそめてギルバートの方を振り向いた。
「お前…増量どころか絞ってないか?」
ジェームズにそう言われて、ギルバートは言葉を詰まらせる。威嚇の咳払いをした後、皆まで言うな、と言うとギルバートは粛々と授業の準備を始めた。
結局あれからも、ギルバートはジェームズから言われた通りトレーニングに励んだが、ちっとも体は大きくならず、せめてもとトレーニングを増やせば寧ろ体は絞られて以前よりも痩せてしまったのだ。
「(…駄目だ…、これではミーナの好みから真逆だ…!オリバーの隣に立ったら子供がいるのかとミーナに思われる…!)」
「だから言っただろ?食えないと増量は難しいんだって。生真面目なんだから、増えないことにプレッシャーかかって余計に痩せたんじゃねえか?一度増量をやめたらどうだ?」
ジェームズのくせにあまりにもまともなことを言うので、ギルバートは悔しさのあまり閉口する。
ジェームズはそんなギルバートを無視して、おーおー、と声を漏らしながら廊下側を見た。彼につられて視線を動かすと、教室の扉からたくさんの生徒がこのクラスを覗いているのが見えた。
「…何かあったのか?」
「お前を見に来てるんだろ」
「俺を?なんで?」
「長期休暇明けて、あのギルバートがさらに美形に磨きをかけたからだろ」
「いや別にかけてない」
「こりゃ、またご令嬢からの告白が増えるな。羨ましいな。1人くらいよこしてくれ」
「俺が、女性を物扱いするような、男の風上にも置けないことをするわけがないだろ」
「あー、早速呼んでるぞほら、下級生だ」
ジェームズが教室の扉付近で、にやにやしたクラスメイトがこちらを手招きしているのを指さした。そのクラスメイトの後ろには、楽しそうにこちらを見る下級生の女子生徒たちの姿が見える。どうやら、ギルバートに思いを告げたい本人の友人たちが代わりに呼びに来たらしい。
「(…なぜ……)」
「ほら、早く行ってきてやれよ。男が女性を待たせるなって」
ジェームズにそう急かされて、ギルバートは混乱したまま、扉の方へ向かった。
その後も自分を見に来る生徒達の後は絶えず、ギルバートはげんなりした気持ちで人の目から逃げるように中庭に向かった。
ため息をつきながらベンチに腰掛けて、ギルバートは空を見上げた。今日もらった手紙に断りの返事を返さなくてはいけない。先ほど呼び出された女子生徒の断ったときの表情を思い出せば気が重くなる。それは手紙でも同じことだ。断られる方がつらいにきまっているけれど、断るほうもかなりダメージを負うのだ。
「(…そもそも、婚約者がいる人間に告白なんかしないでくれ…)」
ギルバートは項垂れる。この学園に限らないのかもしれないけれど、婚約者のいる生徒たちも、結婚するまではそれなりに好き勝手恋愛に勤しむ輩は多い。もちろん結婚したあとでもそういう輩は一定数いる。
「(…白い結婚……)」
思い出してギルバートは息が止まる。軽く咳込んだあと、ギルバートはまた空を仰いだ。
「(…ああ…新学年の初日から疲れた…)」
ギルバートがベンチの背もたれに思い切りもたれかかり体を反らしていたら、上下が反転するガーベラがこちらを見ているのが見えた。
「あっ…」
ギルバートはそう声を漏らすと、慌てて背筋を伸ばした。そして、何もなかったように振り返ると、やあガーベラ、と取り繕った。
「(…まずい、ミーナの友人に変な男だと思われたら…)」
「ギルバート…」
ガーベラは目をまるくしてこちらに近づいた。彼女はまばたきを繰り返しており、どうやら驚いているようである。そんな彼女に、ギルバートは冷や汗がでる。
「(…しまった、ガーベラほどミーナと仲のいい友人なら、結婚後も付き合いがあるかもしれないのに、変なイメージを持たれてしまったら…)」
アイリーンにもたれているイメージの修復はもう諦めているが、ガーベラにまで変なふうに見られるわけにはいかない。
ガーベラはギルバートをじっと見つめると、ねえ、と呟いた。
「…私のこと、知っているの?」
「え?」
予想外の言葉にギルバートは目を丸くする。しかしすぐに、何を言っているんだ、とギルバートは小さく笑った。
「当然だろ」
ガーベラにひどく懐いて、慕っていた幼い頃のミーナを、ギルバートは思い出す。周りに色々言われても何も言い返せないタイプのミーナと違って、ガーベラははきはきと物を言うタイプの人間で、外から見たら正反対のように思えるけれど、気が合うのか2人はいつも一緒にいた。ジャックたちから色々言われるせいでほとんど友達ができなかったミーナは、ガーベラの行くところにいつもひっついており、そして彼女もそんなミーナを優しく受け入れていたことをギルバートは知っている。
ガーベラはギルバートの言葉に目を丸くすると、少しずつ頬を赤く染めた。そんな彼女には気が付かず、ギルバートは笑顔で、話を続ける。
「君、いつもミーナといただろ?」
ギルバートのその言葉に、ガーベラは一瞬で目の色を失った。ギルバートはガーベラの表情の変化は気が付かず、昔からミーナは君が好きだったからな、と小さく微笑む。
「(…でも最近はアイリーンといるところばかりで、一緒にいるところをみかけてないな…)」
「…そうよ、もちろん今も仲良しよ」
ガーベラはそう言って微笑む。ギルバートはそんなガーベラに微笑み返す。
するとギルバートは時計を見て、俺はそろそろ行くよ、と言うと立ち上がった。
「それじゃあ」
「…ええ」
ガーベラはにこりと微笑むとギルバートを見送った。ギルバートは教室へ向かいながら、また好奇の目にさらされるのか、とうんざりした。
その翌日も、ギルバートを見物に来る生徒が絶えなかった。
見られることに耐性はあったつもりだったけれど、度を越している、とギルバートは項垂れる。
ようやく昼休みになり、ギルバートはジェームズと共にカフェテリアに向かった。
ジェームズに言われた通り、とりあえず増量(減量)をやめて、普段通りの食事を選んでトレーに乗せた。
すると、先を歩いていたジェームズが、どこかへまっすぐに歩きだした。慌てて追いかけると、そこにはミーナがいた。
「うん!良い食事内容だ!!よくやっているぞ、ミーナ・ワイアット。その調子で励むんだぞ!」
ジェームズはそう言うと、満足そうに笑う。ミーナはそんなジェームズに、目を輝かせると、はい先生!とお辞儀をした。
「(…絆が芽生えている…?)」
ギルバートはジェームズとミーナを見つめてそう心の中で歯ぎしりをした。恋愛でなければいいのか?いや、何にせよ他の男と親しくされるのは嫌だ。そんな考えが頭に渦巻くが、とにかく2人を離したくてギルバートはジェームズに追いついた。
「…またお前は…」
そう言いながら二人の元へ向かうと、ミーナがアイリーンではなく、ガーベラと見知らぬ女子生徒たちと一緒に昼食をとっていることに気がつく。ギルバートはミーナのほうを見ると、あれ、と呟いた。
「アイリーンは?」
「えっと、風邪でお休みなの」
ミーナの答えに、へえ、とギルバートは呟く。
「だからガーベラといるのか」
ギルバートはガーベラを見てそう言った。ガーベラはにこりと目を細めて、ええまあ、今日だけじゃなくてこれまでもたまに一緒にいたけどね、と返す。何やら楽しそうに話している彼女たちに、ギルバートは嬉しい気持ちになる。
「(…ミーナ、いつのまにかこんなに友人ができていたのか…)」
そう思うと胸がじんとした。ずっとジャックのせいで周りから敬遠されて、友達がほとんどできなかった彼女に、こんなに友人ができたなんて。
「(…さっきガーベラが、たまに、って言っていたのは、アイリーンがミーナを独占しているからだな)」
これまでのアイリーンの嫉妬深そうな発言から、ギルバートは勝手に類推して苦々しい顔をする。
すると、女子生徒たちがギルバートの方を見てそれぞれ自己紹介を始めた。ギルバートは矢継ぎ早に説明されたことで驚くけれど、彼女たちの話に必死に耳をかたむける。
「(ええと、こちらがアンジェで、こちらがミシェルで…えー…覚えきれん…!)」
「おーい!もう行くぞ!腹減った!」
自分が輪に入れてもらえないことに腹を立てたらしいジェームズが、そう不機嫌そうにギルバートに言った。ギルバートは、大事なミーナの友人の名前を覚えているのに…、と苛立つが、これ以上この柄の悪い男をここに居させて、ミーナの友人を怖がらせるわけにもいかず、わかってるよ、とギルバートは返した。
「すまない、もう行く」
ギルバートがそう謝ると、彼女たちは、いいえ大丈夫です、と快く途中で去る無礼を受け入れてくれた。ギルバートは小さく彼女たちに微笑むと、ミーナの方を見た。
「じゃあ、また」
ギルバートはそう告げると、先に行ってしまったジェームズの後を追いかけた。
「なんだお前、鼻の下伸ばして」
ジェームズがそう言い放つ。ギルバートは、は?と首をかしげる。
「どこがだよ」
「伸ばしてただろ!男はこうあるべきー!男はこんなことしないー!とか口煩く言うくせに、美女たちに囲まれたら弱いのか?そういうところは最高に男だな!」
「う、煩いとか言うな!」
ギルバートは、暑苦しい、古臭い、煩い、と言われることに弱くなっており、言葉に詰まる。ジェームズは、まあいいけど、と言うと、空いていた席に座った。ジェームズは、なんでお前ばっかり、とぶつくさ文句を言っている。
「…何なんだよさっきから」
「別に!」
ジェームズはそう言うとフォークを手に持った。ギルバートは首を傾げたあと、コーヒーのカップに手を伸ばした。
「(…ジェームズのせいでせっかく教えてもらったのに全員忘れた…)」
ギルバートはそうため息をつく。でもこれからミーナと結婚したら彼女たちとも付き合いはあるだろうし、そのうちに覚えていけるだろう。ミーナの友人の家族と自分たちの家族で遊ぶこともあるかもしれない。ミーナと自分がそうだったように。
「(…でも、白い結婚…)」
「あーあ、なんで女ってのはこういう体型の方が好きなんだよ…。筋肉はあればあるだけいいじゃないか…」




