12-1変われた時
長かった夏休みが終わり、ミーナはユーリと共に実家から学園に帰ってきた。
ミーナもユーリも無事進級し、ミーナは最終学年である6年生になった。
長期休暇が明けてから初めての授業。新しい学年にって教室がかわり、クラス替えはないけれど、新鮮な気持ちでミーナは席についた。
「ミーナ、おはよう」
アイリーンに話しかけられて、ミーナは笑顔で振り向いた。アイリーンはミーナの姿を見て目を丸くした。
「なん…か、すっごい痩せた?」
アイリーンはまばたきを繰り返してミーナを見つめる。ミーナは、う、うん、と小さく微笑む。
夏休みの間、ミーナはジェームズから言われたことを守り、ダイエットを続けた。結果、これまでのぽっちゃりとした体型から、ごく普通と言えるような体型になることに成功したのだ。
アイリーンは、へええ…!とミーナの周りをぐるりと回って、感嘆のため息を漏らす。
「すごい…、本当に頑張ったね」
「う、うん、ありがとう…」
ミーナはアイリーンに褒められて照れたように笑った。アイリーンは、でも無理してない?と心配そうに尋ねる。ミーナは、うん大丈夫だよ、と笑って返した。
クラスを見回すと、もうすぐで授業が始まるのに教室にあまり生徒がいなかった。ミーナは次の授業の準備をしながら、なにかあったのかな、と少し不安そうにアイリーンに尋ねた。するとアイリーンは、ああ、と苦笑いをもらした。
「みんな、ギルバートを見に行ってるみたい」
「ギルバート?なんで?」
「…なんか、休み前より美しさに磨きがかかってる、って」
アイリーンは、どんなんになってんのかしら、と頬杖をついて呟く。ミーナは、最後に会ったギルバートを思い出して、ああ…、と声をもらす。
「(…確かに、より引き締まって美しくなってたな…)」
「にしたってあいつ、どこ目指してんの?」
アイリーンの呟きに、ミーナは苦笑いをもらした。
放課後になり、ミーナはアイリーンに別れを告げると、今日も運動に向かうために廊下を歩いた。(ジェームズからのコーチングは、夏休み前から週に一度あるかないかになっており、今日は彼との約束はない)
すると歩いている途中で、窓のそばで友人と固まっていたガーベラに話しかけられた。ミーナは体を固くしながらも、笑顔を見せた。
「が、ガーベラ…、なあに?」
「ねえ、仲直りしない?」
突然の言葉に、ミーナは硬直する。ガーベラは、見覚えのある優しい笑顔を向けている。周りにいるガーベラの友人たちも、いつもの嫌味な笑顔ではなく、親しみやすそうな笑顔を浮かべている。
しかし、以前アイリーンを仲間はずれにしようと提案してきた彼女たちが不穏で、ミーナは、でも…、と目を伏せる。すると、やあね、とガーベラは笑った。
「前のアイリーンの話はもうしないわよ。アイリーンと一緒にいないときに、私たちといたらいいのよ」
「あの、でも、私…」
あんなに自分に冷たいことを言ってきたのに、なぜ今更自分に優しくするのか、ミーナには意味が分からなかった。
動揺するミーナの腕を組み、ガーベラは、ねえ、と優しく話しかけた。ミーナは、昔の記憶がよみがえり、つい自然と、つられるように口角が上がる。
「今から話しましょうよ、ね?」
ガーベラはそう言うと、ミーナの腕を引いて歩き出した。ミーナはそれに連れられて、ガーベラたちと歩き出した。
そしてその日、ミーナはガーベラたちとカフェテリアで談笑した。他愛のない話を長い時間彼女たちと繰り広げた。ミーナはガーベラの隣で、本当に久しぶりに自然な笑顔を浮かべることができた。
翌日は、アイリーンが体調不良で学校を欠席した。
普段ずっとアイリーンといたミーナは少し心細く思っていたけれど、休み時間にはガーベラが隣に来てくれた。
そして昼休み。ミーナは1人でランチをしようと席を立ち上がると、ガーベラとその友人たちに呼び止められた。どうやら、ミーナと一緒に昼食をとってくれるらしい。ミーナは、ありがとう、とお礼を言うと、彼女たちと一緒にカフェテリアへ向かった。
「(…どうして、優しくしてくれるんだろう…)」
ミーナは、ガーベラの隣を歩きながらそんなことを考える。ミーナは、窓ガラスに反射する自分の顔をちらりと見る。
「(…もしかして、痩せたから?)」
ミーナはそんなことを思いつく。冷たく突き放してきた彼女だけれど、普通の体型になったミーナのことは受け入れてくれるというのだろうか。
「それでね、おかしいのよあの人ったら」
ガーベラが笑いながらミーナに話しかける。ミーナはそんなガーベラの笑顔を見つめる。懐かしい、優しい彼女の笑顔に、ミーナは心が揺らされる。
「(…そうだとしたら、痩せてよかった)」
ミーナはそんなことが頭に浮かぶ。また昔みたいにガーベラと仲良くできるのかもしれない。ひとえに私が頑張ってやせたから。
しかしすぐ、疑問が頭のなかに迷い込む。
「(…良かった…のかな……)」
ミーナは自信がなくなる。そんなミーナの気持ちなど知る由もなく、ガーベラは、ついたわよ、とミーナに声をかけた。ミーナは、彼女の方を見て、う、うん、と頷く。
いつも通りのランチをトレーに乗せて、ミーナはいつもとは違う人たちの輪の中に座った。
皆で話しながら、ランチタイムは始まった。ミーナは賑やかにお話をする彼女たちの中で笑いながら、綺麗に髪を編み込んだり、華やかな髪飾りをつける彼女たちに目移りした。
「(…アイリーンは飾らないタイプだから、こういう人たちは新鮮だ…)」
ガーベラとその友人たちは、容姿も整っているうえに雰囲気がとても華やかで、なんだか自分が場違いに思えた。
ミーナは、綺麗に自分を整える彼女たちに、必要最低限の手入れ以外は何もしていない自分が恥ずかしくなる。とっさにミーナは、癖のある赤茶色の前髪を、気持ちばかり整える。
「ねえ、あなたそんなに食べられるの?」
ミーナの斜向かいに座っていた女子生徒が、ミーナのランチプレートを見てそう目を丸くした。ミーナは、え、と声をもらす。
「(…そんなに、って、この量で耐えしのいでいるくらいなのに…)うん、これくらいは…」
「ええ、すごい!大食漢ね!」
両手で口を隠して驚く女子生徒に、周りの女子生徒たちもミーナのプレートを見つめる。そして、ほんとによく食べるのね、とそれぞれが驚き、そして感心した。
ミーナは、彼女たちのリアクションに動揺しながらも、彼女たちのランチプレートに視線をやった。すると彼女たちは、サラダと小さなパン、それに紅茶しかのっていなかった。
「(ええっ!こ、こ、これだけ……)」
ミーナは彼女たちの食事量に度肝を抜かれる。そして、改めて彼女たちを見た。たしかに、ひどく細くて華奢な体をしている。彼女たちくらい細くなろうと思ったら、これだけしか食べられないのかと思うとミーナは軽く絶望した。
「み、みんな、よくそれで足りるね…」
ミーナはまばたきを繰り返してそう呟く。女子生徒たちはお互い顔を見合わせると、だって、ねえ、と笑った。
「痩せてないと笑われちゃうもの」
ねえ、と女子生徒がミーナの方を見て笑う。その隣の女子生徒も可笑しそうに吹き出す。ミーナは、彼女たちの様子に、以前の空気を感じて身体が固まる。
するとガーベラが咳払いをした。
「いいじゃない、健康的で。さ、食べましょう」
ガーベラはそうあっさりと言うと、自分のプレートにのったサラダを口に運んだ。笑っていた女子生徒たちは、また顔を見合わせると、そうね、と笑いのにじむ声で返事をした。
ミーナは、なんとなくこの輪の中で顔が上げられなくなる。お腹が空いていたはずなのに、もう何も食べる気になれない。
「(…私、どうしてガーベラたちに呼ばれたの?)」
ミーナは理由がわからなくなり困惑する。もしかしたら、自分が有頂天になっていただけで、何かまた彼女たちにバカにされているのではないだろうか。そんな不安が頭によぎる。
「うん!良い食事内容だ!!」
背後からそんな声がした。驚いて振り向くと、満足げな顔をして腕を組むジェームズがいた。
「よくやっているぞ、ミーナ・ワイアット。その調子で励むんだぞ!」
ジェームズはそう太鼓判を押すと、がははと笑った。ミーナはジェームズに、はい、先生、とお辞儀をする。
「…またお前は…」
ジェームズから少し遅れて、呆れた顔をしたギルバートがやってきた。ギルバートはミーナのほうを見ると、あれ、と呟いた。
「アイリーンは?」
「えっと、風邪でお休みなの」
ミーナが答えると、へえ、と意外そうに目を丸くした後、ギルバートはガーベラの方を見た。
「だからガーベラといるのか」
ギルバートがそう言うと、ミーナの隣りにいたガーベラは、嬉しそうに目を細めてギルバートのほうを見つめた。
他の女子生徒たちは、えっ、と目を丸くして少しざわついた。あのギルバートが女子生徒の名前を知っているなんて、ガーベラとギルバートって知り合いだったの?と口々に言っているようである。
「(…確かに、ギルバートって、アイリーンの事も知らなかったみたいだし、そういうのに疎いのかな…)」
「ええまあ。今日だけじゃなくて、これまでもたまに一緒にいたけれどね」
ガーベラはそう笑顔でギルバートに返す。ミーナは、そんなガーベラを、そうだっけ、と心の中で少し驚きながら見つめる。
ギルバートは、へえ、と言いながら、ガーベラの周りにいる女子生徒たちを見た。ギルバートに見られて、女子生徒たちは色めき立つ。
すると、ガーベラの友人たちはこぞってギルバートに自己紹介を始めた。ギルバートは少し目を丸くしながらも、その自己紹介をちゃんと聞いていた。
ミーナは、ギルバートと並ぶ華やかな彼女たちのしっくりくる感じに驚く。改めてミーナは、彼の隣に並ぶ難しさを理解して頭痛がする。
ギルバートが華やかな女子生徒たちに囲まれる様子を横目に、相手にされないことでつまらなさそうに眉をひそめたジェームズが、おーい、とギルバートに呼びかけた。
「もう行くぞ。腹が減った」
「わかってるよ。すまない、もう行く」
ギルバートはそう彼女たちに謝罪すると、ミーナの方を見て、じゃあまた、と言って、さっさと歩いていくジェームズの後を追いかけた。
ギルバートの背中を、ガーベラと女子生徒たちがうっとりと見つめる。
「初めてしゃべっちゃった…」
「近くで見ると、余計に素敵ね」
「夏休み明けて最終学年になって、更に美しくなったわよね」
「それよりガーベラ!彼と知り合いだってどうして教えてくれなかったの?」
そうよ!と女子生徒たちがガーベラに詰め寄る。ガーベラは紅茶を口に運んだあと、大したことじゃないわ、とさらりと言った。
「昔からお互い顔見知りなだけ。それだけよ」
「でも、あのギルバートに覚えられているなんて…」
「やっぱり美人だものね…」
いいなあ、と羨ましがる女子生徒たちに、やあね、たいしたことないんだって、とガーベラは小さく微笑む。
ミーナは、どこか嬉しさの余韻を残すガーベラの横顔を見つめて、少しの違和感を覚える。がしかし、深くは考えず、紅茶のカップに手を伸ばした。




