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11-2それぞれの夏

実家に帰省したギルバートは、毎日父の仕事について回り、帰ってきたら学校の勉強をする、という毎日を過ごしていた。


父の側で家の仕事を教えてもらう時間は、常に空気が張り詰めていて、父の下で働く人たちは皆彼の前で萎縮していた。父の顔色をうかがって狼狽える彼らを見ながら、ああそうだこの人は昔からこういう人だった、とギルバートは思いだす。



父から頼まれたことを調べるために、ギルバートは父の部下数人とともに家の書庫に向かった。膨大な資料の中から手分けして目当てのものを探した。

父のいないところでは、幾らかリラックスして、軽い雑談を交えながら探し物をする父の部下たちを見ながら、ギルバートは、母のことを思い出した。


母は、ギルバートが幼い頃に病気で死んでしまったから、そこまで細かい記憶があるわけではなかったけれど、とにかくいつも明るく笑っていたような気がした。

仏頂面の父の隣でいつも元気に笑う母、というあまりにもアンバランスな2人しか覚えていないものだから、もしかしたら記憶違いかもしれない、とギルバートは自分を疑う。

けれど確かに、自分の記憶にあるのは楽しそうな笑い声をあげる母と、それに対して何の反応もしない父だったのだ。

父にとっては、男らしくどっしりと構えていることが美学だったのだろう。そんな父と一緒にいて、母はどう思っていたのだろうか。今になっては何も分からない。


「あっ、ありました、ありましたよギルバート様!」


父の部下の嬉しそうな声がして、ギルバートは、はっとする。わかった、と声をかけると、ギルバートは声の方へ向かった。








夏の恒例行事である、ギルバートの親戚とミーナの親戚で集まって開くパーティーの日までに、オリバーに会うその日までに、彼と張り合うために本気で頑張ってきたギルバートだったけれど、望むように体型が大きくなることはなかった。


父にほとんど一日中教えてもらう仕事が忙しいことと、あの寡黙な父と向かい合って食事をしても食欲がなくなる、ということなどの要因があり、ギルバートはむしろ食べる量が減ってしまった。

かつ、日課のトレーニングは欠かさないため、体重を増やすどころか、むしろ体はどんどん絞られていく。




「(…こ、こんなはずでは…)」


パーティーの当日、ギルバートはパーティーホールにて、久しぶりにミーナに会えることを心待ちにしながらも、それと同じくらい、今の自分を見られたくない気持ちで一杯だった。


すると、ユーリと仲よさげにやってきたミーナの姿が見えた。姿を見られたくないと思っていたはずのギルバートは、無意識のうちにミーナを追いかけていた。そして、彼女の前に立った。


「ぎ、ギルバート…?」


ミーナはギルバートを驚いた表情で二度見した。ギルバートは、痩せたことに気づかれたかと、ぎくりとする。

すると、ユーリが意地悪く目を細めると口をひらいた。


「ギルバート…、なんか変わったね」


体を大きくするためにトレーニングをしていたことを知っているユーリは、ギルバートが見事に失敗したことを察して嫌に爽やかな笑顔を向ける。ギルバートは耐えられずに、皆まで言うな…!とユーリに牽制した。


ギルバートは軽く咳払いをすると、ミーナの方を見た。前とはまた違う雰囲気でドレスアップしている彼女に、ギルバートは時間が止まったような錯覚を起こす。ミーナはギルバートと目が合うと、一度不思議そうに瞬きをした。


「(………)」


あまりの可愛さに、ギルバートは頭の中が一時停止する。固まるギルバートに気がついたユーリが何かを言いたげに、ジト目でこちらを見ているのに気がつくと、ギルバートは咳払いをした。


「ほら行くぞ」


ギルバートはそう言うと、歩き出そうとした。するとミーナは、きょとんとした顔をした。どうやら彼女は自分と別行動のつもりだったらしい。ギルバートは眉をひそめてミーナを見た。


「俺たちは婚約者同士なんだから、一緒に行動するのが当然だろ」


ギルバートは、何を考えているんだ、と思いながらそう返した。ミーナは、まだよくわかっていないのかまばたきを繰り返している。


するとユーリが、ねえさま、と呼んでミーナの手を優しく握った。


「ねえさま、今日の装いとっても素敵です。綺麗です」


そう言うと、にこりとユーリはミーナに微笑む。ミーナはユーリからの言葉に、嬉しそうに目を細める。ミーナに向けてにこりと可愛らしく微笑んだユーリは、ギルバートに意味深な視線を送ると、僕はこれで、と言って去っていった。

そこでギルバートはようやく、そうか褒めなくては、と今更気がついた。


「(…え、エチケットとして、褒めなくては…)」


パートナーのめかしこんだ姿を褒めるのはマナーの範疇であって、何も男らしくないわけではない。


「(…だから、むしろ褒めなくては。褒める…褒め……なんて?どうやって?)」


ギルバートはユーリに手を振るミーナの横顔を見つめながら頭の中で焦りまくる。これまで頭の中で好き勝手盛り上がっていただけだったから、相手に伝えるべき言葉が何も浮かばなかった。


ミーナはユーリを見送ると、ギルバートの方を見上げた。もうそろそろ行こうか、と言っているようである。

ギルバートは、ミーナに伝えるための適切な言葉を探す。けれど、頭が上手くまわらない。

ギルバートは、いつまでも黙っているわけにはいかず、諦めて咳払いをして、そして、行くぞ、とだけ言うと歩き出した。










ギルバートはミーナと共に会場を回った。ミーナは親戚たちから、綺麗になったねえ、と褒められていた。そのたびに、ねえ、とギルバートはその親戚から同意を求められた。

その時ギルバートは、昔の父親の姿を思い出していた。社交の場で一緒に歩く母が周りから綺麗だと褒められても、父はいつも、そんなことありません、と笑顔で否定していた。


「(…つまり、そうですよね、と便乗することは、男としてみっともないのか…)」


そんな考えが頭によぎり、かといって父のように否定することはさすがにできず、ギルバートは曖昧に笑い返すことしかできなかった。







さらに歩いていると、オリバーとナディアに出くわした。いつも通り明るい笑顔を浮かべる2人に、ギルバートは、ぐっ、と心の中で歯を食いしばる。

オリバーは爽やかな笑顔でギルバートの隣に立つと肩を叩いた。ギルバートは、今の自分の隣にオリバーが並んでほしくなくて、彼の側から逃げた。すると、なんだよー、とオリバーが笑った。


「久しぶりなんだから仲良くしようぜ」

「仲良くはする。でも俺から離れてくれ」

「なんだそれ!」


あはは!とオリバーは快活に笑う。この底なしの明るさが羨ましい、とギルバートは妬む。


すると、ミーナとナディアが何やら話しているのが見えた。どうやら、前よりもお腹の大きくなったことを話しているらしい。ミーナは、じっとナディアを見つめていて、何を考えているのかギルバートにはわからない。


「(…深く類推したら、こちらが傷つきそう…)」

「ミーナ、なんだかまた綺麗になったわね」


ナディアが感心したように言う。ミーナは、ええ?と笑いながら首をかしげ、そうかな、ありがとう、と返す。ナディアは、本当よ!とミーナに改めて伝える。


「ねえ、ギル」


ナディアが突然こちらに話を振ってきた。ギルバートは、例のごとく曖昧に返す。すると、ナディアが眉をひそめた。


「ギル、あなたねえ、素直に言う…、あれ、なんかギル…」


ナディアはギルバートを二度見した。ギルバートは、痩せてしまったことがばれたかと覚悟を決める。するとナディアは、えっ、と声を漏らした。


「なんか…なんか美しくなってない?!」


ナディアの予想外の言葉に、ギルバートは一瞬呆然とした後、眉をひそめる。


「…美しいってなんだ?」

「なんか前よりさらに痩せて引き締まって、美しくなってる…」


ナディアが、なんで?と不思議そうな顔をする。ギルバートは、なんでと言われても…、と困惑する。


「(…美しい?美しいとは…)」

「羨ましいな、俺は前より太っちゃってさ」


ははは、とオリバーはおおらかに笑う。ギルバートは悔しくて、ぎっ、とオリバーを睨む。ナディアは、最近よく食べるものね、と笑いながらオリバーを見上げる。


「…それじゃあ、俺らは行くから」


ギルバートはそう言うとミーナの方を見た。ミーナは、それじゃあ、と慌てて2人に会釈をした。

するとナディアが、よかったわ、と微笑んだ。ギルバートは、なにが、と怪訝な顔をする。


「前は別行動だったから。今日は仲良く2人一緒で、安心した」


ナディアはそう言って目を細める。ギルバートは気まずそうに目を伏せた後、前も一緒だった、と返すと、2人を置いて歩き出した。ミーナもギルバートの後を追いかけた。






オリバーとナディアと別れた後、ギルバートとミーナは、ミーナの両親と話をした。

相変わらずおおらかな2人で、話しやすいとギルバートはしみじみ思った。2人の間にはミーナと良くにた温和な空気が漂っていて心地良かった。



そしてその後は、ギルバートの父と話すことになった。先ほどのミーナの両親との落差にギルバートは驚いた。冷え切った、張り詰めた空気は他人を萎縮させる。幼い頃から厳しく躾けられているから余計に感じるのかもしれないけれど。


「…またもう少ししたら、改めてうちに来なさい。君の住む部屋の案内等、することがあるから」


父はミーナにそう淡々と告げた。ミーナは、よろしくお願いいたします、と頭を下げた。父は、ああ、とだけ返すと2人の前から去っていった。






それからも2人は会場を回った。ギルバートは、事あるごとにミーナがオリバーたちのほうを盗み見ていることに気がついていた。


「(…そんなに気にしなくていいのに…)」


ギルバートは内心不機嫌になりながら、今もまたオリバーの方を見ているミーナを横目で見る。


「(…あ)」


ギルバートは、バルコニーへの入り口を見つけた。そして、まだオリバーの方を見ているミーナに、こっち、と呼びかけた。










バルコニーに出ると、外はすでに夕焼け空になっていた。ギルバートは夏のぬるい風に吹かれて乱れた髪を軽く直す。

ミーナは、空を見上げながらゆっくり手すりに手を添えた。ギルバートはそんな彼女の隣にゆっくり立つ。


「どうしたの?」


ミーナに尋ねられて、ギルバートは、別に、とそっけなく返す。ミーナは、ふーん、と軽く返すとまた空を見上げた。ギルバートは、その横顔を見つめる。


「(…可愛い…じゃない。綺麗、って言うのか…。こういうときは…)」


ギルバートはそんなことを悶々と考える。


「(…これは、俺がのろけて言っている言葉じゃない。紳士のマナーとして、義務として、…権利…として…当然のこととして言うだけ。それだけ…)」


夏の風が、2人の間を通り抜ける。ギルバートは咳払いをして、そして意を決したように彼女の方を見た。


「綺れっ、」

「ねえ、風邪引いたんじゃない?」

「ぇ、え?」


いつの間にかこちらを見上げていたミーナが、心配そうにこちらを見つめている。

完全にタイミングを失ったギルバートは力なく、いやそういうわけでは…、と口ごもる。


「本当?大丈夫?」


ミーナは本当に心配そうにこちらを見ている。その表情に胸が苦しくなる。


「…なんとも、ない…」


そんなわけがないけれど、どうしようもなくてギルバートはそう返して、彼女から視線をそらした。ミーナは、そう?と言うと、ギルバートから視線をそらした。


「(…本当に、これが正しいんだろうか)」


ギルバートはそんなことを思う。ミーナに対して伝えたいことも伝えられない、この現状が本当に、自分の目指すしていることなのだろうか。


「…そろそろ戻ろうか」


ミーナはそう言うと、扉の方へ歩き出した。ギルバートは、そんなミーナに焦る。今このタイミングで彼女に綺麗だと言えないと、恐らく今日は絶対に言えないし、しばらく言える機会もない。


「待って、」


気がつけば彼女を呼び止めていた。

その時にギルバートは、自分は本当は、ずっと言いたかったのかと、そう気がつく。綺麗だと、可愛いと、好きだと、そう彼女に伝えたくてたまらなかったのだと。


すると、急に呼び止められたことで、ミーナがバランスを崩した。ギルバートは、慌ててミーナに手を伸ばして、そして彼女を腕で抱きとめた。

自分より小さな体が、自分とは違う体温を放って、自分の腕の中に収まる。

彼女は体勢が整ったのだからもう転ばない、だから離さなくてはいけない。そんなこと頭ではわかりきっているのに、彼女の背中に回した自分の手が離れようとしない。


「(…離したくない……)」


好きな人に触れることができて、嬉しいとも幸せともまた違う、胸がはち切れそうなほど苦しい気持ちで、ギルバートはそんなことを願う。


「…ギルバート?」


そんなミーナの声がして、ギルバートは、はっと息を呑んだ。自分が今何をしていたのか正常に判断できないほど、頭が混乱していた。


「…ごめん」


ギルバートはそう静かに言うと、ゆっくりミーナの肩をつかんで、彼女から体を離した。もう離れなくてはいけない名残惜しさから、そのままま肩から、無意識にそのままミーナの手に触れ、そしてその手を自分の手で握った。


「(…いや、何をしているんだ俺は…)」


じわじわと冷静になりはじめたギルバートは、額に汗を滲ませた。


「(…こんなのは、軟派な奴のすることで、男のすることじゃ…)」

「…昔はよく、手をつないだね」


ミーナが突然そう話し始めて、ギルバートは、え、と、声を漏らした。ミーナはお互いの手を見つめたまま、小さく微笑んだ。その笑顔に、ギルバートは目を奪われる。

ずっと見つめ続けてきた少女が、大人になって自分に微笑みかける。


「大きくなったね、ギルバート」


ミーナにそう言われて、ギルバートの息が止まる。想いは変わらないどころか大きくなる一方で、彼女を見つめるほどに心臓が痛いほど脈打つ。

ギルバートは目を伏せて、繋いだ手に少しだけ力がこもった。


「…君は…、……大人になったな」


ギルバートはそう言ってすぐに、いやそうじゃないだろ俺…、と心の中で自分で自分に突っ込む。

ミーナは、あ、と言うと、ギルバートの手から自分の手を離した。


「ごめんね」  


ミーナは困ったように笑いながらそう言う。彼女の体温の余韻が残る手に、ギルバートは、さっきのことが夢じゃないと信じられた。


「もう転ばないから。ごめんね、いつまでも鈍臭くて」


ミーナはそう、申し訳なさそうに笑う。ギルバートは、いや…、と濁す。


「(また、その顔だ)」


ギルバートは、ぼんやりと彼女を見つめる。周りに言われたことを気にしていたあの日のミーナを思い出して、すべてはジャックのせいだと内心歯ぎしりをする。


「(……どうしたら、彼女は気にしないでいられるんだろうか。それは俺にできることなんだろうか)」


ギルバートはふと、そんなことを考える。するとミーナは、戻ろうか、とギルバートに話し掛けた。ギルバートは一瞬戸惑ったあと、…そうだな、と返した。







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