10-1揺れる
テストが終わり、もうすぐ夏休みにはいる時期になった。
帰省の予定を立てる楽しそうなクラスメイトの声を聞きながら、ミーナは窓の外を見つめる。青々とした葉をつける木々を眺めて、決意を新たにした。
「ええ?またダイエットをはじめたの?」
ランチタイムのカフェテリアにて。いつものようにアイリーンとランチをしていたら、ミーナの選んだランチプレートプレートを見たアイリーンが怪訝な顔をしてそう言った。ミーナは苦笑いをもらして、うん、と頷く。
ギルバートの好きな人がアイリーンではないとわかってから、これまで抱えていた心のもやもやが少し晴れた。悩みが1つなくなって、ミーナは、また痩せようと思えるようになった。ミーナは2、3日前から運動を再開させている。
以前のダイエットの成果は振り出しに戻っているので、また最初からになるが、めげずに頑張ろうと決意を固めたのだ。
運動しているところを既にジェームズに見つかっており、事情を話せば快くまた協力すると彼は言ってくれた。以前ダイエットを諦めたとき、ひどい印象をミーナに抱いただろうに、また協力してくれるという彼に、ミーナは深く感謝していた。
「やめなよ。ミーナはそのままでいいよ。甘いもの食べられなくなっちゃうよ?」
アイリーンが心配そうにミーナに言う。ミーナは、ありがとう、とアイリーンの目を見つめる。
「あなたがそう言ってくれる人だったから私、ガーベラから見放されたときも、なんとか踏ん張れた気がする」
「…ミーナ…」
「でも私、自分に自信が持ちたいから。自信をつけて…ギルバートに好きだって、言いたいから」
ミーナはそうアイリーンに伝えた。今の笑われる姿のままではきっと、彼に好きだなんて言えない。でもまた努力して、人並みの体形になることができたら、そうしたら、自分に自信が持てるように思うのだ。
ミーナを見つめるアイリーンは、しばらく黙った後、ねえ、と言った。
「ギルバートがあなたに痩せろって言ったの?」
「え?そんなことは言わないけど…。でも、周りの人からは笑われてるし…、ギルバートが内心どう思っているかは」
「…うーん…」
アイリーンは不満そうに唇をとがらせると、ミーナがそう思うなら…、とぶつぶつ呟く。しかしすぐに、あっ、と声を漏らした。
「…もしかして、ダイエットするってことは、あの例の野蛮男とまた一緒に運動してるわけ?」
アイリーンが至極嫌そうに顔を歪めて言った。ミーナは、や、野蛮男…?と首を傾げた。
「それ、って…ジェームズのこと?1回放り投げた私のことも面倒見てくれてるのよ?とても良い人だから…」
「だめよだめよ!また怪我させられちゃう!」
アイリーンが、顔を青くする。そんな彼女にミーナが、だ、大丈夫だよ、と苦笑いを漏らしていたら、こんにちは、と柔らかい声がした。顔を上げると、紙袋を2つ持ったレーガがいた。
「ふたりとも、前はわざわざお礼をありがとう。お返しにまたお菓子作ってきたよ〜」
レーガがそう微笑んで2人に紙袋を渡した。アイリーンは目を輝かせて、えー!ありがとう!とレーガを見つめて微笑んだ。レーガは、いえいえ、と嬉しそうに目を細める。
一方ミーナは絶望的な顔で紙袋を見つめる。
「(…れ、レーガの絶品お菓子…!)」
「あれ、ミーナどうしたの?チョコレートケーキ、好きじゃない?」
「ううっ…!(しかもチョコレート…!)あ、ありがとう…」
ミーナが震える頬で笑うと、アイリーンがレーガを、こっちこっち、と呼んで自分の隣に座らせた。きょとんとしたままのレーガが椅子に座ると、アイリーンは彼に耳打ちする仕草をしてミーナに聞こえる音量で話し始めた。
「ミーナ、ダイエット中なんだって」
「ええ?なんで??」
レーガが目を丸くする。そして、えええ?!とミーナの方を見て顔を横に振った。
「ぜんぜん太ってないよ!無理は身体に良くないよ?」
「でしょう?もっと言ってあげてよレーガ!」
アイリーンがそうレーガに加勢を求める。ミーナは、あ、ありがとう…、と苦笑いを漏らす。レーガは、うーん、と腕を組む。
「昔から、男子たちがほんのちょっと丸っこい子をいじめたりしてたから、他の女の子も危機を感じて、痩せなくちゃ、って過剰に思ってる節がある気がするよ、僕」
レーガがそう眉をひそめる。アイリーンは、そうなの?と首をかしげる。
ミーナは、レーガの言葉にぎくりとする。その丸い子とは恐らく自分のことだ。
「(…みんな、私みたいに言われたくないから痩せてたんだ…)」
ミーナはそう思うとさらにショックで、痩せなくては、という決意を深める。
深刻そうなミーナの顔を見て、レーガは心配そうに眉を下げる。
「ミーナがしたいようにするのが一番だよ。でも、無理はしちゃ駄目だよ?」
「う、うん…」
「辛くなっちゃうかもしれないから、これは他の子にあげようか?」
レーガは、ミーナの持つ紙袋を指さした。ミーナは、うっ…、と息が詰まりながらも、ご厚意を無下にしてしまって…、と謝りながらレーガに紙袋を返した。レーガは、ううん、タイミング悪くてごめんね、と朗らかに笑った。
「それじゃあ、これはユーリにあげようかな」
レーガはそう言って微笑む。ミーナは、ユーリ?と首を傾げた。
「ユーリを知ってるの?」
「うん。ギルバートと仲良しみたいだから、よく部屋に来るんだ」
「へえ…」
ミーナは、ユーリが昔からギルバートに懐いていたことを思い出して微笑む。
アイリーンは、じっとミーナを見つめる。
「無理は、絶対に駄目!よ!」
アイリーンにそう念を押されて、ミーナは、はい、と畏まって答えた。
夏休みまであと数日になった放課後、ミーナはジェームズと一緒に運動していた。相変わらずジョギングはできずに散歩だけれど、ジェームズは手を抜かずにスパルタ指導をしてくれる。
運動終わりに、ジェームズはミーナの体を見つめて満足そうに頷いた。
「また痩せてきたな!努力できるやつは好きだぞ!」
「ご、ご指導のおかげです…!」
「ギルバートの面目のためだ!俺はお前を大改造するぞ」
はっはっは!と快活に笑うギルバート。ミーナは、頑張るぞ、と改めて決意を新たにする。
するとジェームズが、ん?と首を傾げた。
「そういえば、ギルバートも俺にコーチングを依頼してきていたな」
ジェームズの言葉に、ミーナは、えっ!と裏返った声が出た。
贅肉のほとんどつかない、ひきしまったスタイルのギルバートを思い出しながら、ミーナは動揺して、え、え…、と声をもらす。
「ひ、人って、あれ以上細くなれるんですか…?」
「あー、減量じゃない。増量だ」
「…増量?」
「トレーニングをすることで筋肉をつけて、体を大きくするんだ」
ミーナはよくわからずに混乱する。
「…えっと、ムキムキになりたい、ってことですか?」
「そうだ。というか、男はだいたいそうなりたいんだ!」
「…そう…なんですか?」
「そうだ!それに、筋肉は哲学だからな」
「(…筋肉は哲学…?)」
ミーナは、どうやら筋骨隆々になりたいらしいギルバートを想像してみるができない。
そういう体型が男性の憧れだと言われても、身近な男性である父親は自分と同じような体だし、弟のユーリも華奢な体だ。2人とも、心の底ではそうなりたいと思っているのだろうか。
「(…そもそも、なんで…?)」
人にはその人なりの悩みがあると言われたらそれまでだけれど、ミーナはギルバートが今の自分から変わりたい理由がわからなかった。
「(…何にせよ、無理してなかったらいいけど…)」
「さて、あと少しで帰省だが、実家で食べすぎるなよ?食事はバランス良く!だぞ!」
「はいっ!」
ミーナの返事を聞いて満足そうにジェームズは笑った。
夏休みに入る直前の日、ランチタイムにミーナはいつものようにアイリーンとカフェテリアに来た。
席を探していると、ユーリが一人でいるところが見えた。ミーナはそこへ向かった。
「ユーリ、ここ空いている?」
「あっ、ねえさま。どうぞ」
ユーリはそう言うと微笑んだ。ミーナはユーリの隣に、アイリーンはミーナの向かいに座った。
「えっと、ねえさまのお友達ですよね。はじめまして。弟のユーリです」
ユーリはアイリーンを見てにこりと笑った。アイリーンも、はじめまして、アイリーン・アダムスです、と返す。
「なんだかきょうだいで雰囲気が違うわね」
アイリーンは、ミーナとユーリを見比べてそう呟く。ユーリは貼り付けた笑顔を浮かべる。ミーナは少し言いにくそうに苦笑いを漏らした。
「ああ…私たち血がつながってないのよ」
「そ、そうなの?」
アイリーンが目を丸くする。ミーナは、うん、と頷く。
「私の家に跡取りがいなかったから、ユーリが家族になってくれたの。とても小さい頃から一緒に暮らしててるんだ」
ねえ、とミーナはユーリに笑いかける。ユーリは、はい、と微笑む。
「本当のきょうだいみたいに、ねえさまには可愛がって頂きました」
「ええ?みたいって、本当のきょうだいじゃない」
そう言って笑うミーナに、ユーリはにこりと笑い返す。
アイリーンは、なんとなくデリケートなところに軽率に触れてしまった気まずさから目を泳がせた。すると、少し向こうで食事をするギルバートの姿が見えた。その量が、痩せ型の彼が食べるには多くて、アイリーンは首をかしげる。
アイリーンの視線に気がついたユーリが、あれですか?と指さした。
「増量中みたいですよ」
「増量?」
アイリーンが怪訝な顔をする。ユーリは、はい、と微笑む。
「筋肉を増やしたいみたいです」
「むっ、ムキムキになりたいの?!」
アイリーンは眉をひそめて、な、なんで…?と尋ねる。ユーリはちらりとミーナの方を見て、そして、さあ…僕には、と首を振った。
アイリーンは、うーん、と考え込む。そして、あっ、と声を漏らした。
「もしかして、何かと戦おうとしてるのかな」
アイリーンの言葉に、ミーナは、えっ、と声をもらす。
「何か…って何?」
「それは…ううん…。あっ、イノシシ……とか?明日から帰省するし、それに備えて…」
「ギルバートの住んでる街って、このへんよりずっと都会よ?」
ミーナの言葉に、アイリーンはさらに悩む。
そんな2人を見ていたユーリは、にこりと微笑む。
「お二人はどうですか?筋骨隆々な男性が好きだとか、細身がいいとか、ありますか?」
ユーリの質問に、ミーナとアイリーンは顔を見合わせる。
「……うーん、男らしすぎるのは、私は苦手かも」
アイリーンはそう返したあと、ミーナは?と尋ねた。ミーナは、ええ…、と困惑する。
「うーん、あんまり考えたことがないかも…、でも…」
ミーナは、少し遠くにいるギルバートの方を心配そうに見る。
「…とりあえずギルバートは、少食なのに大丈夫かなって」
ミーナはそう言って苦笑いを漏らす。そんなミーナに、まあ確かに、とユーリが返す。
アイリーンはミーナの言葉に、ええっ!と驚く。
「あいつ、少食なの?普段から散々、男らしくとか言ってるくせに?」
「口では暑苦しくて古くさいことを煩く言うわりに、内面は繊細なんですよ」
ユーリの笑顔の補足に、耐えられずにアイリーンは吹き出した。ミーナはそんな2人に苦笑いを漏らしつつ、またちらりとギルバートの方を見た。




