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9-2君についた嘘

ようやくテストが終わり、その結果が校内に張り出された。


ギルバートは、結果の周りに群がる生徒達の間から自分の順位と点数を確認した。目標にしていた程度は点が取れたと安堵して、教室に戻ろうと歩き出した。

すると、たくさんの生徒たちの中からミーナの姿を見つけた。

ギルバートは、足を止めて、つい彼女を見つめる。



あの日、彼女についた嘘を断腸の思いで白状したことを、ギルバートは思い出す。自分の失態を白日の下に晒した瞬間は、自分の情けなさから人生が終わったような気持ちになったけれど、しかし、そんな自分を赦したミーナを見ていたら、気持ちが少しずつ晴れていった。

こんな気分になるのなら、もっと早くから言っていたらよかったと、そうギルバートは思うほどだった。そうしたら、ミーナに友人とのことで悩ませなくて済んだのに。


ーー反省していますか?


そう、自分の目を見つめて言うミーナを、ギルバートは思い出す。丸い瞳を鋭くして、厳しい口調でそう言った後、ミーナはいつもの柔らかい笑顔を向けた。


ーーならよし




「(…いいや、可愛すぎる…!)」


ギルバートはあの日から頻発する発作に、頭を抱えて髪を掻き上げた。あの日のミーナを思い出しては悶えて苦しむ日々を、ギルバートは送っていた。

あの後、ギルバートはレーガからもらったシフォンケーキをミーナに渡した。それを受け取った時の彼女の輝く瞳も一緒に思いだすと、ギルバートは呼吸困難になる。


「(世界の摂理はどうなっている…?あんなに可愛い人がいたら、世界のバランスが崩れてしまう……!)」

「俺を差し置いて安定の1位を取ったのに、何が満足できないんだ?」


そんな嫌味な声がして、振り向くとジャックかいた。

ギルバートは、発作のために乱れた髪を軽く直すと、ジャックを無視して颯爽と歩き出した。

ジャックは、おい待て!とギルバートを追いかけてくる。ギルバートは、なんだよ、と面倒くさそうにジャックを振り返った。すると、アイリーンに腕を引かれたミーナがこちらへ来るのが見えた。


「あっ、学年主席がいる」


アイリーンはギルバートを見てそう淡々と言った。ギルバートは、アイリーンの隣にいるミーナをちゃんと見られずに、まあ、と言って視線を動かす。すると、先ほどの威勢がなくなったジャックが棒立ちになっているのが見えた。 


「(…なんだこいつ…)」

「あれ、今日は相手にしてもらってるの?」


アイリーンが、ジャックを見てくすくすと笑った。ジャックはアイリーンに見つめられてみるみる顔を赤くしていく。ギルバートは怪訝そうにジャックを見ていたが、ふと、ミーナに視線を移した。


長年ジャックから嫌な思いをさせられてきたミーナは、アイリーンの隣でなんとなく暗い顔をしている。

ジャックは、アイリーンの方を見て、一瞬口籠ったあと、なあ、と話しかけた。


「きちんと話すの、初めてだよな、俺たち」

「まあ、そうかもね」


アイリーンは愛想なく返す。ジャックは、アイリーンはさ、と必死に話題をつなごうとする。アイリーンの隣で、ミーナはどんどん表情を暗くしていく。


「…おい、もう行くぞ」


ギルバートは、アイリーンに声をかける。アイリーンは、ええ?と言ってギルバートの方を見た。


「彼、ギルバートに構ってほしそうだよ。遊んであげたら?」

「なら、君が遊んでやれ。…ミーナ行こう」


ギルバートはミーナを呼ぶ。ミーナは、ギルバートの方を見上げた。顔が少し青くて、ギルバートはさらに心配になる。一刻も早くここから連れ出してあげないと、とギルバートは焦る。


「ミーナが行くなら私も行く」


アイリーンはミーナに腕を絡ませると、ギルバートが呼ぶ方へ歩き出した。ギルバートは、早く行くぞ、と言って歩き出した。ジャックは悔しそうにギルバートを、そして名残惜しそうにアイリーンを見つめる。

歩くギルバートの背中に、ねえ、とアイリーンが話しかける。


「ねえ、なんで彼…名前なんだっけ?」

「…ジャック」

「ジャックを無視するの?」

「相手にしないと決めたからだ」

「何かあったの?」

「…色々」


ギルバートは早くこの話をきり上げたい声色でアイリーンに言い放つ。アイリーンは、ふーん、とそんなギルバートを察してかそれ以上は聞かなかった。


「あっ、ギルバート!」


声がして、振り向くとレーガかいた。レーガはほくほくの笑顔でギルバートに駆け寄った。


「ありがとうギルバート!君のおかげでこれまでよりずっといい点数がとれたよ!」


にこにこ笑いながらお礼を言うレーガに、君が努力しただけだろ、とギルバートは微笑んで返す。レーガは目を輝かせて、ギルバート…!と声をもらす。

アイリーンはレーガを見て少し目を泳がせたあと、あの、と声をかけた。


「あなたにお礼を準備したの。また持ってくるわね」


アイリーンは柄にもなく少し恥ずかしそうに様子で言った。レーガは、ええっ、と驚いた。


「いいのに、僕のただの趣味なんだから」

「でも、頂きっぱなしじゃ悪いもの!」

「そ、そんなことないのに…、でもわざわざありがとう」


レーガは柔らかく笑う。そんなレーガに、アイリーンは目を丸くして口を噤む。

ミーナが、レーガとアイリーンを交互に見ながら、あの…、と声を出した。


「2人はどういう…」

「ああミーナ、あの超絶美味しいお菓子の職人よ!」

「えっ!」


ミーナは目を丸くしてレーガを見つめた。そして、あの!と驚いた声を上げた。


「あのっ、いつもありがとう!美味しく頂いてます!この前はシフォンケーキも…!感動するくらい美味しかった!」

 

ミーナは目を輝かせてレーガに言う。レーガは、いえいえ、と照れくさそうに微笑んだ後、ん?と声を漏らした。そして、はっとした顔でミーナを見つめた。ギルバートは、レーガの様子にぎくりとする。ミーナは、レーガに小首をかしげている。


「(…し、しまった…!例の知人がミーナだとレーガにばれた…!)」


ギルバートはそう考えて硬直する。ここでレーガが、いつものふわふわした様子で、君がギルバートの大切な知人だね、と悪気なく言い出すようなことがあったら、これまで隠してきた気持ちがミーナにバレてしまう。その危機感からギルバートは顔面が青くなる。

レーガは一瞬口をパクパクさせた後、ちらりとギルバートを見た。レーガはギルバートの顔色を見ると、一瞬固まったあと、1回小さく頷いた。そして、ミーナの方を見た。


「いえいえ〜。お口にあったようで嬉しいよ。作り手の冥利に尽きるよ」


レーガはそう言ってミーナに微笑んだ。どうやら空気を読んでくれたようである。ギルバートはほっと胸をなで下ろす。


ミーナは、どうやってあんな美味しいお菓子を作っているの?と興味津々にレーガに尋ねた。レーガは、ええとねえ、とミーナに説明を始めた。真剣にレーガの話を聞くミーナを、ギルバートはついじっと見つめる。 


「(…ここまで可愛かっただろうか…。いや、昔から可愛かったけれど…)」


レーガの話に耳を傾けるミーナの横顔を見つめながら、ギルバートはまた発作が起きそうになる。

すると、アイリーンが小さな声でギルバートに話しかけた。


「ねえ」

「わっ!…な、なんだよ…」

「ミーナに自分の気持ちを言ってないわけ?」


アイリーンにひそひそと尋ねられて、ギルバートは、はあ?と怪訝な顔をした。


「言えるわけないだろ」

「…それでも男なわけ?言ったらいいじゃない!ミーナの気持ち、見てたらわかるでしょ?」


…って結局口出しちゃったし…、とぶつくさ言うアイリーンを、ギルバートはさらに怪訝そうな目で見る。


「…見てたら言えないだろ」


ギルバートはそう言って目を伏せる。アイリーンは、は?と首をかしげる。ギルバートはそんなアイリーンに対して嫌そうに、ほかに好きな人がいるんだよ、と返した。


「…誰に?ミーナに?」

「そうだよ」

「…それは…あなたの思い込み?」

「本人から聞いたんだよ」

「……」


アイリーンは眉をひそめて、…あなたたちって一体どうなってるの?と呟いた。そんなアイリーンを、ギルバートは、はあ?と怪訝そうな顔で見た。












長かったテストが終われば、ようやく夏休みが来る。

長期休暇の喜びと、夏休みが明けたら最終学年になることへの不安が入り交じる不思議な空気をまとう教室のなかで、ギルバートはいつも通り次の授業の準備をした。

すると、前の席のジェームズがギルバートを振り向いた。


「そういえば、またダイエットを再開したらしいな」

「誰が?」

「ミーナ・ワイアットに決まってんだろ」


ジェームズの言葉に、ギルバートはむせた。


「なっ、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」

「本人に言われた。前回投げ出したことを反省してたから、特別にまた手伝ってやることにした」


万事俺に任せろ、と胸を張るジェームズ。

ギルバートは、ミーナがダイエットをする、という言葉にもはやトラウマを抱えていたため、どんどん嫌な想像を繰り広げてしまった。


「(…ダイエット……、夏休み帰省したらまたオリバーに会う機会があるからか…?あの日でもう諦めたんじゃなかったのか…?!)」


ギルバートは勢いよく机に伏した。ジェームズが、前の席の人物の突然の奇行に、うおっ!と声を上げる。

ギルバートは机に額をつけたまま、ぐっ、と悔しさをかみしめる。


「(……オリバーに張り合わなくては……)」


ギルバートは、筋骨隆々なオリバーを思いだす。一方、ジェームズの助言通り増量を試みてもほとんど身体が大きくならない自分の薄い身体。

ギルバートは、顔を上げてジェームズを見た。


「…頼む、更に増量するにはどうしたらいいか教えてくれ…!」

「更に、って、お前別に増えてないし」

「頼む!」


ギルバートの覇気に、教えるけどさ、とジェームズが苦笑いを漏らす。


「でも、食わなきゃ増えんぞ?お前少食じゃないか」


ジェームズに痛いところを突かれるが、努力する…!とギルバートは燃える闘志をたぎらせて答えた。













「…で、オリバーに張り合って筋トレ、と」


部屋に来たユーリが、ジェームズからもらった重りを片手で何度も持ち上げて下ろすギルバートを指さして笑いながらそう言った。

ギルバートは、笑いたきゃ笑え、とユーリを睨みながらトレーニングを続けた。


レーガは、ソファーに座るユーリの隣に腰掛けて、でもさあ、と口元に手を当てた。


「そんなにスタイルがいいのに、それでも悩んじゃうものなんだね」


僕なんてこんなにチビなのに…、とレーガは苦笑いを漏らす。そんなレーガに、いやいや、とユーリは手を振った。


「ギルバートは、好きな女の子の好みに合わせようとしてるだけだから」

「えっ、ミーナって筋肉ムキムキな人が好きなんだ!」


そう目を丸くするレーガを、ユーリが、えっ、と声を漏らして見た。そして、あきれたような顔をしてギルバートを見た。


「…ねえ、あんなに必死に隠してる割に、分かり易すぎるのでは?」

「…うるさい、皆まで言うな」

「逆になんでねえさまには伝わらないのかな?やっぱりギルバートは眼中にないんじゃない?」

「皆まで言うなと言ってるだろ…!」

「まあまあ、ユーリ、今日もお菓子食べていく?」


レーガが、今日作ったらしいマカロンをユーリに差し出した。ユーリは、わっ!と嬉しそうに声を上げたあと、ありがとう!とレーガにお礼を言った。


「レーガのお菓子本当に美味しい!」

「…最近来る頻度が増えたのはそれが理由か…」


ギルバートはマカロンを美味しそうに楽しむユーリを見てそう呟く。レーガは、まあまあ、と微笑む。


「兄弟になるんだから、仲良くしなくちゃ」

「俺は歩み寄ってる。こいつが突き放してくるだけだ」

「そんなこと僕してないよ」

「どの口が言うんだっ!」

「まあまあまあ」


レーガが、そう苦笑いを浮かべながら小競り合いをする2人を止めた。

ユーリはもぐもぐとマカロンを食べながら、もう1個良い?とレーガに尋ねた。レーガは、何個でも、と微笑んだ。

そんな2人を見てギルバートは小さく息をついたあと、トレーニングを続けた。


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