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没落した『元』貴族令嬢は、歌姫への道を駆けのぼる  作者: 冬生 恵
【第一幕】睡蓮座、デビュー
16/18

15.新たな支援者

 二日目の公演も、盛況のうちに幕を閉じた。

 連続で観劇に来た客のために、アンサンブル七名の役柄は入れ替えてある。昨日の第二幕は、ガタイの良い二人のあからさまな女装で場を沸かせたが、今日はポールとフランソワが子爵の浮気相手に(ふん)した。遠目には女性にしか見えない彼らに、昨日の演出を知る客たちは不審がる。けれど、彼らが響かせたテノールの歌声に、瞬く間にどよめきが起こっていた。


 万雷の拍手に包まれた、カーテンコールのあと。オデットたちソリスト四人と、アンサンブル代表のポールは、フィリップに別室に呼び出された。部屋の外にまで溢れる形で、記名、無記名問わず、様々な大きさの花束が並んでいる。オデットたち出演者、とりわけ主演のジャンとアンヌマリーの楽屋も、このような状態だった。



「失礼します。オーナー、話って……」


 最年長のポールが、気さくに声をかけて扉を開けると、そこには、見知らぬ青年の姿があった。目を瞬かせる面々をよそに、青年の向かいに座っていたフィリップが立ち上がる。

 彼は少し取り繕ったような声で、こちらに歩みよって来た。


「疲れているところ、悪かったな。聞いてほしい話がある」

「はぁ……」


 フィリップに促され、彼らは青年の正面に腰を下ろした。座席が足らず、モーリスとオデットはその後ろに立つ。

 フィリップは目の前の青年を指し、にこやかに告げた。


「紹介する。こちら、ドゥニ・メルシエ殿だ。今度プレタポルテの店舗を立ち上げるそうなんだが、我々『睡蓮(すいれん)座』の支援に名乗りを上げてくださった」


 注目を浴びた青年はどこか照れたように笑い、頭を下げた。


「支援だなんて、そんな……」


 腰の低い青年は、おっとりとして見え、とてもこの若さで店を持てるような敏腕に見えない。内心首を傾げていたオデットは、ふと、彼の家名に息を飲んだ。


(メルシエ……、衣服を商う店舗。まさか)


「あの、オーナー。質問をよろしいでしょうか? メルシエ様とおっしゃるのは……まさか……」


 恐る恐る問うオデットに、フィリップはニヤリと笑って答える。


「さすがに、オデットは分かるか。……ドゥニ殿は、オートクチュールの『メルシエ』当代店主のご子息だよ」


 フィリップの言葉に、その場に集った全員が目を見開いた。

 メルシエのオートクチュールといえば、貴族ですらおいそれとは手に出来ない、高品質かつ高価値の一点ものを扱う名店だ。代々の店主は職人気質(かたぎ)で、伝手(つて)がなければオーダーもままならないと言われている。


(……そのメルシエが、プレタポルテを?)


 驚くオデットたちの向かいで、青年が頭をかいた。


「当主の息子と言っても、まだまだ修行中の若造です。ただ、変化の目まぐるしいこの時代を、オートクチュールだけでは乗り切れないのではないかと思い……。試験的に、まだ失敗出来る立場の僕が、新しい店を立ち上げることになりました」


 彼ののんびりとした物言いに、アンヌマリーが鼻白む。彼女は腕を組み、小声で呟いた。


「……なんだ。結局、親の臑齧(すねかじ)りじゃん」

 

 身も蓋もない彼女の言葉に、隣に腰掛けるジャンが慌てて(いさ)める。けれど、ドゥニは構う様子もなく、鷹揚(おうよう)に笑ってみせた。


「その通りです、お恥ずかしい。……でも、僕も、この店を軌道に乗せて、我が家のもう一つの柱にしたい。皆さんにはぜひ、うちの衣装を身に付けていただきたいんです」


 彼の反応は予想外だったのか、アンヌマリーはたじろいだ。そんな彼女に苦笑し、フィリップが声を張り上げる。


「ドゥニ殿の店に、舞台衣装の協力を仰ぐことになった。……お店の名前は、もう決められたのですか?」

「オートクチュールの方が、家名の『メルシエ』のままなので。迷いましたが……、願いを込めて、『エトワール』に」


 (エトワール)とは、また随分ロマンチックな名前だ。微笑むオデットに気付き、ドゥニが頬を赤らめる。

 フィリップはドゥニと『睡蓮座』の面々を交互に見やり、力強く言った。


「それでは、新しく踏み出した者同士。『エトワール』と『睡蓮座』、共に協力していきましょう」








「……マリー。ああいうことはせめて、本人の耳に届かないところで言ってくれ。心臓に悪い」


 ぼやいたジャンに肘で小突かれ、アンヌマリーはプイッと顔を背けた。ポールとオデット、モーリスは、顔を見合せて苦笑する。

 オペラ歌手としての訓練で打ち解けた頃に聞いた、彼女の過去。アンヌマリーの母は未婚のまま彼女を生み、苦労しながら彼女を育てた。初等学校卒業後、そんな母を助けるため、アンヌマリーはすぐに食堂で働き始めたのだ。そのため、親に甘えた生活を送る人間をひどく嫌っている。

 ちなみに、母が未婚のまま出産に臨むことになった経緯から、男性のことも嫌厭(けんえん)している。「愛だの恋だのくだらない」と言いながらも、『恋の喜劇』を完璧に演じ切ったことからも、彼女の才能が窺えた。

 小競り合いを演じるジャンとアンヌマリーを笑い飛ばしながら、ポールが夜空を見上げて言った。


「明日の公演が終われば、一日休みだ。気合い入れていこうぜ」


 全員で「おう」と声を合わせながら、オデットはふと、最終練習以来姿を見せない恩師のことを考えた。


(カミーユ先生、お忙しいのかしら? ……明日は観に来てくださるといいな)

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