小さな決意
走り続けて幾ばくか時が経った頃、コウとツクヨミはようやく天安河と天金山の間にある土地へ辿り着いた。
夜はもうだいぶ更けており、周囲には川の流れる音しか聞こえない。
ここのどこかにスサノヲが居着いている洞窟がある、とのことだが今はゆっくりと時間をかけて探している場合ではない。
先に行ってしまったタギツヒメのことが心配だ。
「……よし、ここから手分けして探そう」
「そうだね。その方がよさそうだ。じゃあ……ボクは天安河の上流側から天金山を半分、キミは下流側から残り半分の辺りを頼む」
「分かった」
そう言うとツクヨミは天安河の上流側へと歩を進める。
二柱で半分ずつ天金山の周囲を巡ればいずれ見つかるであろう。
こうなることなら前もって洞窟近くにある目印のようなものを予め聞いておけば良かった、とコウは後悔する。
だが、住む者が近くにいるなら何らかの痕跡がある筈……食べた物の残り、あるいはスサノヲが通り踏み固めた道のようなものがあるかもしれない。
コウはそう考え、周囲に気を配りつつ地面を注意深く観察する。
すると、彼の目にあるものが映り込んだ。
「……あれは―――」
コウが見つけたもの……それは彼をタギツヒメの元へ導く標であった。
※※※※※※
僅かな灯りが照らす暗い洞窟……その中でタギツヒメは震えていた。
目の前にいるのは片膝を立て、どっかりと座る父……スサノヲ。
その少し奥には顔をほのかに赤くし、不安そうに見つめる姉、タギリヒメと怯えながら彼女にしがみついている妹、イチキシマヒメがいた。
スサノヲは眉をひそめ、酒を飲みながら不機嫌そうな顔でタギツヒメを見ている。
「お父様……ごめんなさい。あたし……」
「今までどこに行っていたぁ、タギツ。オレに黙って外に出ようなんてよぉ……えぇ?」
「ごめんなさい……でも、姉さんも具合が悪いし、イチだってお腹を空かせている……だから、食べ物を……」
「嘘つけ! 独りで新しい衣まで来てよぉ……挙げ句に帰ってきたのが翌日のこんな真夜中……遊びに行ってたんだろうがぁ!」
酒を一献飲んだスサノヲはそう叫ぶと酒の入っていた瓶を叩き割り、立ち上がる。
そのあまりの剣幕にタギツヒメは尻もちをつき、タギリヒメとイチキシマヒメは互いを抱き合った。
「ち、違います……」
「この期に及んでまだ嘘を言うか……言え。その衣は誰にもらった?」
「い、言えません……」
言ったら自分を保護してくれたコウ達に危害が及ぶ……そう案じ、口を閉ざすタギツヒメであったが、その態度がスサノヲの勘気をこうむった。
「タギリもイチもお前ぇがいなくなったのに知らねぇ、ってばかり言いやがる。お前ぇもアイツらみてぇに厳しいしつけが必要か!? あぁん!?」
スサノヲの言葉にタギツヒメが二柱をよく見てみるとタギリヒメもイチキシマヒメも顔や腕、膝に痛々しい青痣が出来ている。
恐らく、暴力を振るわれたのだろう。
自分もこうなるのか、とタギツヒメの中の恐怖が花開きそうになるが、それでも彼女は恩神達を守る為に顎に力を入れ、口を固く閉ざした。
「お前ぇ……意地でも言わねぇか! ……良いだろう、だったら親に逆らったらどうなるのか……思い知らせてやる!」
スサノヲはそう言うとタギツヒメへ近付いて行く。
タギツヒメは怯えてしまい、足に力が入らず立つことが出来ない。
そうして、あっという間に捕まえられ、髪を引っ張り上げられてしまう。
「い、痛い……」
「なに言ってやがる? 本当に痛いのはこれからだ!」
「やめて下さい!」
無理矢理立たせたタギツヒメにスサノヲが拳を振るおうとした時、奥にいたタギリヒメが駆け寄り、両手でスサノヲの手を掴んだ。
「タギツはわたくしとイチを助ける為に外に出たんです! だから、責はわたくしにあります。だから、どうか……」
「はっ! 確かにな。だが、お前ぇだけじゃねぇ。コイツにも責はある。だからこうやって身をもって教えてやるんだよぉ! どけぇ!」
「きゃあ!」
「姉さん!」
タギリヒメを振りほどき、突き飛ばしたスサノヲはそのまま拳をタギツヒメに向けた。
タギツヒメはこれから来るであろう痛みに身を強張らせて、耐えようとする。
だが、その時―――
「ぐあっ! 痛ぇ!」
突如、スサノヲがタギツヒメを離し、目を押さえる。
解放されたタギツヒメは何が起こったのか一瞬分からなかったが、スサノヲの足元に一個のどんぐりが落ちていることに気が付く。
それと同時に彼女の耳元に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「早く、今の内に逃げて下さい」
「えっ? ネネ……さん?」
ネネの声が聞こえ、辺りを見渡すが彼女の姿はどこにも無い。
その内に痛みが引いたのか、スサノヲが目を押さえていた手を離し。怒りの形相でタギツヒメを睨みつけた。
「お前ぇ……何しやがる!」
そして、タギツヒメに飛びかかろうとした瞬間……彼女の首元から何かが飛び出し、スサノヲの顔に飛びついた。
「ぐあっ!?」
「さぁ! 今の内に早く逃げて!」
スサノヲに飛びついたのは野衾のネネだ。
急に何が起こったか分からないタギツヒメであったが、取り敢えずネネの声が聞こえたことには変わりないので、その言葉に従って立ち上がり、倒れているタギリヒメの元に駆け寄った。
「姉さん、大丈夫!? さぁ、あたしに掴まって…………イチ! あなたもお姉ちゃん達に付いて来て!」
怯えるイチキシマヒメは姉の言葉に頷き、小さな歩みで駆け寄るとタギツヒメが肩に担いでいるタギリヒメを支えるように寄り添った。
スサノヲは未だ顔に付いたネネを引き剥がすことが出来ないのかもがいている。
「今の内に……(ネネさん、ありがとう)」
心の中で礼を言ったタギツヒメはタギリヒメとイチキシマヒメを連れ、洞窟の外へ飛び出して行った。




