経緯
「……でも、それじゃあ今まで食べ物とかはどうしていたの?」
激情を抑えるコウを見てツクヨミがすかさず言葉を挟む、幸いなことにオモイカネとワカヒルメは泣きじゃくるタギツヒメに同情し、彼の変化には気付いていない。
「食べ物は……姉様が天香具山から採ってきた果実を口に入れて、飢えと乾きを凌いだ」
「でも、天香具山へ行くぐらいならどうして“まち”へ行かなかったのですか? それこそ……母君であらせられるアマテラス様に会いに行けば……」
ワカヒルメが優しく声を掛ける最中、ツクヨミはコウに向かってこっそりと自身の目を指す。
コウはそれを見てハッとし、眼を通常のものへと戻した。
「お父様から“まち”には行かないようにって……告げられていたから。お母様に会ったら、それこそお父様に知られちゃう……そうなったらどんなことになるか……」
「なぜだ? 同じ子なら引き取ってもらえるだろう?」
「いや、そうもいかないんだ。誓約が行われた後……アマテラス様がスサノヲ様の申し出を受ける条件として、各々が生んだ子は各自で育てることとなったから……つまりアマテラス様は男子を……スサノヲ様は女子を……」
「だが、こんな状態じゃそれも意味は無いだろう!」
「落ち着いて、アラハバキ。まだ話しの途中だよ。……ごめんね? 話しを続けて」
コウを窘めたツクヨミはタギツヒメに先を促すよう伝える。
それに対してタギツヒメは頷くと、再び口を開いた。
「昨日は姉さんが倒れてしまって……代わりにあたしが果実を採りに来たの。でも見つけられなくて奥まで行って……あんまり遅いとお父様に知られちゃうから早く帰ろうとしたんだけれど……道に迷って…………昨日は何も食べていなかったから、歩いている内に力が無くなってきて……倒れて……」
上手く言葉が紡げないのか、ぽつりぽつりと話すタギツヒメ。
だが、コウ達はそれだけでもありありと状況が理解出来た。
恐らく姉であるタギリヒメが体調を崩し、タギツヒメが代わりに食べ物を探しに来た。だが普段はタギリヒメが採ってきていたので、土地に明るくないタギツヒメは食べ物を探すことが出来ず、さらには道に迷ってしまった。その上、空腹と疲労により歩くこともままならず倒れてしまったところをネネとコウに発見されたのだろう。
「……そして目を覚ましたらここに……」
「なるほど……そうだとしたら、些かマズイ状況だな。ツクヨミ、スサノヲは最近どうしている?」
「ボクが見て聞いて回った限りじゃ、スサノヲは最近“まち”には来ていない筈なんだけどなぁ……アイツ、いったいどこをほっつき歩いているんだろう?」
「そういえば……」
コウとツクヨミの話しを聞いていたオモイカネはおずおずと口を挟む。
「昨日は神洲ヶ原で見かけましたけど……」
「神洲ヶ原? そんな所で一体、何をしていたんでしょう?」
一同がスサノヲの行動に悩む中、タギツヒメは急に立ち上がる。
その顔は何かを思い出したかのような顔であった。
「どうした?」
「そうだ。姉さん、イチ……! 早く戻らないと!」
「待て!」
駆け出そうとするタギツヒメの腕をコウが瞬時に掴む。
「今は夜だ。夜はスサノヲが洞窟にいるんだろう? 明日まで待て。朝になったら俺達が行く。だからここで待っていろ」
「嫌だ! だって、あたしが戻っていないんだよ! そのことで姉さんとイチに何かあったら……」
「だが、今行けばお前が何をされるか分からない!」
「それでも! 姉さんとイチを守れるなら、あたしは行く!」
そう言うとタギツヒメはコウの手を振りほどいて飛び出し、宵闇の中へと入っていった。
急な事態にワカヒルメとオモイカネは慌てる。
「どうしましょう!?」
「どうするもこうするも……でも、夜分にスサノヲの寝床に押し入るのも……」
「ワカヒルメとオモイカネはここに残ってくれ。もしかしたら、戻ってくるかもしれない……俺は一応、後を追う。ツクヨミ、一緒に来てくれ」
「はいはい、今宵の務めはどうやら忙しくなりそうだね」
短いやりとりの後、コウとツクヨミは揃って家から飛び出し、暗い山道をひた走る。
灯りは持ってきていないが、ツクヨミの力で空には大きな満月が浮かび、その月明かりに照らされ、難なく道を見ることが出来た。
「……子供だからすぐに追いつけると思ったんだが、なかなか姿を捉えないな」
「……もしかしたら、あの子達だけが知っている道があるのかもね。そうでなきゃ“まち”を通らずに天金山辺りからここまでの遠い道……行き来は出来ないよ」
「確かにな……」
ツクヨミの言葉に同意しつつも、駆ける足は止めない。
もし、そうだとしてもその道をコウ達は知らないし、今更探すなど無意味だ。
目的の場所はだいたい分かるのだから、取り敢えず時間が掛かっても確実にそこに辿り着ければ良い。
「取り敢えず、俺達は天安河、そして天金山を目指すぞ!」
「うん! 可愛い姪の為なら頑張るよ!」
「頼むぞ。おばさん!」
「おばさん、言うな!」
月夜の山道を二柱はひたすら走り続けた。




