姫語り
家の中で夕餉を済ませながら、コウ、ネネ、タギツヒメは揃って談話しながら夜までの時を過ごした。
話しといっても昨夜何があったのか……という無粋なことは敢えて聞かず、コウが普段何をしているのか、今までこういうことがあった、という何気ない話しをコウやネネがしてそれをタギツヒメが興味深く聞くという程度である。
ただ、タギツヒメにとってはその話し自体が新鮮なものらしく、あれこれと尋ねてくるので時間は思ったよりもあっという間に過ぎていった。
「じゃあ、この家は新しく出来たんだ?」
「あぁ、皆に造ってもらった新築だ」
「……あっ、じゃあ私はちょっと失礼しますね」
タギツヒメとコウの会話を聞いていたネネが徐ろに立ち上がる。
彼女がこの場を離れようとしている時は誰かが来る合図だ。
「ネネさん、どこか行くの?」
「はい、お友達に借りていた道具を返すのを忘れていました。これから返しに行ってきます。もう夜ですのでタギツヒメ様はアラハバキ様と共に家にいて下さい」
「うん、分かった。気をつけてね」
タギツヒメにそう声を掛けたネネはコウに目配せする。
そんな彼女にコウは無言で軽く頷いた。
一瞬のそのやりとりの後、ネネはすぐに家を出る。
「ネネさん、大丈夫かな?」
「大丈夫だ、案ずるな」
心配そうに見送るタギツヒメに声を掛けるコウ。
と、同時に入れ替わるようにして今度はツクヨミがひょっこりと入り口から顔を出して来た。
「やぁ、元気そうでなによりだ」
「来たか」
「……なんだか、今誰か家から出てこなかった?」
「あぁ、ちょっとな。場を外してもらったんだ」
「失礼致します」
ツクヨミは後ろにオモイカネとワカヒルメを連れ、中へと入ってくる。
急に来た来客にタギツヒメは緊張してコウの後ろへ隠れてしまった。
「タギツヒメ様、御加減はいかがですか?」
オモイカネがそう声を掛けるが、タギツヒメはコウの背から僅かばかりに顔を出し、答えようとしない。
そんな彼女に変わり、コウがオモイカネの問いに答えた。
「あぁ、心配ない。お陰で元気だ。今はまだ緊張しているが……」
「そうか。それはよかった」
コウの言葉を聞いてオモイカネはホッと息を吐き、腰を下ろして座った。
タギツヒメの態度を気にする様子は無い。
コウはオモイカネの寛大な対応に心の中で感謝しつつ、タギツヒメの方を向いた。
「大丈夫だ。ここでのこともタギツヒメのことも誰にも話さない。ここにいる者達は信用出来る者達だ」
「…………本当?」
「あぁ、ツクヨミもオモイカネもワカヒルメも…………タギツヒメを心配して来てくれたんだ。だから……昨日、お前に何があったのか話してくれないか? もしかしたら力になれるかもしれない」
「でも……話したらおじさんや皆が、お父様に……」
「大丈夫だよ。そのおじさんはお父様を殴った神だからね。今更、怒りを買ったって何も変わらないよ」
「おい、ツクヨミ……」
ツクヨミの言葉にコウ困ったように頭を掻き、タギツヒメは目を丸くして驚く。
「……本当?」
「その反応、もう見飽きているが……本当だ。だから何かあったら俺が守る」
「そっか……おじさんがそんな神なら……」
そう呟くとタギツヒメはようやくコウの背から離れ、彼の隣に鎮座する。
ようやく決心がついたようだ。
「それじゃあ、タギツヒメ……すまないが、教えてくれないか? 一体、何があったのか?」
コウが尋ねるとタギツヒメは一つ頷き、その小さな口を開いた。
「あたしはお父様……スサノヲの娘で三柱の姉妹の次女。姉は田霧姫、妹は市杵島姫。あたし達姉妹はお母様とお父様の誓約によって生まれた……」
「確か……その後はスサノヲがキミ達を引き取った筈だけど、今はどこに住んでいるの?」
「今は天金山と天安河の間にある洞窟で暮らしています」
「そんな所にいたんだ……どうりで見かけなかったわけだ」
「あそこは滅多に立ち入らない場所ですからね……」
場所を聞いたコウはなぜ誰も知らなかったのか、疑問を抱いたがワカヒルメの言葉になるほどと考えを改めた。
天安河と天金山はそれぞれ行ったことがあるが、その間の土地ともなると用はあまり無い。
以前、イシコリドメから金床となる岩を探しにタマノオヤと共に上流に行ったことはあったが……それでも川沿い周辺がせいぜいだ。
「誰も気づかない場所か……」
「それを言ったらアラハバキのここも似たような場所だよ」
「……でも、そうだとしたらどうしてこんな遠い辺境の地に来たんだい?」
「あたしは……とにかくあそこを離れたかったの。お父様は毎日、お酒ばかり飲んで、家に帰ってくると暴れてばかりで……姉さんが庇ってくれるけれども、その度にお父様の勘気に触れて、手を上げられてばかりで……あたしとイチはそれを見て震えているばかりだった……ひとしきり暴れて、寝て……起きたらまた“まち”へ行ってお酒を飲んで……その繰り返し……食べる物も着る物ももらえない……お父様はあたし達のことなんて…………どうでもいいんだ……ッ……あたし達は……ひぐ…………お父様の…………ひっぐ……無実を晴らす為の……道具として…………生まれてきただけなんだぁ………」
話す内に泣き出してしまったタギツヒメを慰めるようにコウはその小さな頭に優しく手を乗せる。
だが、そんな彼の顔には先程までの困った表情はなく、目が怒りに燃える眼と化していた。




